クッキー・ゲーム





 これはリトルバスターズとして活動する以前のお話。
 リトルバスターズが幼なじみグループとしての活動しかしていない本編の前。
 最上級生は卒業し、在校生は学年末考査の苦行から解放、しかし教師の忙しさは衰え知らず。

「じゃあね、棗くん」
「おう」
「棗ー、昨日出た新刊どうだったー?」
「グッドだな。トラップの解除をあんな風にするなんて普通は思わないな。俺もやってみたいぜ」
「棗ならやれそうだな」
「違いねぇ」

 放課後の教室、ホームルームが終わった後で賑わいを見せるのは当然だが、恭介がいるだけで自然とその場はさらに活気が溢れる。
 リトルバスターズという小さな括りではなく、クラス……果てには学校全体に影響を及ぼすのが彼である。
 それはある非日常でも変わらず、

「よしっ」

 いきなり立ち上がった恭介は、そのまま教室を後にした。
 向かった先はほとんどの生徒が存在は知ってるが、立ち寄ったことはないといえる場所。
 けれど、用事がある生徒は何度もそこに訪れている。
 寮長室。その名の通り、寮長の仕事部屋である。新しい寮長が選ばれてから時は過ぎ、既に私物も少なくないほど配置されているが、整理は行き届いてないようだ。
 恭介は崩れそうになっていた模造紙の筒束を壁に立て掛け直し、書類とにらめっこしている女生徒に声をかけた。

「よう、あーちゃん」
「あっれー、棗くん? どうしたの、珍しいわねー」

 寮長の一人である。この学校では男子寮長と女子寮長がいて、そのうちの男子寮長が恭介のルームメイトの知り合いだということもあり、恭介自身は何度も足を運んでいた。用件は主に根回しだったが。
 女子寮長である彼女とはそこまでの面識はなかったが、いつしか男子寮長との繋がりで会話も増えてきて、今じゃこうして男子寮長がいなくてもわざわざ足を運んでくるようになっていた。

「まあな。色々考えたんだが、コレが一番じゃないかと思ってな」
「んー? 好きよねー、今度はどんな騒ぎ?」
「いやいや、そういうんじゃないさ」
「というか、棗くんまであーちゃん呼ばわりー?」

 あーちゃんと呼ばれた少女は不服そうに睨みつけるが、負の感情の篭っていない視線に恐怖するわけがなく、恭介はさらりと受け流す。

「二木がそう呼んでたのが移ったかな。委員会とかで忙しいのに健気なこった」
「そうよねー。今日だって疲れてるのにわざわざ来てくれちゃったのよ」
「それにしては姿が見えないが?」
「帰したのよ。あの子にも事情があるのに、無理してくるんだもの」
「大事にしてるんだな」
「そりゃ大事な後輩ですから」

 仕事の手を休めずに一定のペースを保って処理していく姿は手馴れたものだ。

「俺も手伝うぞ」
「あらそう? それならこっちよろしくねー」

 手渡された書類と印鑑。それだけで次に何をするかは読める。
 改めて作業内容を聞くと、やはり予想通りで、恭介は彼女の隣に座り、作業を始めた。





「あー疲れた。今日も私頑張ったー。棗くんもありがとねー。いやー、助かったわー。棗くんには単純すぎてアレだったかな?」
「たまにはこんな日もいいだろ」
「いい男ー」
「今日だけさ。いつもはあいつに任すさ」

 二人の作業が終わりを迎えたのは、既に陽が地平線に隠れ、黄昏色からあかね色に変わるあたりだった。
 男子寮長はこの日別件で一日教師との交渉だった。
 恭介はその間の穴を埋めるかのように骨を粉にして働いた。彼女はそれを百パーセント余すことなく使い切ったといえるだろう。

「んじゃ、お茶でも淹れますかー。ちょうど昨日いいお茶請け貰ったんだけどいる?」
「お茶はいいが、お茶請けはちょっと待ってくれないか」

 問いかけたのに、恭介が返事するまでもなく準備がなされていく。
 それを止めたのは恭介の声。いつもは二つ返事だったはずなのに今回は……だからだ。

「おいおい、忘れてるのか? 今日のこと」
「今日? なんかあったっけ?」
「うわっ、忘れてるやつなんて初めて見たぞ」
「なんせ寮長に選ばれるくらいですから」

 胸を張って答えるが、それは当然のことながら胸を張ることではない。

「理由になってねーよ。ホワイトデーだよ」
「……あーあー。棗くん、それあなたのキャラじゃないわよー」
「第一声がそれかよ! 俺だってそれくらいの礼儀はあるってーの!」
「じょーだんよー。でも、期待してなかったのはホントよ。あなた一杯貰ってたじゃない」

 その言葉の通り、恭介は義理もさることながら、数々の本命を受け取っているのだが、肝心の告白は断り続けていた。
 数に直すだけでもかなり巨大になる。そうなるとお返しも単なる小物でも多大な出費になる。
 そう考えてお返しはないと踏んでいたのだった。

「それらもちゃんと返したからな」
「やだなー。疑ってないってば。で、これはお菓子……クッキーかしら。棗くんのくせに定番ねー」
「先週の上京で有名パティシエの下で修行を積んできた」
「……ごめん、さっきの言葉訂正。やっぱり棗くんらしいわ」
「すっげー面白かったぞ。また来いって誘われた」
「もうそこに就職しちゃいなさいよ」
「それはないな。俺には料理は向いてない」

 そもそも就活中に面白そうだから、という理由で途方もない時間を割くのは滅多にしないことだろう。
 これが恭介が恭介たる所以なのかもしれないが。
 彼女が袋を開けると、そこには商品として見栄えが整っている小さめのクッキーが気持ち少なめに入っていた。

「全部色が違うのね」

 一個目に取り出したのは、クッキーといえば肌色。少し濃い目だが、何の変哲もなさそうなモノだった。

「頂いちゃってもいいかな?」
「どうぞ食ってくれ」

 サクッと乾いた音と共に彼女の口の中へクッキーが入っていく。
 しかし、見る見るうちに彼女の表情が変わっていく。

「な、棗くん……これ、プレーンじゃないの?」
「カレー味だぞ」
「ど、道理できっつい香りがすると思った……単なる香り付けじゃなかったのね」
「定番だろ」
「少なくとも私は見たことないわよー。くそー、思ってたのと違うのに、意外と美味しいじゃないの」
「一週間如きでも真剣に学んできたんだ。不味くはないはずだぜ」

 ニヤリと笑うその笑顔は、今の年齢に似合わぬ子供っぽい笑顔だ。童心知らず、だからこそ有名であると言える。

「赤は……唐辛子かしら?」
「ラディッシュだ」
「ドマイナーねぇ」
「緑はありすぎて絞れないわね」
「ズッキーニだ」
「これまたマイナーねぇ」
「ただのクッキーじゃつまんないだろ。独創性がない。ちなみに緑にはゴーヤとかホウレンソウとか、健康にも木を使ってる一品でお勧めだ」
「貰った女の子は泣いてるんじゃないかしら。不味くはないけど独特すぎるわよ……」

 他にも取り出しては口にし、予想外のところを突かれ、自由奔放なその味は舌を喜ばせる。
 ついついと手が進み、残る一枚となる。

「うわ、黒いわね。これってイカスミだったりする?」
「いいや、食べてみればわかるさ」
「ふーん。って、なんかこれだけボロボロ崩れるわねー。香りもしないし……」

 食べてみる。ガリッ……。

「どうだ? 成功の中に一つの失敗。これこそ炭クッキー。友人から借りたゲームを参考にして作ってみたんだ」
「……」

 ゆらり、と彼女は静かに立ち、向かいの恭介に迫る。

「どうした、あーちゃん?」
「……あんた、コレ食べた?」
「数の都合から食べてないんだよ。どうだ? 美味しかったか?」
「美味しいわけないでしょーがっ!」
「もがっ……にがっ! にがにがっ!」
「あーもー…余韻がぶち壊しよ」

 彼女は紅茶で口直し。せっかくの株が一気に下落し、本日のストップ安に。

「くっ、何故だ。ゲームでは主人公は美味しいといって食べていたのに!」

 教訓、ゲーム内の知識に頼るのはほどほどに。

「ありがとね、棗くん。今日のお手伝いもお返しの一つだったんでしょ?」
「聞くのは野暮ってもんだ。これからもリトルバスターズをよろしくな」
「それならこれからも頑張ってもらわないとね。ビシバシ使っていくわよ」
「お手柔らかにな」
「ところでさ、男子のほうで寮長が似合いそうな男子って知らない?」
「寮長?」
「うんうん。いい後輩がいなくて困ってるのよー。来年のバレンタインは豪華にするから、先行投資してみない?」

 ここから一つのストーリーが始まるのは、また別の話。





(titled by 謎のパン)




















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お囃子!(→盛大)

ぱち ぱちぱち ぱちぱちぱち

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