※誠に勝手ながら演出の都合上IE(インターネット・エクスプローラ)での閲覧を推奨させていただきます。



 かたり。
 暗闇に覆われた教室で一昔前のイスのパイプと机の当たる音がする。

「……」

 沈黙、教室に響くのは規則正しい呼吸音だけだ。
 ただこの呼吸音は一つではない。
 ひいふうみい…
 およそ、7人だ。
 暗がりに覆われているため、相手の姿形などは見えないが気配はある。

「さて、今日皆さんに集まってもらったのは他でもありません。
―――きたる、3月14日についてのことです」

静かだった教室内に鈴の音のような声が通る。
ごくりと、誰かの喉が鳴る。

「ここに集まってもらった皆さんにはある共通事項があります。
それは、まぁ、皆さん分かっているでしょうが…。
先日2月14日に直枝さんにチョコを渡した。
この事象に該当する皆さんです」

「ふむ、で…そのメンツをこうして集めて何をしようというのかね?」

初めて司会を務める女生徒以外の声が暗闇に響く。
それに続くように別の方角からも声が聞こえてきた。

「というか、何でわざわざこんな暗いところに集まらなくてはいけないのかしら」

「様式美です」

暗闇の中から一つため息が零れた。

「話が逸れましたが、とある筋から直枝さんが誰か用にプレゼントを用意している。らしいです。まぁ、誰に渡そうとしているのかは分かりませんでしたが」

「それは信頼できる筋なのでしょーか?」

少し幼い声が響く。

「はい、信用できます」

「その情報が正しいとして、だ。
何故、その情報を私たちへと教える。
いわば、我らは同士でありながら敵でもあるのだぞ?」

その言葉で空気がバイオリンの弦のように張りつめる。
何かの拍子にきれてしまいそうなほど、ピリピリとした空気になる。

「…これは私の気分の問題です。戦うのなら正々堂々同じスタートラインからヨーイドンしたいという単なる自己満足ですよ」

「まぁ、それはおいといてですヨ。どうするんですか?その情報を教えて」

「もう三月です。区切りとしてはいいでしょう。これで終わりにしませんか。
今回直枝さんからプレゼントを貰った人を勝者とし、他の人は一切手を引くと」

途端に集まりがざわめき始める。

「ふむ、まぁ、よかろう。乗ろうではないか、その話」

一人が乗れば私も、私も…と皆が乗って来るのは基本的な心理だ。

「全員、了承ということでいいですね?」

「うむ」
「ええ」
「わふーっ」
「わかった」
「了解ですヨ」
「わかったよー」

それぞれから返事があったのを確認してからそれでは―――と言葉を続ける。

「本日19:45を持ってホワイトデー作戦を決行する。以降、各自おのおの幸せを目指して生きるべし!」



***



「たとえばここに白いおたまじゃくしの群れがあったとして、その行く先を誰に阻むことができるだろう、否、誰にもできはしない。何も食べなければお腹はすくし、寝ずに過ごせばやがては睡魔が襲いかかってくる。つまり、そういうことなんだ」
「本能とは本来抗いがたいものであって、それに反するには努力が必要だ。そして努力には意味づけをしなければならない。方向性のない無駄な努力ほど悲しいものはないからだ。よって、ここでいう"意味"とは、要するに"目的・目標"ということになる」
「恋は舞い散る桜のように、けれど輝く夜空のような、一瞬にしてはかなくも、人を魅了してやまない煌き。行為の結果を憂いて未来をあれこれ考えるよりも、求めるべきは今、この一瞬を眩しく燃え抜いて生きてやる……閃光のように……!」
「僕の二週間に渡るオ○禁という名の聖戦ジハードは、この日、このときのためにあったのだから――」

 届けこの想い――性なる戦いの行く末は、まだ誰も知らない。



***



「果てさて、ついに来たるは三月十四日、大人の事情でバレンタインの対となることになってしまい、挙句の果てに『ホワイトデー(笑)』などと一部の勢力からは嘲笑されるまでに至った哀れな哀れな三月十四日、正直この日が誕生日だったら死にたくなるほど鬱になるんじゃないか三月十四日、『ヒャッハーなんで俺誕生日なのに逆に贈り物とかしちゃってるの』などといった戯言を抜かしたら最後、袋叩きにあうこと必死な三月十四日がついにやってきてしまったな」
「姉御姉御、前置きなげーっす」

 三枝葉留佳は先ほどからせっせと忙しなく動かしていた縫物の手は止めず、おざなりにそう返事をした。少し不満気に眉をひそめた来ヶ谷唯湖の表情にも気づいた様子はなく、ひたすら作業に集中している。
 唯湖のほうはといえば、『今日の戦いについてお話が』という葉留佳の言葉に興味を惹かれ自室に招いたわけであったが、肝心の話題について先ほどから一向に触れようとしない葉留佳の態度に辛抱しきれず口火を切ったところだったので、返した言葉は少しきつくなっていた。

「いいかね、葉留佳君、確かに君を部屋に招いたのは私だが、勘違いしてもらっては困る。そもそも呼び出したのは君のほうなのだから、私のほうに君をゲストとしてもてなす道理はない。単に一人部屋のほうが何かと都合が良かろうと便宜を図っただけに過ぎないのだから、用がないのならば早急にここを立ち去ってもらいたいものだな」
「まーまー、待ってくださいな。後もう少しですから……ここをこうしてっと……」

 唯湖とて、このお調子者の『秘密兵器があるんです』という発言を1から10まで信じたわけではない。だが戦いとは非情な物であって――とりわけ勝者が一人しか存在しない今回のようなケースであればなおさらだ――時には相手を騙し出し抜くこともある。仮初の共闘関係を築き上げ、利用するだけしておいて切り捨てるのはセオリーでさえあるのであって、仮に共闘関係が成り立たなかったとしても、相手の手の内を曝け出させるという意味では十分意義がある。 このような思惑で唯湖は葉留佳の誘いを受けたわけであったが、ここに来て一抹の不安を覚えてもいた。葉留佳がなかなか本題に入らないのは、あえて時間を引き延ばそうとしているからではないか、と。

(この女……まさか私の手の内を探りに来た……!?)

 唯湖は知らず冷や汗が垂れ落ちるのを感じ、

「できたー! 見て見て姉御! 等身大理樹君人形ダッ○・ハズバンド! これを量産してライバルたちの部屋に置いておけば無我夢中でしゃぶりつくこと間違いなし! あれどこ行くんですか姉御ちょっと待ってください最後まで聞いてください実はデスネこれ下半身のビッグ・マグナムの先っぽが哺乳瓶見たくちゅーって吸える仕様で、中からコンデンスミルクがびゅばーって飛び出るんでしてハイテクですよハイテクところでマグナムのサイズはいくつぐらいがいいと思いますって姉御聞いてるんですかそっちは廊下――」

 気のせいだったな、と思い直し、一人静かに廊下を歩み去っていった。



***



鈴side


『いーまいるかいしゃにサヨーナラしよーかー♪でーぐちはこちらとわらうハロワの目〜♪』

 朝の八時にセットした目覚ましが鳴る。
 音楽は少し前に流行ったJ-POPだ。
 あたしは枕の突っ伏したままベッドの隅をごそごそと携帯を探る。
 直ぐに手に固い感触。あたしはサイドのボタンを押して目覚ましを止める。
 まだ三月だ。季節的には初春と言ってもいいかもしれないけど、体感的にはまだまだ寒い季節。
 朝の冷たい空気にベッドから起き上がる気が萎える。
 布団の中で動いた分ずれた布団をぎゅっと引き寄せ抱く。
 自分の体温が移った布団は暖かくてもう一度意識が飛んでしまいそうだ。

『いまーいるかいしゃにさよーならしよーか♪』

 うとうとしているとスヌーズ機能でまた音楽が鳴る。
 寝ぼけ眼で携帯の時間を確認する。
 八時一五分。時間もギリギリだ。
 起きるとしよう。
 のそのそとベッドから這い出る。

「フニャ!?」

 寝ぼけて足元がおぼつかずふらついた先にあったタンスに頭をぶつける。
 結構盛大にぶつけた為、本気で痛い。
 ぶつけた部分をさすりながら反射的に涙の浮かんだ目をごしごしと擦る。
 まず、もう既に日課と呼べるほどになった日めくりカレンダーの日付を破る作業を行う。
 破った後出てきたのは3月14日を示す紙。
 理樹…。
 頭の中に浮かぶのは幼馴染の中で一番大人しかった男の子。
 この前、みおに呼ばれた集まり。当初、あたしは参加するつもりはなかった。
 別にそんなことをする意味など見つからなかった。
 だが、今は参加して良かったと思っている。理樹への自分の思いを理解した今では。
 参加したきっかけはこまりちゃんの言葉だった。

―――りんちゃん、理樹くんのことどう思っているの?
―――わからない
―――じゃあ、りんちゃんは理樹くんがりんちゃんの知らない女の子と仲良くしていたらどう思う?
―――む、それは何となく嫌だ。
―――だったら参加した方がいいよ、りんちゃん後で後悔すると思うから。

 確かにあたしは後悔しただろう。
 あたしは理樹が好きだ。誰にも渡したくない。
 例え相手がリトルバスターズの仲間だろうと…戦うんだ。
 あたしは着替えを済ませ部屋を出た。




「……りんちゃん」
「……こまりちゃん」

 部屋を出て初めて出会ったあの会合のメンバーはこまりちゃんだった。
 運命は残酷だ。こまりちゃんには背中を押して貰った恩もある。
 出来ることなら彼女と面と向かって戦うのは避けたかった。
 今日、出会わなければ良かった。でも、出会ってしまった。
 私はただ、理樹の隣に居たい。理樹の笑顔を見たい。
 目の前にいる彼女は壁。越えていかねばならない存在。
 そう、思っているはず、こまりちゃんも…

「私はりんちゃんなら構わないよー。理樹くんを取られても。
 ただね、何もしないで見てるだけなのはダメなの。
 みーんなと仲良くしたい。でも、やっぱり理樹くんじゃなきゃダメなんだ」

 えへへと笑うこまりちゃん。
 やっぱり思いは同じだった。
 そう感じると同時に自分でも驚くほど自然に笑みが浮かんだ。
 程よく、敵意と好意と楽しさが混じったような笑み。

「じゃあ、何時ものバトルランキング方式でいいね〜?…ッ!?危ないりんちゃん!!」

 今まで浮かべていた笑みが驚愕に変わる。
 そして、あたしを強い衝撃が襲う。
 廊下から体を起こした時にこまりちゃんがあたしを突き飛ばした。ということに気がついた。

「あれ?残念だなぁ、とりあえず戦闘能力が高い棗さんを先に倒そうとしたんですが」

 倒れたこまりちゃんの傍に一人の女性徒が立っていた。
 あまり見たことのない生徒だ。

「お前…誰だ!!」
「同じクラスのクラスメイトなのに酷いなぁ、棗さん」

 相手は凄く可笑しそうに笑っている。
 だけど、あたしにはそれが凄く不愉快だ。
 彼女の足元にはこまりちゃんが気を失って倒れている。

「こまりちゃんに何をした…」
「気になります?気になりますか?気になりますよねー。大丈夫ですよ。ちょっとこれで眠ってもらっただけです」

 手にしている少し大きめなペンのようなものをかざす。
 彼女が赤い突起を押すとバリバリっという音と白っぽい光が出た。

「隠れて攻撃したことは謝ります。
でも、私の大切な友達が今恋をしているんです。私は彼女の恋を応援したい。
その為にはたくさんの障害がありました。恋のライバルがたくさんいる。
彼の傍には可愛い女の子がたくさんいます。私は友人に幸せになってもらいたい」

 彼女も少しだけ目に憂いの色を浮かべて告げる。
 そうか、あたし達以外にも理樹を好きな奴がいたのか。
 でも、でも…だ。

「不意打ちでこまりちゃんを攻撃した事実は変わらない」

 押し殺した声で呟き、吊り上げた目で相手を睨む。

「いくぞ!」
「っく、速い!?」

 あたしは一瞬で彼女の懐へ潜り込む。
 そして、武器を持っている方の手を足で蹴り上げる。
 その衝撃で武器は彼女の手を離れ廊下に転がり、渇いた音を上げる。
 そしてもう一度彼女の懐へ潜り込む。

「これはきっとこんなことして欲しくなったはずのお前の友人の分ッ!」
「ぐっ!」

 まずは一撃。

「これはこまりちゃんの分ッ!」

 そして、もう一撃。

「最期にこれは…あたしの怒りだッ!」

 最期の一撃は綺麗に彼女の体に入った。
 そして、彼女が前のめりに倒れる。
 ちゃんと力の加減はしてある。
 少しだけアザが残るだろうけど。
 それは自業自得ということにしておいてもらおう。

 まだ意識があるのか、臥したまま悔しげに身体を震わせる姿を省みることなく、あたしはこまりちゃんの元へと駆けていった。



***



 僕は机に伏す。もう大分ぐったり風味だ。昨日の夜は頑張りすぎてしまった。流石に二週間ぶりのカタルシスは僕の体に歓喜と興奮と快楽と絶頂を教えてくれる。
 思春期の男子にとって数週間の快楽を押さえ込むことは困難を極める。そんなのずっと探していたDVD成人用PCゲームが超お買い得価格で置いてあり財布の中の貯蓄は十分!なのにスルーするのと同じようなものである。あ、ちなみに駄洒落じゃないよ。
 だが、そう僕は耐えた。彼女への僕の思いを伝える為に。忍耐は楽しみを増幅させる。
 ああ、あの西洋の聖歌隊のような美声。そして、微笑んだ時のあの全てを許す聖母のような安心感。精巧に出来た人形のような美しい顔立ち。僕の男の部分をくらりと刺激するラフレシアのような香気。立てば春菊、座れば牡丹、歩く姿は百合の花…歌う姿はハイビスカス。
 思いつく限りで最高の女性だ。そのような女性に僕の思いを改めて伝える機会。
 素晴らしい、マーベラス!!最高だ。直枝理樹サイコオオオオオオオオオオオオ!!!!!!
 だが、落ち着け。KOOLになれ直枝理樹。心は熱く、頭は冷静に…
 まだ、動くときではない。まだ、時は満ちていない。太陽が落ちるまでもう少し。ロマンに欠ける日中などでは僕の抱く1/3の純情な感情は伝えられなどしないのだから。



***



「ここまでは予定通り、といったところでしょうか」

 西園美魚は校舎の屋上から下界の騒ぎを眺めながら、誰にともなく独りごちた。

「鈴さんと神北さんは……少しわたしの意図からは外れてしまいましたが、結果オーライということにしておきましょう」

 結局のところ自分の目的は、実験のようなもの、それで少しでも楽にライバルが減ってくれればいいのだから、と自分に言い聞かせ、突風に靡くショートカットの髪をカチューシャごと抑えながら、美魚は静かに口角を吊り上げた。

 時刻は既に黄昏時を迎えており、西の地平線へと沈んでいく斜陽の、最後の灯火を全身に受け、未熟な果実を思わせる華奢な体を紅色に燃え盛らせながら、少女は謳う。

 ――踊れ

 その祈りが天に届いたのか、はたまたただの偶然か。それともこうなることですら少女の思惑にあったのか。
 真相をする術はなく、今はただ、また二人の少女が戦いの渦中へと飛び込んでいこうとしているという事実が、そこにはあるだけだ。



***



 赤い夕暮れがガラス越しに廊下を濃密なオレンジに染める。
 廊下に擦られ上履きがきゅっと悲鳴を上げた。

「クドリャフカ…どきなさい。貴方を傷つけたくないわ」
「私も佳奈多さんとは争いたくないです…でも、意地があるんです。女の子には!」

 クドリャフカは佳奈多へぴしゃりと言い放つ。
 佳奈多は一度悲しげに目を伏せた。
 その目に浮かべた悲しみは、強敵ともと戦うことへの悲哀か、
 自らという強者と戦う相手への悲哀か。
 そして、彼女が次に目を上げた時にその瞳に宿っていたのは自らの道は自ら切り開くという信念の炎。
 迎え打つクドリャフカも楽しそうに唇を歪めている。

「やっちゃえ、バーサーカー!なのです!」
「ん?俺か?」

 丁度タイミングよく通りすがった真人が反応する。

「っく!? なんて出鱈目な筋肉なの!?」
「お? 二木はこの筋肉が分かるのか!」

 嬉しそうな笑顔で二木に話しかける真人。
 そこで何かに気づいたように、佳奈多の表情に変化が生じた。

「…少しの間でいいわ。あいつの足止めをして」

 またもや、タイミングよく通りすがった謙吾が反応する。

「ん?また、みんなで遊んでいるのか?ずるいぞおおおお!俺も入れろおおおお!」

 こうして、クド&真人チーム VS 佳奈多&謙吾チームの図式が成り立った。

「ふ、この場は俺に任せてもらって構わん。
ああ、時間を稼ぐのはいいが、別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」

 謙吾は自ら佳奈多の前に進み出た。
 それにしてもこの謙吾ノリノリである。

「ごめんなさい、このお礼はいずれするわ」

 最期にその言葉を残して佳奈多は走り去っていった。

「なんだよ、やんのかよ。謙吾……いいぜっ!」

 真人も真人でクドリャフカを肩車して姿勢を低くして筋肉をバネのようにたわませる。
 謙吾は一度髪をオールバック風に掻き上げて何処から現れたのか二本の竹刀をだらりとぶらさげるように構える。

「いくぞ、真人――――筋肉の貯蔵は十分か――――」

 その言葉と共に謙吾は真人に向かって駆け出した。

 べすん、べすん。
 真人が廊下を踏みしめる度に重厚な?音が響く。
 謙吾は二本の竹刀を使い舞踏を踊るように右から左から竹刀を振るう。
 我が身は剣で出来ている。
 これまで俺はずっと剣に生きてきた。友人との遊びもそこそこに。俺にはそれしかないと思っていたから。
 だが、あの悲しき事故で自らの本質に気がついてしまった。
 ―――俺はもっと皆と遊んでいたかった
 何度も後悔に塗れ、あの虚構の世界に救いを求めた。
 あの世界が終わった後、俺は決めたのだ。時間は有限なのだ。ならば、俺の思うとおりに進もうと。
 心が躍る。血が滾る。脳内麻薬とでもいうのだろうか。痛みなど感じない。
 面白い、実に面白い。最高だ。俺は今を精一杯楽しむことにした。

「真人…精々手を抜け。後、2時間くらいは遊んでやる」



***



「気に入らないわね……」

 謙吾にその場を任せた佳奈多は、とある場所を目指し全速力で駆けていた。行く手を遮る障害は何もなく、脇目も振らず駆け行くその姿は、獲物を捕捉する獅子のごとき迫力か。たまたま休日の校舎を見回っていた警備員が恐れおののいて飛び退くほどの剣幕だったが、彼女自身にその自覚はない。

 初めから何かがおかしいと感じていた。そもそもの発端は何だったか。その決定的な因子はどこにあったのか。

"何故私たちは戦っていたのだろう"

 その理由が今自分の向かっている場所に必ずあると、佳奈多は不可思議な確信を得ていた。
 やがて目的地の手前まで来ると、立ち止まって乱れた息を整える。
 そこは不要となった机や椅子が立ち並んだ、立ち入り禁止区域――屋上への入り口だ。窓枠が取り外されており、明らかについ最近人が出入りしていることを指し示していた。

「やはり見間違いではなかったようね」

 先ほどクドリャフカに対面した直後のこと。"戦わなければならない"プレッシャーに押され、危うくその小さな身を手にかけるすんでのところで、偶然通りがかった筋肉馬鹿を視界に納めたその先、この建物の中で空にもっとも近い場所、紅光を浴びながら微笑する少女の姿を佳奈多は目撃していた。少女の青みがかった髪が黄昏に染まり、空に咲くすみれを思わせるその姿を目に捉えた瞬間、佳奈多の中で何かが弾けて消滅した。

 窓枠に手をかけ、勢いよく飛び上がる。するりと身体を外へと滑り出させると、タトン、と綺麗に着地する。埃のついた手を払いながら、佳奈多が見据える先――屋上に咲いた菫色の花が一輪、まるで相見えるこの時を待ち望んでいたかのように、妖艶な笑みを浮かべていた。

「一番最初に気づくのは来ヶ谷さんかあなただと思っていましたよ、優秀な風紀委員長さん?」

 童女のからかいのごとく片目を閉じて告げる美魚に、激昂に駆られそうになった佳奈多は、代わりに嘲笑うように鼻を鳴らし、

「……ふん。ずいぶんと余裕のご様子だけど、この期に及んで何か策でもあるのかしらね。言っておくけど、一応これでもそこそこ身体は鍛えてる方だから……クドリャフカに手を出させようとした件は、高くつくわよ……」
「くすくす……」
「何がおかしいのよっ!」
「あっははっはっはっは! 何がって! おかしいに決まっているじゃないですか!」

 突然人が変わったかのように高笑いを響かせる美魚の姿に、気圧された佳奈多が一歩後ずさる。じり、じり、と焦げ付くような熱気に、佳奈多の額からは一筋の雫が流れ落ちていた。

「考えても見てください。いくら昨日わたしが闘争心を焚きつけたからといって、それだけで見境もなく皆さんが友人相手に暴れるとでも? 特に二木さん、あなたは妹さんや能美さんを溺愛していらっしゃるでしょう? もちろん直枝さんを想う気持ちがあなたをあそこまで駆り立てた、と解することもできるでしょうけど、もっと簡単に説明をつけることができます」

 陶酔しきったその表情は、まさに演説者きょうじん。佳奈多はそこに底知れぬ狂気を垣間見ると同時に、戦慄を覚えた。
 まさか、とは思う。しかしいつだったか、リトルバスターズなる集団が校内で行っていた超絶迷惑お遊戯、通称"バトル・ランキング"で彼女は――

「NYP、というものをご存知ですか?」

 ――世にも不可思議な武器を使いこなし、見事女王の座に輝いていたのだった。

「まさか……」
「その"まさか"です」

 ふふっと無邪気な、心底楽しんでいるように微笑むと、美魚は背中に隠し持っていたノートを取り出した。何色ともつかない不自然な着色で飾った表紙には何も書かれておらず、それが一層その物体の不気味さを醸し出していた。

「"NY NOTE"とわたしは名づけました」
「エヌ・ワイ・ノート……?」
「何だかよくわからないノートです」
「そのまんまじゃない」

「黙れ……っ!」

「……っ!?」
「こほん……まったく凡人はこれだから……。いいですか、このノートは……人間を自由自在に操ることが出来ます」
「な、なんですって……っ!」

 馬鹿げたネーミングからは想像もできない、馬鹿げたほど恐ろしい力を秘めた、人には過ぎた産物。それを手にした少女は今――

「これさえあれば……っ! これさえあればなんでも叶う……っ! 棗×直枝だろうと、リバだろうと……それこそ究極の合体ゲイ術"宮沢→棗×直枝←井ノ原"であろうとも……っ! あ、すみません、最後のなしで。筋肉はなしで。"宿命の三角関係ホイール・オブ・フォーチュン"でお願いします……っ!」


 ――絶頂しくるっていた。正常に、完膚なきまでに絶頂しくるっていた。がくがくがく、と足腰立たぬ様子で膝立ちとなって、上気した顔で天を仰ぎ、口元からは唾液を滴らせ下腹部を押さえるその姿は、人をして恐怖せしめる、この世ならざる狂気に満ち溢れていた。
 事実、佳奈多は先ほどまでの威勢はどこへやら、やや怯えた様子で、いつでも撤退可能な逃げ腰体勢となっている。

(こいつ……完全にイカれてるわ……っ!)

 レベル1で魔王に対峙してしまった勇者のような絶望的な気分に陥りながらも、なんとか勝機を見出そうとする。そんな佳奈多の様子に気づいているのか、はたまたどうでもいいのか、美魚は演説じいを続ける。

「ふふ……ふふふふふ……夢がどんどん広がっていきますね……非常にディ・モールト素晴らしいグッジョブ! わたしはこのノートの力を使って――」

――BL界しんせかいかみとなる!

(もうやだこの人……手遅れだわ……どうしてこんなになるまで放っておいたのよ……)

 佳奈多は自らの頬に流れる涙を止めることなく、痛ましくも声高らかに宣言する美魚の姿を呆然と見つめていた。

「効果に不安があったので今回はテスト・ケースとさせていただきましたが……もう十分でしょう。プログラム”やらないかバンダースナッチ”発動……っ!」

 油断していた、というよりも戦意喪失状態の佳奈多にその行為を留める術はなく、美魚はボールペンを手に取ると、ノートに彼女の脳内で迸る妄想の塊を叩きつけようとペンを走らせる――

「"神の創り給うた器に抗いし者ふじょし"には、死を」

――その寸前、横なぎに払われた上履きに阻まれ、ペンを取り落とす。

「何もかもあなたの思い通りになると思ったら、大間違いですよ、西園さん」
「あ、あなたは……っ!」

 驚愕に凍りついたまま動けない美魚を尻目に、立ちすくんでいた佳奈多の元へと駆け寄りながら、睦美は自らの心のうちを吐き出す。

「直枝さんはノーマルなんです。ノーマルでなければ困るんです……っ!」
「杉並睦美……っ!」
「でないと、ただでさえ私の入り込む余地が減っちゃうじゃないですかっ――」

 呆然と様子を見つめていた佳奈多の手を取り、力強い声で睦美が叱咤する。

「さあ風紀委員さん、立ち上がってください! このままあの人を放っておいたら、大変なことになってしまいます!」
「っ! そうね……この学園の風紀を預かる身として、彼女の暴挙を許すことは出来ない……ついでに直枝の貞操のためにもね」
「そうこなくちゃ!」
「ありがとう、影の薄い人」
「影が薄いって言うな!」



 即席タッグでありながら、二人のコンビネーションは抜群だった。一方が攻撃を仕掛け、美魚の気を引いているうちに、もう一方が死角を突いて急所を狙う。必然美魚はガードすることに気を取られ、その隙に先制したものが離脱を図り、再度間を空けずに攻撃に転じる。クリティカルヒットこそしないものの、ただでさえ少ない美魚の体力を確実に削っていた。

「ちぃ!」

 何度繰り返したのか、本人たちですら数え切れないであろう乱打の末、ついに美魚の体勢がぐらりと崩れる。頭から地面へと叩きつけられるのを嫌って、手をついた結果、必死に腕で抱え込んで離さなかったNYノートが宙に浮かぶ。

「もらったっ!」

 その隙を見逃すほどお人よしの彼女らではない。咄嗟に睦美が美魚の身体を全身で拘束するのを見て取った佳奈多が、すかさずノートを手に取る。そのまま力任せに破り捨てようと力を込め、

「なにをするんですかっ! やめなさい……っ! お願いします、やめてください……っ!」

 涙をぼろぼろ零しながら懇願する美魚の姿を認め、逡巡する。

「何をしているんですか二木さん、今のうちにその悪魔のノートをどうにかしないと……いつどこでどんなNYPに襲われるか……今が千載一遇のチャンスです!」
「やめてえええぇぇぇぇぇぇえええぇぇぇぇ!」

 紙が引き裂かれる音は、美魚の生涯最大の叫び声によって掻き消され、後はただ、春の訪れと共に咲き誇りやがては散っていく桜吹雪のような紙片の群れが、吹きすさぶ上空の突風に煽られ、何処へともなく運び去られていくだけだった。

「ちくしょう……ちくしょおおおおおおおおおおおおおおお!」

 およそ年端も行かぬ女子とは思われない雄たけびを上げ、美魚は今、慟哭する。

「許しません……絶対許しませんよこの虫けらどもあなたたち! やがていつの日か、わたしか、あるいは我が同志が! 必ずやあなたがたを屠りに行くことと知りなさい! 何故なら――」


――ノーマルひかりあるところにまたアブノーマルやみもあるのだから……

 最後にそういい残し、疲れ切った体を地面に投げ出すと、静かに瞳を閉じ、美魚は永き眠りについた。

「嫌な事件だったね……」
「そうね……」

 そして奇しくも直枝理樹他数名の男子の貞操を守ることとなった誇り高き勇者たちは、やるせない気持ちを胸に、哀れなる魔王にしばし黙祷を捧げると、静かにその場を立ち去ることにしたのだった。



 この学園で、もっとも空に近い場所。手を伸ばせば雲すら掴めそうな、いと高き庭園で、今は眠りについた"神の創り給うた器に抗いし者ふじょし"との壮絶な闘いがあったことは、これから先誰も知ることはないだろう。



***



 胸が高鳴る。この高揚はそうだ。初めて彼女の物を手にしたときに感じたものに似ている。
 すぅっと息を吸う。ああ、今でも思い出せる。彼女の靴下のあの香ばしい匂いを嗅いだ時に感じた運命。
 あのこの世の物とは思えない素晴らしい匂いに僕は打ちのめされた。
 それから鈴が彼女と戦い得たものだけが僕の宝物だった。彼女の靴から漂う汗の匂いに彼女の唇に触れたであろうリップクリーム。
 僕は自らの手にある包み紙を見やる。
 これを渡した時、彼女はどういう顔をするんだろう?
 想像しただけで軽くイってしまいそうだ。
 僕は見た目には凄く真面目な表情。(^・?・^)←こんな感じの顔を装いながら佐々美さんを探す。
 最高の戦士。通称蛇のようにダンボールを被っても良かったが別にストーキングしてるわけでもないのでやめておいた。
 どうやら女子寮にはいないようだな……もちろん勝手に侵入してます、はい、見つかったら袋叩きなので早く帰りたいです。
 ぴこーんぴこーんぴこおおおおおおおおおおおおおん!
 僕のささみんレーダーが反応する。
 いる。確実に。探せ、草の根を分けても探し出せ!あ、草の根っていうのは比喩だからね。こんな寮のど真ん中に草なんて生えてるわけないじゃない。しょうがないなぁ、僕は。
 きょろきょろと周りを見渡すが廊下には彼女はいない。くそっ!この節穴EYEめ。この程度の索敵も出来ないのか愚図がぁっ!
 …そうか、そういうことか、たしか近くにソフト部の部室があったはずだ。そんな簡単なことに気がついた。
 僕の節穴EYEが彼女を捕らえる。やればできるじゃないか。後で褒めてやろう。目薬とかそんなので。
 僕は急ぎ寮を飛び出ると、部室へと駆けつける。窓から覗き込むと、うまい具合に中の様子が伺える。佐々美さんはいつも通り取り巻きの人と部室内で談笑していた。
 はやる心を抑えながら、無断で扉を開け、佐々美さんに声を掛ける。

「我が麗しの君よ。僕からのプレゼントを受け取って欲しい」








「食べてもいいからしら?」
「うん、たっぷり召し上がって!」

 僕の2週間の集大成が今!佐々美さんの!口内へ!
 佐々美さんが口の中でもぐもぐと咀嚼する。
 僕の分身であったものが佐々美さんの中へと浸透していく。
 ああ、これこそ…至福!僕の体は歓喜に震えた。

「あら、美味しいですわね…材料は何を使っているんですの?」
「うん、僕の素敵な数万匹のワンダフルライフたち…」

 僕は照れながら答える。
 佐々美さんは何それ?みたいな感じできょとんとしている。
 後ろの取り巻きは気付いているみたいで真っ青になっている。

「ふっ、ガールズ、キミたちも食べたいのかな…? だが答えはノーサンキュー!これは佐々美さんのためだけに作ったものだからね…」

「わ、わたくしの為に…?」「い、いえ。別に…」

 佐々美さんが照れてくれている。熟したリンゴのような赤に染めた頬がとても可愛らしい。ああ、ちゅっちゅっしたい。
 取り巻きの人たちは何か2mくらい後ろに下がった気がするけど気にしない。
 きっと僕と佐々美さんのラヴラヴ空間から発せられる素敵熱量を感じて熱くなってしまって少しでも離れようとしているんだ。
 でも、大丈夫。僕と佐々美さんの愛は君たちまで焦がしたりしないさ。僕らは互いに恋焦がれるだけの学生(19歳以上)だからね☆
 だけど僕がもう限界だ。ああ、佐々美さん。貴女は罪な女性だ。貴女は傍にいるだけで僕の心の鼓動をただ悪戯にかき乱す。
 これ以上ここにいたら僕はもう壊れてしまいそうさ。

「それじゃあ、佐々美さん。僕はこの後、先生から不純異性交遊について呼び出しをもらっているから行くねっ」

 僕は佐々美さんの笑顔に負けないように最高の笑顔を向けてから教室を後にした。



 後日、後ろにいた取り巻きの一人からワンダフルライフの正体を聞いたらしい。
 物凄い怒られた。ものっそい怒られた。ツインテールでムチって何かイケナイ扉を開いてしまいそうだった。

「でも、別に貴方のなら…わたくし…」

 と一通り怒り終えた後のモジモジする佐々美さんは凄く可愛かった。思わず、その場でつい犯っちゃったんだ☆。僕はね、興奮するとつい犯っちゃうんだ☆と某どう考えても子どもからみたら怖いだろ…なマスコットキャラな真似で誤魔化してみる。
 というか、まず、佐々美さんも大分、僕色に染まってきたみたいで凄く嬉しい。このまま、二人で行けるところまで行こうと思う。
 僕らの時は無限に永遠に続いて行くのだから。



――The End



あとがき(NELUO)

 こいつまじであたまおかしいだろwwwって部分はすべてひなたんの担当パートです。俺は比較的クリーンなイメージのパートなので誤解なきように、よしなに。
 あくまでもぼくはサポート係として執筆したんです! 原案とかすべてひなたんだから! 合作しようぜって話になって、どんなネタだしするのかと思ったら「理樹君のホワイトソースで(ry」とか言い出したひなたんが戦犯だからね! ぼくはわるくないよ!

あとがき(日向の虎へん)

 とりあえず、原案は僕ですが、執筆はねるおさんです(キリッ
 と、責任の押し付け合いはここまでにして…僕とねるおさんの初めての共同作業は如何だったでしょうか。
 楽しんでというか、少しでも「ああ、こいつらばかだなぁ」と微笑んで頂ければ幸いです。
 鈴はきっと小毬を介抱していて恋より友情を取ったんです。美しいですね。
 後、恭介はあーちゃん先輩といちゃいちゃしていたので割愛しました。てへり。
 と、舞台裏を明かして見せたところで〆としましょう。皆さん、読んでいただき有難うございました。






















お囃子・感想などいただけましたら。

おなまえ(省略可)



お囃子!(→盛大)

ぱち ぱちぱち ぱちぱちぱち

よろしければ何か一言!(省略可)





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