学校を卒業してから、初めてのクリスマス。
それは同時に、二人暮しを始めて最初のクリスマスでもあるわけで。
「ねぇ、ほんとにデートとか無しでいいの?」
キッチンで生クリームを泡立てながら、理樹は隣で果物をスライスしている小毬に声をかけた。
「うん。あ、ひょっとして、理樹君が行きたかった?」
「あー、えーっと・・・」
答え難い。
行きたかったと言えば申し訳ない顔をさせるだろうし、そういう訳じゃないと言えば何だかデートが嫌だったみたいに思われそうだ。
渋面になってしまった理樹を見て、小毬は笑って、
「あのね、二人だけで過ごすクリスマス、今年が最初だから。だから・・・、二人っきりでいられる場所に居たかったんだ」
その言葉に、理樹も微笑む。
思い返せば、付き合い始めた最初のクリスマスは、仲間たちからの交際祝いパーティに飲み込まれてしまった。
三年の時は、仲間全員が揃って過ごせる最後の機会になるかもしれない、という事もあって、ひたすらに全員で大騒ぎした。
二人っきりで過ごせるのは、考えるまでもなく今年が最初なのだ。
その最初をどう過ごすか、という点。
「・・・そうだね」
仲間たちが邪魔だったなんて欠片も思わないが。
「本音を言うと、初めて二人だけで過ごすんなら、もっと特別なことしたかった気もしたんだ」
小毬が本音を言ってくれたから、理樹も本音を返す。
「あぅ、ごめんね、我侭言っちゃって・・・」
「そんなことないよ。小毬の言ったこと、そっちのほうがいいなって思ったから」
ちなみに、理樹は卒業後にしてようやく「さん」付けを卒業した。
そんな理樹の答えに、小毬も微笑して、首をかしげる。
「そっかな?」
「うん。まぁ、せっかくアルバイトお休み取ったのに、ケーキ作りに借り出されたのは予想外だったけどー」
「ふぇぇ・・・。でも、理樹君とケーキ作りしたかったんだもん・・・」
ちょっと拗ねてみせる小毬に苦笑して、泡立て器をちょっと持ち上げてみる。
いい感じに角が立った。小毬に見せてみる。
「どうかな?」
「うん、いい感じですよ〜。あ、理樹君」
「ん?」
小毬がボウルから顔を上げて、理樹を見上げる。
「何?」
「えへへ・・・、んっ」
「わっ」
いきなり頬にキスされた。というより、舐められた。
「な、何?」
「生クリームついてたよ?」
「え、ええ?」
ほんのり赤くなりながらも、幸せそうに笑って、
「えへへ、理樹君の味〜」
そんなことをのたまう小毬である。
「・・・・・・な、何言ってるんだか」
赤くなりながら、無駄に生クリームを掻き混ぜてしまう理樹。
「あはは、理樹君照れてる」
「・・・小毬こそ恥ずかしくないの?」
「ふぇ? ・・・ちょ、ちょっとだけ〜」
こちらは少し赤い顔をしながらも、まだ余裕ありげだ。
何となく悔しい。
理樹は人差し指で生クリームを掬い取り、
「ふぇ?」
小毬の鼻の頭にのせてみる。
何事か理解できてない小毬が我に返る前に、理樹は素早く顔を寄せて、
「ん」
「ふぇ!?」
先ほどの小毬のように、ついっと舐め取ってみる。
「りりりりり理樹君!?」
「・・・うあ、駄目だ、味わかんない」
小毬から顔が見えないようにそっぽを向きながら、そんなことを言う。
耳まで赤くなっている理樹を、同じく真っ赤な顔で見つめて、
「り、理樹君」
「な、何?」
「えーっと・・・、こっち向いてほしいな」
「・・・」
消え入りそうな声でそう言われると、抵抗できるわけもなく。
小毬の方を振り返って。
小毬が両手を理樹の首に回してくる。
無言のまま、理樹も小毬をそっと抱きしめて。
どちらからともなく目を閉じて。
「んっ」
「ちゅっ・・・」
触れるだけのキス。
「「・・・・・・・・・・」」
離れて、見詰め合って。
「・・・何か変な気がする」
「ふぇ?」
「何で普通にキスしたほうが落ち着くんだろ」
「えへへ、何でだろうね〜」
別にそれが嫌なわけではないが。
「それじゃ、ケーキ作り再開ですっ」
「はいはい」
「もう理樹君、はい、は一回だよー?」
「はーい」
無事にケーキも出来上がり、その他のパーティメニューも完成して。
「「・・・・・・」」
テーブル一杯に広げられたそれに、理樹と小毬は揃って絶句してしまった。
「何か・・・調子に乗りすぎたね」
「・・・うん」
二人で並んで料理が楽しくて、ついあれもこれも、と作りすぎた結果。
気づいたら五人分以上の料理が並んでしまった。
「・・・とりあえず、さ」
「ど、どうするの?」
「今日は二人で無理のない範囲で食べて、後は明日、近場にいる皆にお裾分けで持っていこう・・・」
「そ、そうだねー・・・」
二人してこめかみから汗一筋垂らしながら、頷きあう。
「よぅしっ、それじゃー」
前向きマジックで気分を変えつつ、小毬は冷蔵庫から何か取り出した。
「じゃーん、シャンメリーですよー」
「あ、アルコール入ってないほうか・・・」
「うん。お酒は二十歳になってから、なのです」
「・・・そんな硬いこと言わなくても・・・」
既に時々恭介やバイト仲間と飲みに行っている理樹だったりする。
「だめだよ〜? お酒は来年から、ね?」
「はいはいー」
「はい、は一回です」
既に定番になっているこのやり取りを交わして、理樹はグラスを取り出す。
「ワイングラスっぽいのでも買ってこればよかったね」
「そうだねー。でも、これはこれでいいよー」
「そう? ならいっか」
小毬がシャンメリーの封を切り、理樹の手の中のグラスの注ぐ。
「はい、どうぞー」
「ありがと。じゃ、小毬も」
「うん」
小毬からボトルを受け取り、今度は理樹から小毬の手の中のグラスに。
「わっわっ」
「大丈夫だって」
妙に慌てている小毬に苦笑して、きっちり注ぎ終える。
「ほわ、いっぱい・・・。理樹君注ぐの上手いよねぇ」
「えーっと・・・」
飲みに行ったときにビール注いで上げたりしているせいだろう。
とてもじゃないが今は言えない。二十歳になるまでは秘密。
「さ、乾杯しよー」
「むぅ、誤魔化したよ・・・」
ちょっとむくれた顔になって、それから小毬は仕方ないなぁ、と笑う。
「うん、まぁ、誤魔化されてあげますっ」
「あー・・・、ひょっとしてバレてる?」
「何のことかな〜?」
バレている気がする。仕方ないので今度共犯者に仕立て上げることを決意。
「・・・何か悪いこと考えてる?」
「いえいえ、滅相もない」
笑って誤魔化しつつ、グラスを手にとって、
「ほら、乾杯」
「もう」
小毬も笑いながら、同じくグラスを手にとって、
「「メリークリスマース!」」
揃ってグラスを打ち合わせる。
「ふぁ、美味しいよ〜」
「へぇ、シャンメリーも中々・・・」
それぞれ感想を交わして、
「うん、いい出来だ」
「うん! あ、こっちも美味しくできてるよ〜」
「ほんと? どれどれ」
二人で作った料理に舌鼓を打って。
「そういえば、小毬。年末はいつから返る?」
「ふぇ? あ、そうだねー。大掃除のお手伝いもしなきゃだから、29日くらいからかな?」
「そっかー」
「アルバイト大丈夫?」
「休み30日からだから・・・、29の夜帰るんなら何とか」
「それでだいじょーぶだよー」
年末の予定の話し合い。
「お父さんもお母さんもお祖父ちゃんも楽しみに待ってるってー」
「でもきっと、孫の顔が、とか言うんだよ、絶対」
「あう、それは言いそうだね・・・」
娘婿を受け入れてくれるのは有難いが、それは辟易するわけで。
幸せな悩みという奴だ。
「でも帰ったらお祖父ちゃんが理樹君捕まえちゃうからなぁ・・・」
「あはは・・・」
苦笑して、空になったグラスに注ぎなおそうとして、
「あ、私いれてあげるー」
「ん、ありがと」
小毬に注ぎなおしてもらう。
「小毬も将棋覚える? そしたら一緒に小次郎さんと勝負できるし」
「うーん、それもいいなぁ」
話題を右往左往させながらも、二人だけのパーティは過ぎていって。
「あー・・・お腹いっぱいー・・・」
「無理しない範囲でって理樹君が言ったのに・・・」
テーブルに突っ伏してしまっている理樹に苦笑いしながら、小毬は余った料理を整理する。
「これは明日の朝にして・・・、こっちはお裾分けに持っていこう」
「うー・・・」
「理樹君、お薬いる?」
「いやー、そこまではー・・・」
どうせすぐ収まる。というか、食べすぎで薬飲むとか情けなさ過ぎる。
そんな妙なところで意地っ張りな理樹である。
「あー、片付けしないと・・・」
「いいよ、理樹君はもう少し休んでて〜」
「でも」
「だいじょーぶっ」
笑顔で押し留められてしまい、理樹はあきらめて腰を下ろす。
「ありがとね」
「ううん〜、どういたしましてー」
パタパタと行ったり来たりしている小毬を目を細めて眺めて。
この部屋で二人暮しを始めて9ヶ月。
時折はこんな風に頑張る小毬を見つめたり、逆に自分がやっているのを小毬が嬉しそうに見つめていたり。
「二人三脚、ってこういうのなのかな」
「ふぇ?」
「ううん、何でもない」
頭を振って、綺麗になったテーブルにあごを載せる。
「小毬は僕にとって最高のパートナーだなー、って思っただけ」
「ほわっ、り、理樹君いきなり何てこと言うの〜!?」
爆発するように真っ赤になった小毬に、理樹は思わず声に出して笑う。
そんな理樹を「う〜」と恥ずかしそうに睨みながら、小毬はそれでも片付け続行。
笑いを落ち着けて、そっと立ち上がると。
壁にかけてある上着のポケットから、小箱を取り出して。
流し台で鼻歌を歌いながら食器洗いを始めた小毬の背中に、そっと近づく。
「メリークリスマス、小毬」
「ふぇ?」
いきなり背後から聞こえた声に振り返った小毬の目の前に、先ほどの小箱。
「・・・ふわ」
「あんまりたいした物じゃないけど・・・」
「・・・ひょっとして、指輪?」
「そ、それはもうちょっと先でお願いします・・・」
さっきまで格好よかったのに、急に情けない顔になった理樹。
そんな彼に逆に安心して、小毬は手を綺麗に拭いてから、小箱を受け取る。
丁寧にラッピングを解いて、眼を輝かせる。
「ほわ・・・、ネックレス・・・」
シンプルながらも綺麗なデザイン。
「どう、かな。似合いそうだなって思ったんだけど」
「うんっ、すっごい嬉しいっ」
小毬は微笑んで、小箱を理樹に差し出して。
「理樹君、つけて?」
「え、僕が?」
「うんっ」
嬉しそうに理樹を見つめて、小毬はにっこりと。
理樹はネックレスを手にとって。
「・・・あの、小毬?」
「なぁに?」
「こっち向いてると、つけられないよーな・・・」
「そんなことないよー?」
「そのまま付けろと仰いますか」
微苦笑を交えて、小毬の首の後ろに手を回して、手探りで止め具をあわせる。
自然顔が近くなって。
「うん、できた」
「えへへっ」
理樹がそう言うのと同時に、小毬は理樹に抱きつく。
「小毬?」
「ありがと〜、理樹君」
嬉しそうに頬擦りまでされてしまう。
理樹も軽く小毬を抱きしめて。
「・・・あのね、理樹君。お願いがあるんだけど・・・」
「何?」
「私からのプレゼントは、その・・・、明日まで待ってて貰っていいかな?」
意外な申し出に、理樹は目を丸くする。
「何かあったの?」
「ふぇ? ううん、何にも無いよ! ただちょっと、そのー・・・えへへ・・・」
誤魔化し笑いまでされてしまい、理樹は苦笑する。
「わかったよ。明日になれば判るんだよね」
「うん。だから、今日は早く寝よー」
「・・・え、夜は?」
「・・・・・・・・・・・・り、りきくんのえっちっ!」
ぱこん、と叩かれた。
深夜、理樹はふっと眼が覚めた。
抱きしめて寝た温もりが抜け出たせいだと気づく。
「えへへっ」
声が聞こえた。どうやら何かしているらしい。
とりあえず寝たふりをしながら、薄目で様子を伺う。
夜光灯のオレンジの灯りの中で、小毬が何かを抱いているのが見えた。
あいにく表情までは見えないけど、先ほどの声からして、満面の笑顔だろう。
何を企んでいるんだか、と微笑んで。
小毬が戻ってくる。慌てて目を瞑りなおす。
枕元で何かごそごそしてから、また、理樹の腕を枕代わりに、ベッドに潜り込んで。
「明日の朝、どんな顔してくれるかな・・・。喜んでくれたらいいな〜」
そんな楽しそうな声。
しばらくして、安らかな寝息が聞こえてくると、理樹は目を開けた。
枕元を見て。
「・・・あ」
丁寧に包装された包みが、そこにあって。
カードらしきものがついている。
何とか手を伸ばして、それを取って。
夜の闇の中、何とか目を凝らして字を確認。
《大好きな理樹君へ》
「・・・」
黙ってカードを元に戻し、眠っている小毬をそっと抱きしめる。
「ほんとにもう・・・、敵わないよ」
カードの文字もそうだが。
枕元にプレゼントを置かれる、何ていうのは一体いつ以来だったか。
両親を亡くして以来、きっと初めてだということに思い至って。
多分、小毬はそんな自分に、どうしてもこれを演出してあげたかったんだろうと思う。
「嬉しすぎて、眠れなくなりそうじゃないか・・・」
ただ、それもいいか、と思う。
腕の中の愛しい彼女の温もりを感じて、幸せそうな寝顔を見つめて、思いの込められたメッセージに思いを馳せて、それが添えられたプレゼントに胸を躍らせて。
そんな眠れない夜を過ごすのも、幸せのひとつかもしれない。
小毬の額に唇をひとつ落として、
「僕も大好き。愛してる、小毬・・・」
「わわっ、ごめんね理樹君、寝坊しちゃったー!」
翌朝、ぱたぱたと起き出してきた小毬をキッチンから振り返って。
「ん、おはよー、小毬」
「あ、それ・・・」
理樹は手編みのセーターをちょっと摘んで、
「これ、ありがとね、小毬」
「あ、うん・・・。うあーん、見たときどんな顔するのかなーって思ってたのにー」
落ち込んでいる小毬に微笑む。
「見せられないくらい溶けた顔してたと思うからダメ」
「それが見たかったよ・・・」
「あははっ、ほら、ご飯もうすぐできるから、テーブル拭いて」
「あ、うんー」
テーブルを拭き始める小毬を見て、理樹はフライパンを返す。
生きているということは失くす事。
でも、その失くす瞬間を幸せな形で迎えることはできる。
失くすことは変化することと同じなんだから。
そんなことを、ふっと思った。
この幸せをもっともっと、素晴らしいものに変え続けよう。
小毬となら、きっとできる。改めて、そう思った。
「ふぁ、甘いにおい・・・」
「今朝は僕特製フレンチトーストー」
「わぁ〜、ほんとに!?」
「うん。ほら、できたよー」
「やった♪ 理樹君のこれ大好きだよ〜」
昨日の残り物も一緒に添えて。
「「いただきまーすっ」」
二人で声を揃えてそんな風に。
そうして今日も、二人の朝が始まる。
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