hard rain



 下駄箱にラッピングの施された小さな箱。今日は2月14日。中身は想像がつく。
 それは、男子としてこの世に生を受けたのならば誰にでも出来る想像であり自分は何も間違っていないのであって極めて的確な判断をしたのである。だから問題無い。
 そう自分に言い聞かせても、理樹は思わず溜息が漏れるに任せるしかなかった。流石にこれはあるまい。漫画などで見た展開ではあるが、まさか己の身に降りかかる事態になるとは毛ほども思ったことなど無いのだ。故にショックというよりも、疲労感が途轍も無く大きい。真冬の氷雨も手伝って、流石に心が寒かった。
 ともあれこれはこれとして、こなさなければなるまい。言わばミッションだ。気を取り直し、理樹は受け取った小箱を机の中に仕舞っておく事にした。鞄の中では誰かが故意でなくとも足をひっかけたりしてしまうかも知れないので、その点安全である。少なくとも放課後までは守り通さなければならないだろう。そう考えると爆弾でも抱えているような気分にもなった。
 午前の授業も残り1つとなり、昼休み。恭介の姿を探すが、こんな時に限って見当たらない。いつもなら窓か出入り口から何も言わなくても入ってくるのだが、今日は流石に忙しいという事なのだろうか。確かに恭介はルックスも良くユーモアもあり仰ぎ見るほどに大人っぽい男で、同性ながら理樹も臆面無く好きだと言えてしまう存在だ。それを、他の女生徒が放っておくとは考え辛いことこの上ない。
「理樹、恭介は今日は休みか?」
「朝は居たから何か忙しいんだと思うよ」
 真人の言葉に返しながら、理樹は小箱の存在を再度確認し、参考書やノートなどで奥の方へ追いやった。万一誰かの目につけば要らぬ誤解を招く。これを守り通す事が何よりも大切なのだ。
「じゃあ俺と遊ぶか!」
「ごめん無理」
「……そう、か」
「真人凹まないで真人! 違うよ、今日はちょっと調子悪いんだ」
「なんだ、筋肉いるか?」
「うん、今度貰う」
「漸くその気になったか理樹!」
「うん!」
「筋肉筋肉ー!」
「筋肉筋肉ー!」
 やけくそ気味かつ若干おざなりに真人と遊んだ。真人は特に疑問を抱かない事にしたらしい。天然故かも知れないし、他人が驚く程の洞察の深さでそうする場合も真人にはあるが、多分前者だろうと勝手に思い込むことにする理樹だった。若干心も荒んでいるかも知れない。
 漸く放課後となり、恭介の姿を改めて探す事にした。小箱を持って移動するわけにもいかないので、机の奥深くへ封印したまま校内を歩き出す。メールを送ってはみたものの返事が無いので聊か心配にもなるのだが、恭介に限って何かが起きたりもしないだろう。
 各フロアを横断し、もしやと思って寮方面へ向かうが、居ない。雨は今朝方よりも勢いを増し始め、かじかむ指先をポケットに突っ込む。
 流石に歩きつかれ始めた所で、携帯電話がポケットで震えた。
「恭介!」
「よう理樹」
「よう、じゃないよ、探し回っちゃったよ」
「悪いな、何か緊急か?」
「預かり物があるから渡したいんだ」
「……そうか、理樹で来たか」
「今日は大変だったみたいだね」
「こういう事を言うと顰蹙を買うんだろうけどな」
「とりあえず、僕の教室まで来てくれる?」
「わかった、すぐ行こう」
 ふっと息を吐いて肩の荷を降ろした気分になりながら教室へ戻る。既に恭介は来ていて、理樹の机の前でぼんやりと腕組みをして立っていた。
「来たな」
「うん、はいこれ」
 今朝方、下駄箱に入っていた小箱を手渡す。苦笑い気味に受け取る恭介。
「サンキューな」
「他の人にも沢山貰ったんじゃないの?」
「まあ、人から好かれるのは悪い気分じゃない」
「逃げ回ってたとか?」
「お返しを考えると現実的じゃないんだよ……」
「た、大変だね」
 想像し辛い苦労ではあったが、確かに飴玉1つというわけにもいかないのだろう。回避できる所は回避した方が得策なのかも知れなかった。
「あ、じゃあ面倒押し付けたみたいな格好になるのかな」
「いいや。まるで理樹から貰ったみたいで嬉しかったぜ」
「や、やめてよ恭介……」
「照れるな照れるな。ま、それはそれとしてだ。鈴を見なかったか」
「休み時間ごとに姿が見えなかったから、また猫を集めてるのかな? ああ、でも今日雨だから……」
「そうか……いや、俺の勘がな」
「うん?」
「悪いが理樹、鈴を探してやってくれないか」
「それは解ったけど……」
「頼んだぞ、じゃあな」
 言って、恭介は窓から飛び出していった。外はまだ雨である。勿論理樹は特に気にしない事にした。
 いい加減自室で休みたくもなってきているが、言われた通り、今度は鈴を探す事にした。今日1日、棗兄妹に時間を取られっぱなしである。携帯電話は繋がらず、一応メールを打っておき、寮へ。この時間ならもう戻っているだろうと思ったのだが、誰に聞いても鈴を見た者は居ないという。
 日も暮れかかり、雨も一層酷くなり始めている。徐々に心配が強くなってきた所で、思い立ち屋上へ向かってみると、果たして鈴はそこに居た。正確には屋上への出入り口の前に座り込んで、下着が見えるのも構わずに俯いていた。胸を衝かれ、駆け寄る。
「鈴」
「……」
 胡乱な眼差しが向けられてきた。肩に触れようとすると、払われる。
「鈴、どうしたのさ」
「なんでもない」
「なんでもなくないよ、こんな寒い所で」
 喋る理樹の口からも吐息が白くなって出て行くような場所である。もう1度、今度は頬に手を伸ばすと、今度は抵抗されなかった。変わりに、冷え冷えとした鈴の体温が手のひらに伝わってくる。
「とりあえず立って、鈴。風邪ひくよ」
「いやだ」
「ほら」
「いやだって……あっ」
 脇の下に手を入れて立ち上がらせると、ころりと何かが床に落ちた。紙製の箱らしいそれは、潰れていて、丁寧に施されていたのであろうラッピングは見るも無残な姿と化している。
 拾おうとする理樹より先に、鈴は足を伸ばして箱を蹴り飛ばした。
「鈴、これ」
「なんでもない」
 蹴飛ばされ、転がった箱の中身。どう考えても、チョコレートなのだろう。
「僕に?」
「違う」
「じゃあ誰に?」
「誰のでもない、ぼけ」
 再び俯いてしまった鈴から離れ、箱を拾う。りきへ、とあまり上手ではない文字で書かれた小さな紙も一緒に拉げていたが、紛れも無く自分宛てのものだと理解した。
「どうしてこんな」
「理樹には要らないだろ」
「どうして」
「……」
「鈴がくれるなら何より嬉しいのに」
「もう、貰ってたじゃないか」
 涙交じりになりながらの鈴の少ない言葉だったが、意味する所は解った。
 恐らく今日彼女の姿を見かけなかったのは、直接渡すのが照れ臭く、理樹が居なくなったタイミングを見計らって机の中にでも仕込んでおこうという考えからだったのだろう。だが理樹は今日1日恭介宛てに頼むという手紙と共に預かった箱を守り抜く為殆ど席を離れなかったものだから機会を失い、結局放課後へ雪崩れ込んでしまったのだろう。
 漸く渡せると思って机の中を見た鈴の目には、教科書やノートとは別に、小奇麗なラッピングの小箱が1つ。それを勘違いしたという所か。
「鈴」
「お前なんか知らん」
「聞いて、鈴。もし僕の机の中にあった箱を見たなら、勘違いだよ」
「なに?」
「あれ、恭介に渡してくれって預かったものだから。それもさっき本人にちゃんと渡った」
「……なに?」
「あーあ、勿体無い」
 混乱の極みにある鈴を放って、折れ曲がった箱の埃を払う。中身は無事らしく、小分けの袋に包まれた形の悪いチョコレートが姿を覗かせた。
「よせ理樹」
 制止を聞かず、1つを口に。スウィートというよりもビターさの方が強いチョコレートだったが、味としては好みと言う外ないだろう。何よりも、彼女の手作りである。恐らく小毬辺りの協力を得てのものだろうが、それでも立派な贈り物だ。
「美味しいよ」
「……」
 また1つを取り出して鈴の口元へやると、ぱくりと食いつき咀嚼。嚥下しながら、頭を理樹の胸元へ勢い良くもたれさせ、うん、と頷いた。
「少し苦いな」
「美味しいと思うよ」
「そうか」
「もう機嫌は良い?」
「よいです」
「なら良かった」
「理樹」
「うん」
「すまん」
「ううん」
 謝りながらも顔は上げ辛いのか、額の辺りをぐりぐりと押し付けつつ反省の言葉を述べる鈴。可愛いと心底から思う辺り、理樹も鈴に参り切っている。
「でも、形もよくないからもう食うな」
「手作りって感じでいいじゃない」
「格好悪い」
「じゃ、溶かしてホットチョコレートにでもする?」
「なんだそれは」
「ジュースみたいにして飲むチョコレート。牛乳があれば簡単に作れるよ」
「それがいい。そうしよう理樹」
「じゃ、牛乳買って帰ろうか。今日は寒いし、きっと丁度いい」
「ああ、寒いな」
「そうだよ、こんなに冷えちゃって」
「もうちょっと、こう」
 理樹の空いてる手を取って自分の背中に回しながら、鈴は理樹に顔を向けた。勘違いとはいえ自分の予想が外れてほっと一安心といった所なのだろう。暫く雨音を聞きながら、チョコレートの後味を互いに確かめた。
 翌日、理樹が恭介に放課後の教室でチョコレートを贈ったという噂が沸き立ち、また少し鈴の悪くなった機嫌を取り戻す為と、全く事実を否定しない恭介の説得にいくらか時間を要することになる。























お囃子・感想などいただけましたら。

おなまえ(省略可)



お囃子!(→盛大)

ぱち ぱちぱち ぱちぱちぱち

よろしければ何か一言!(省略可)





Back