「おーい理樹ー。学食か? 付き合うぜ」
「ありがと」
足を止めて待っていると、真人が小走りで追い付いてくる。
「今日は何にするか。肉うどんか? 肉蕎麦か? ――それともまさか、ステーキなんて言うんじゃねぇだろうな?」
「とにかく肉を食べたいんだね……」
真人の最近の関心はどうも肉にしか無いようで、昔から肉好きだったとは言え殊に最近は肉しか食べていない気がする。
――ただ、朝っぱらから目の前で肉を貪るのだけは遠慮してほしいなぁ……。
「それと学食にステーキなんて無いから」
「ありゃ、そうだったか」
「因みにここ一週間全く同じ会話してるからね?」
全く真人にも困ったものだ。
さっさと筋肉を極めてくれればこんな気苦労もせずに済む。そうだ、明日から肉推奨の方針で行こう。そうすれば筋肉最高ー! 筋肉筋肉!
そんなコロンブスの卵的発想の転換に自己リスペクト全開でよろめいていると、
「そう言えば理樹は何を食うんだ?」
そんな言葉が隣から飛ぶ。
それに対する答えの代わりとして、僕は小さく頷く。
そして制服の上着の右ポケットから、小さな袋を取り出した。
「今ちょっと節約中でさ。そこで今日はこの――」
そして僕は颯爽と“それ”を取り出した。
“それ”は漆黒の光を放ち、圧倒的な存在感を放つ物だ。
“それ”は稲妻のように鮮烈な印象を残し、爽快に去っていく物だ。
そう、つまり。

「――そう、このブラックサンダー(31円)に頑張ってもらう事に、してるんだ」


『LOVE ADDICT』



…………状況を整理しよう。
現実を直視したくなくて俯いて地を見つめていた双眸を、前に向ける。
校庭だ。さっきまで学食にいた筈なのにね。おかしいね。
次にそこに立つ人影を見る。
立つのは一人だ。今まで何度も見てきた後姿。そう、この背中は頼れる兄貴分こと棗恭介のそれだ。
その背中が、不意にぶれた。
体をずらしての、右拳によるバックハンドが背後の中空へと繰り出される。
そこには何も無い。
――ように、見えた。
「――ほう。中々やるな、恭介氏」
恭介の背後、バックハンドが中空で止まっている。
否、止まっているのではなく止めたのだ。そこにある、首を取らんとして鋭く打ち出された右脚を。
先程まで何も無かった筈の空間に現れていたのは、やはりと言うか、来ヶ谷さんだった。
そう。
恭介は校庭に独り突っ立っていた訳ではない。
高速で移動する来ヶ谷さんを捉える為に、隙を見せて攻撃を誘ったのだ。
全ては、勝利の二文字に繋げる為の、行為。
「まだまだこんな物じゃないさ」
言いながら、右の掌で来ヶ谷さんの右足首をホールド。
掴む動きを利用して右腕側から回転、振り向き様に左の手刀が飛ぶ。
下から抉るような動き。狙いは来ヶ谷さんの延髄だ。
当たる。
衝撃音が響いた。



**

どうしてこうなったのか・と理樹は想起する。
事の始まりは数分前まで遡る。


『――ああ、このブラックサンダー(31円)に頑張ってもらう事に、してるんだ』
そう得意げに告げた理樹に対し、真人が露骨に顔を顰めた。
『いや、まぁ止めはしないけどよ……。でも学食に来て学食を食わないってのも妙じゃねぇか?』
『それもそうだね…』
言われてみればそうだ・と理樹は妙に納得する。
――この前スタバにファミチキ持ち込んだら、店員さんにすごい形相で「お帰り下さい」って言われたもんなぁ……。
ファミチキは偉大な日本の文化だが、それはともかくこのままでは学食にとって迷惑行為なのは事実。
『じゃあ僕は先に教室に戻ってるよ』
故にそう言うと、真人はやれやれ・とでも言うように肩を竦め、
『ああ、それじゃまた後でな。――グッドブラックサンダー!』
『グッドブラックサンダー!』

そうして真人と別れ、後ろを振り向いて教室に戻ろうとする。
その動作の途中、踵を返したところで、
『やぁ少年。こちらは教室だが、まだ昼休みも始まったばかり。と言うことはつまり、時代に逆らってる俺カッコイイぜヒャッハー、みたいな古き良き若者思考なのだろう? 皆まで言わずとも解っているよ、うむうむ』
――すごい速度で独自理論展開する来ヶ谷さんとバッタリ遭遇した!
『いやいやいやいや……』
訳が解らないから、と理樹は毎度ながら呆れ顔だ。何度繰り返しても慣れない相手である。
しかしそんな理樹の様子は意に介さず、来ヶ谷は理樹の手元をじっと見つめていた。
視線の先を辿る。そこにあるのは、右手とその中に握られたブラックサンダー(31円)のみだ。
故に理樹は首を傾げる。
『……?』
『――………………理樹君』
すると、感情を殺した静かな口調を以て、来ヶ谷は口を開いた。
『な、なに?』
理樹は警戒を露わにして怪訝そうに尋ねるが、
『はっはっは、キミもようやく自覚が出てきたようだね! おねーさんは嬉しいよ!』
――何故か喜ばれた。
……えーと。
理樹は眼前の人物の謎のテンションの変貌に、意味が解らず一瞬フリーズする。
何の自覚が出てきたと言うのだろう?
『と、言う訳で、それは私がいただこう』
『あっ』
そして次の瞬間、反応すら許さぬ速度で理樹の手の中にあったブラックサンダー(31円)が掠め取られた。
『ちょ、ちょっと来ヶ谷さんっ、人のものを勝手に取らないでよっ』
『はっはっは、何を言っている。これは人にあげる為のものだろう? ……ならば代わりに私が貰う』
『訳が解らないよっ!』
そもそも誰かにあげるための物ではない・と、理樹が更にツッコミを入れようとした時だ。
『何をしてるんだ?』
どこからか声が降ってきたかと思うと、理樹の背後に唐突に一つの影が現れた。
見慣れたその姿は、
『恭介!』
『おや、恭介氏』
理樹と来ヶ谷がほぼ同時にその名を呼ぶ。
いつもと同じように取り澄ました顔からは、表情を読むことは出来ない。
『何やら二人して楽しそうじゃないか』
『うむ』
『恭介からも言ってやってよ、実はさ……』

事の顛末を聞かせると、恭介はいきなり目を輝かせ始めた。
『理樹っ、お前……漸く自覚が……!』
また自覚か。何の自覚なんだ・と、理樹は呆れる。
『来ヶ谷さんも言ってたけど、一体何の自覚なのさ?』
『え? だから、オトコノコの』
『そうだ、理樹君はオトコノコなのだろうっ』
恭介の言葉に、鼻血を出しながら賛同する来ヶ谷さん。
『いやまぁ、確かに男の子ではあるけど。それと一体何の関係が?』
言うと、二人は異常なほどその目をギラつかせてノリノリで言う。
『ふふふ理樹君、やはりそうだったようだねハァハァ』
『理樹っ、俺は嬉しいぞ! 後でじっくりしっぽり話しあおうっ!』
何だこいつら。
理樹は思った。もう訳の解らないことを追求するのはやめよう・と。
だが、譲れないこともある。
『――そのブラックサンダー(31円)だけは返してよ。それは僕の大切な――』
昼ご飯なんだ、と続けようとした時だ。
『そうそう来ヶ谷。それは当然、男である俺の為の物と解釈出来るよな?』
『何を言っている、恭介氏。同性の友人に渡すのも最早トレンド通り越して常識だぞ。……故にこれは私の物だ』
『……俺と理樹の付き合いの長さは知ってるだろ?』
『……先手必勝と言う言葉を知っているかね?』
バチバチ、と視線で火花を散らし始める二人。
『いや、それは僕の――』
『よろしい、ならば……』
『『――戦争だ』』

そして次の瞬間、バトルが勃発した。
バトル・と言っても、恭介の考えたルールに則ったものではない。
何が二人を駆り立てているのかは理樹には定かではなかったが、来ヶ谷と恭介は最早喧嘩に等しいであろうガチバトルを始め、応酬を繰り返しながら人気の少ない場所へと徐々に移動。
そして最終的に校庭へと彼らは辿り着き――。


理樹の想起は終わりを告げる。それは走馬灯のような、一瞬にも満たない時間だ。
耳朶には、未だ衝撃音の残滓が響いている。
理樹は目を凝らす。恭介の攻撃の、成否を確かめる為に。



**

恭介に蹴り足を掴まれた瞬間、来ヶ谷の心中に浮かんだのは驚愕と、
――こうでなくてはな!
楽の感情だ。それは、来ヶ谷の行動原理。
最初からこの攻撃で勝負が決するとは思ってはいなかったが、逆に窮地に追い込まれるとも思ってはいなかった。それは偽らざる事実だ。
だが、その方が面白い。そう来ヶ谷は考える。
この戦いは、負ける訳には行かない戦いだ。
ジ・ハード。
私にとっての聖戦足りうる理由が、この戦いにはある。
「まだまだこんな物じゃないさ」
だが、恭介の声が耳へと届くとほぼ同時、視界の隅――死角となる部分から、左の手刀が飛んでくる。
圧倒的優位から死地への転落。
誰もがそう思うであろう状況で、しかし来ヶ谷は諦めや絶望とは全く異なる感情を抱く。
――やられたならば、やり返すしかないだろう!
因果応報。素晴らしい先人の発想だ・と、そう思う。
故に、その思考に従って行動した。



**

恭介は、手刀を飛ばしながら勝利を確信した。
来ヶ谷の右脚はがっちりと右腕で押さえている為に外れる事はなく、そしてそれは枷となり防御や回避すら困難にさせる。
勿論相手は曲がりなりとも女子だ。
殴打はなるべく避けているし、後に残るような攻撃も恭介自身のプライドが許さない。
その点、急所への手刀は実にエコだ・と思う。
一瞬で意識を刈り取ることが出来、尚且つ後に残るダメージも最低限。痕すら残らない。
その軌道は打ち上げるようなもの。
そして、確かに手刀は、来ヶ谷の延髄を打ち据えた。

同時、恭介の後頭部へ強い衝撃を残して。

「がッ……!」
意識が一瞬、飛んだ。
ぐらり・と身体が傾く。……が、たたらを踏んで恭介は何とか踏み止まった。
――何が起こった!?
不可解な状況に脳が一瞬処理を止めかけるが、半ば反射的に、恭介は原因を確かめようと振り向いた。
そこには、
「……ほう、アレを喰らって倒れないとは。流石に鍛えているな」
「来ヶ谷……!」
――倒した筈の、相手が立っていた。
右手を当てて首をコキコキ・と鳴らしているが、見る限りダメージは無い様子だ。
「一体、何をした……?」
「そんな事を聞かれて、私が答えると思うか? ……嗚呼、勿論おねーさんは最強なので答えてあげよう」
腕を組み、来ヶ谷が仁王立つ。
平時と変わらない傲岸不遜な態度が、来ヶ谷へと趨勢が完全に移ったことを如実に示していた。
「恭介氏、キミは私の右脚を掴んだ事で私を捕獲したと勘違いした。それが最大のミスだよ」
「ミス、だと……?」
「力の無い者が力のある者を打ち倒すには、何を利用するのが最も簡単なのか解るかな?」
問いが飛ぶ。
そしてその問いで、恭介は全てを悟った。
「相手の動きを、利用する……!」
「鋭いな」
そう言い、一度言葉を切って軽く息を吸う。
来ヶ谷はその動きのまま、両手を開き高らかに叫ぶ。
「そう、私は恭介氏が手刀を打つ動きを利用し! 打撃の動きに逆らわずに前転し! 右脚を掴んだままの右手を利用してキミを前へ引き倒し! そして後頭部に踵落としを喰らわせた!」
「なん……だと……」
「力と耐久力で適わない機体が、何を以て勝負するか知っているかな? ……速度と知略だよ!」
フハハ、と笑う姿は最早悪役のそれである。
そして恭介の身体は、未だダメージが抜け切らないまま。
「――さぁ。そろそろ終幕と行こう。理樹君のブラックサンダー(31円)は――」
「くっ……!」
「――いや、三次に舞い降りた、リアル男の娘のバレンタインチョコを手に入れるのは、私だぁっ!」

そう、理樹が気付いていないだけで、今日は2月の14日――バレンタインデーなのだった。
リトルバスターズ内の多くの女子が理樹へのチョコレートを如何に渡すかを画策する中で、この二人に代表される理樹(♀)をこよなく愛するメンバー達は、全くの別視点でこの日を捉えていた。
そう、如何に理樹からチョコレートを貰うか・である。
しかし、それも本人にその気が無ければこの上なく難しい。無理矢理貰うことに意味はないからである。
故に、妄想は妄想で終わる筈だったのだが、
――まさか自発的に用意してくれるとはな!
この思いは感動だ・と、来ヶ谷は思う。可愛い女の子のチョコレートもたまらないが、理樹ちゃんのチョコレートはまた別腹なのだ。

叫びながらのそんな思考は一瞬。
来ヶ谷は欲望を剥き出しにして、恭介へと襲い掛かった。
両者の状態からして、これ以降の逆転は有り得ない。


…………と、思われたその時だ。



**

“それ”に気付いたのは、二人ほぼ同時だった。
“それ”が飛んできた方向は、高いネットによって校外と隔絶されている筈の道路側。
つまり校外から投擲されたことはほぼ間違いないのだが、しかし描くのは有り得ない軌道だ。
高速で飛来してくる“それ”は、人の胸元程の高さで射出されたのにも拘わらず、空気抵抗を無視するかのように高度を殆ど落とさない。
そしてその落下予測地点は、丁度二人の立つ中間。
それを両者はほぼ同時に悟り、仰け反るように飛び退る。
次の瞬間“それ”は、射出地点から落下地点までの距離にして50メートル程を、直線軌道で貫いた。


「なっ……!」
言葉にならない叫びをあげたのは、数瞬前まで勝利をほぼ手中にしていたとも言える来ヶ谷だ。
恭介もあまりの展開に、平静を装いつつも心中は穏やかではない。
そんな二人の視線は、自然飛来してきた物体へと向けられる。
それは、
「「辞典……?」」
――国語辞典である。
来ヶ谷は右袖で目を擦る。
恭介も右袖で目を擦る。
そして深呼吸して、もう一度見た。
国語辞典である。
「「……………………」」
二人、無言になった。
人間、得てして理解の及ばない状況に直面すると無言になるものである。

「と〜も〜や〜」
時を同じくして、ネットの向こうでは怨嗟を含んだ低い声が響いていた。
「ま、待てっ、落ち着け杏っ。話せば解るっ」
「なーんでアンタは、バレンタインデーの半日も過ぎない内にそんなにチョコを貰っちゃってる訳?」
「そんなことを言われても、勝手にあげようとしてくるんだから仕方ないだろっ!」
「へぇー……。勝手に、ねぇ……?」
ピキリ・と空気が凍る。
「いや、そのだな、」
「黙 れ」
「ハイ」
「取り敢えずオシオキからねー。抵抗しない。もう逃げない。言い訳しない。良い?」
「…………」
「返 事 は ?」
「ハイ!」
ずるずる。

そんな寸劇がフェンスの向こうで繰り広げられている間、二人は終始無言で硬直していた。
暫くして、先に口を開いたのは来ヶ谷だ。
「…………興が冷めてしまったな」
「同感だ」
恭介もその言葉に追従する。
ノリでここまで戦り合ってきたが、それが切らされてしまえば、普段が普段な二人だ。
そして一度平静を取り戻してしまえば、再び先程までのテンションに戻るのも億劫に思えた。
言葉に出さずとも、それが二人の共通見解であったと言える。
「恭介氏」
「なんだ?」
「私たちは最も簡単な解決方法を忘れているような気がするのだが」
「全くだ」
言いながら、来ヶ谷は懐から理樹のブラックサンダー(31円)を取り出す。
そしてその包装を、中央で割った。
「はんぶんこ・だ。小毬君の教えを、こんな形で体感することになるとはな」
「『私もしあわせ、あなたもしあわせ』――か。本当に、何で俺たちはこんなにマジになって争っていたんだろうな」
「ああ。……ホラ、恭介氏」
「ん、悪いな」
来ヶ谷は恭介に放る。
恭介は、ぱし・と空中でキャッチした。
――ブラックサンダー(31円)の中身を。
「はっはっは、君が中身で私が包装。原価的には私の方が圧倒的損だが、今日のところは迷惑料として受け取っておいてくれて構わないよ」
「………………」
プルプル・と恭介が肩を震わせる。
「………………」
「………………来ヶ谷」
「ではなっ」
「逃がすかぁっ! 包装の方が万倍価値があることは解り切ってるだろうがぁっ!」
「何を言っているんだっ、こんな包装など只のビニールだぞっ」
「じゃあ逃げるのをやめやがれぇっ! 中身には理樹が触ってねぇんだよーっ!」
「ふはは言っている意味が解らないな、この包装を使って私は西園女史とハァハァ」
「ハァハァするのは俺だぁ――――――っ!!」
――追いかけっこは終わらない。


「嗚呼、僕の神聖な昼食が暴徒二名に……結局理由も解らないし……。お腹減ったなぁ」
「ねぇねぇ理樹君」
「何さ……ってあれ、葉留佳さん」
「お腹空いてるの?」
「え、うん」
「じゃっ、じゃあっ、私が偶然持ってるこちらのチョコレートをばっ」
「え、ホント?」
「どーぞどぞー」
「渡りに船だよ! ありがとう、この恩は必ず返すよ!
「え、ほんとデスカ!? い、いやぁ、こんなに上手く行くとはるちん何と言うか……」
葉留佳が何故か嬉しそうなのを怪訝に思いながら、理樹は有り難く頂いたチョコを食べる。
何でこんなに凝った作りなんだろう・と言う疑問がちらと脳裏を掠めたが、空腹を満たそうと言う欲求にすぐに掻き消された。

少し離れた校庭では、未だ罵声と打撃音が耐えない。
それをBGMにしながら、理樹は思う。
肌をくすぐる風は少しだけ優しく、陽射しは徐々に柔らかくなってきている。
世界が彩られるのはまだ少し先だけれど、
――もうすぐ、冬が終わる。

























お囃子・感想などいただけましたら。

おなまえ(省略可)



お囃子!(→盛大)

ぱち ぱちぱち ぱちぱちぱち

よろしければ何か一言!(省略可)





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