Leprechaun Christmas
「…さて,と」
後輩の女の子たちの作り出す喧噪も,イベントの準備の人海戦術な熱気も漸く去った寮の大広間を軽く見渡す。
「…だいたい準備出来てるねー…」
冬ならではの厚手のセーターをブラウスの上に纏っても,充分すぎるほど細さの見て取れる制服の腰に両手を添えて,少女が軽く伸びをする。
(これで,今年もいよいよおしまい,かあ)
色素薄目でボブ気味の柔らかな髪をふわりと揺らしながら,てくてくと広間の中を歩いていく小柄な影。
「…ふふ」
チープながらも華やかに飾り付けられた広間の奥の壁際の賑やかさが,騒がしくも楽しい明晩を予告しているかのようで何となく嬉しくなる。
『めりー・くりすますっ!』
そう,明日は寮のクリスマス・パーティ
24日は幸運にも交際相手に恵まれた小生意気な羨ましい方々の強硬な反対。
翌25日は今年の学校の(補習や一部の部活動を除いた)すべての日程が終了して,さくっと帰省する寮生がほとんど。
そんな事情で,寮として行う一年の締めくくりのイベントでもあるパーティが,毎年12月の23日に開催されることになって久しいのだった。
「…クリスマスだねえ」
感慨深げにそう呟き,傍らの椅子を引き寄せて,ちょこん,と腰を下ろす少女。
ほんの少しの肌寒さに少々寂しさを覚え,愛らしいその唇の前に両の手のひらを寄せて「はあ」と息を吐き出す。
順調にいけば来年の春には卒業する彼女にとっては,これが寮で迎える最後のクリスマスであった。
「お疲れさまです,あーちゃん先輩」
…ふと背中越しにかかる,硬質な,でも愛らしさを多分に含んだ声。
「あら,お疲れさまー!佳奈ちゃん♪」
「『佳奈ちゃん』はやめてくださいよー」
踵を返して微笑んだその先には自らとの引継を済ませて久しい後任の寮長が,春よりも幾分女らしさを増したそのシルエットを制服に包んで苦笑している。その両手にはマグカップが二つ握られていた。
「うわ,ありがとうー!」
『佳奈ちゃん』と呼ばれたその後輩から受け取ったそのマグカップの中からは,濃いめに淹れられたダージリンの熱い香気が立ち上っていた。
「ちょっと,濃すぎなければいいのですが…」
ややくたびれかけた感のある椅子に片手でスカートを撫でつけながら,可愛らしいお尻を落ち着けるように腰を下ろす『佳奈ちゃん』こと新寮長の二木佳奈多は,ちょっとだけ申し訳なさそうに呟いた。
「あはん,良いのよー。コレくらいのが好きなんだー♪」
『あーちゃん先輩』と呼ばれたその少女は,軽く首を振りつつ紅茶の濃さについては『気にしない』旨を伝えてから,笑顔でマグカップを包み込むように抱えこむ。
「うふ。ところで,どう?佳奈ちゃん。寮長初戦の手応えは?」
あたたかさを楽しむようにマグカップをそのちいさな手のひらで包み込みながら,先輩が佳奈多に尋ねる。
「…覚悟はある程度してたのですけど」
意図しないながらも,全く同じ姿勢で。
同じように手のひらでマグカップを包み込みながら,
「イベントを回す,って大変ですねー…」
少々疲れたような表情で溜息の佳奈多。
「大小問わず,考えなきゃいけないコトってあるからね」
今回のパーティ一つとってみても,予算の調達に配分に出し物のスケジューリング,会場設営やお手伝いをしてくれる寮生のマネジメントに飲食物や什器の手配。学校側とも,寮担当の教師との打ち合わせや交渉etcetc,やるべきコトは地味ながら多かったりする。
「…やっぱり,あーちゃん先輩は偉大でした」
「なぁに,いきなり?」
年度末の卒業生追い出しや年度当初の新入生歓迎を始めとして,文化祭に体育祭等の定期的な学校行事に姉妹校への寮生派遣や受け入れなどのイレギュラーなイベントへの協力,今回のようなパーティなどの季節行事の数々に,平常業務として寮生の寮生活管理の事務がもれなくついてくるのである。
目の前のこの小柄な,外見的には自分よりもはるかに年下にしか見えないような幼げな顔立ちの先輩がこなしてきた作業の量と繁雑さとその質に,改めて,心からそう思う佳奈多なのであった。
「去年のファイルみてると,割と簡単にイケるかなあって思ったんですけどねー…人に動いてもらうって難しい,です」
「あはは,佳奈ちゃんはがんばりやさんだから何でも一人でしようとし過ぎるのよ。もうちょっと人に振ることに慣れてくれば,コツなんかすぐ掴めるわよ?」
凹み気味の佳奈多を慰めるように,ずずー,と少々お行儀悪くダージリンに口を付けながらなあーちゃん先輩。
「そういうものなんでしょうかねえ」
緊張が和らいだのか,微かに肩を落とす佳奈多。
「…んふ。力の抜きどころが大事なのよ?」
「…『抜きどころ』ですか」
「そのうち慣れるわよ?」
そんな佳奈多の硬直しがちな思考も,その真面目な性格も充分すぎるくらい知っているが故に,あまり多くのことをいちどきには伝えないことにしている先輩であった。
「…そう言えばさ,彼とはうまくいってる?」
しばらくの無言の後,カップの中身がお互い2/3程度に減った頃に,おもむろに先輩が口を開く。
「…ぶっ」
ちょうどお茶を多めに口に含んだタイミング,である。
突然の奇襲に,思わず噴き出してしまう佳奈多だった。
「い,いきなり何を…って,『彼』って何ですか『彼』って!」
「あはん?照れない照れない。男子寮の新寮長とは結構ご親密だと伺ってますけど?」
にまぁ,と唇の端を伸ばす会心の弄りスマイルな先輩である。
男子寮の新寮長には彼女と同じ二年生が同時期に就任しており,何かと連絡を取り合ってはいろいろと各種事務をこなしている様子が学内のあちこちで見られるようになって久しかった。
「だだだだ誰ですか!そんな根も葉もない…」
「…火のないところに煙はナントカっても言うわよ?ふふん。ワタクシの情報網を甘く見ないのよん?」
直枝理樹。
仮にこの学校で『ミス男子』などを開催し,そこで賭けなどを行おうものなら単勝1倍台は確実な超鉄板級の美貌の少年である。今春までは線の細さも相まってそれほど目立つ存在ではなかったのだが,あの忌まわしい初夏の修学旅行の事故において超人的な救出劇の立て役者となってからは学内の注目度が上昇,寮長に就任以降は外見に似合わぬ行動力と判断力で地道に寮生の信頼を勝ち取りつつあった。
−そんな彼,直枝理樹と行動を共にすることが増えた佳奈多は,夏前までの彼女からは想像もつかないほどに日に日に表情豊かになっていった。
たまにケンカをしながらも,頑張って寮長職をこなしていく微笑ましい二人の姿を端から見れば,『実はつきあってんじゃねーの?』と見られても不思議ではなく,ただでさえかしましい女子寮内コミュニティでは秋以降の噂の上位には確実に上っていた。…ありがちなことに,気付いてはいないのは当の両人だけである。
「…うう…」
はぅー,と長い長い溜息の後にちょっと視線を逸らせながらな佳奈多さん,である。
悲しいかな,人あしらいの絶対的な経験値とセンスの不足している彼女は,こういうとき,しかも敬愛する先輩の前には,効果的に抗う術を持っていないのだ。…もっとも,そこがまた佳奈多の可愛いところである,と先輩などは思っているのであったが。
「でも,本当に直枝とは何でもないんですよ?」
ちょっとだけ,ムキになる佳奈多。
「それは,確かに一緒にいることは多いけど,でもそれだけで…」
言い訳じみてることを口にしたことをちょっとだけ気にしたのか,そこで口を閉ざしてしまう。
「………」
「………」
「…ふーん?」
カップの縁に口を付けながら,何事か考えているご様子な先輩が,
「それ以上には,なりたくはないんだ?」
ふと,口を開く。
「…!」
落ちた前髪の下の佳奈多の表情は,先輩からは見えない。
が,意味するところを悟ることが出来ないほど,ダンジョカンケイに疎い佳奈多ではなかった。
「ね,彼,つきあってるコとか,いるの?」
動揺を隠せない佳奈多に,微笑みながら問いかけてみる先輩。
「………」
「………」
「…多分,多分,いないとは思うんですけど…」
「確認したことはないんだ?」
「だだだ,だめですよ?あーちゃん先輩!」
相変わらずにこにこと微笑みながらな先輩の,その瞳の奥の悪戯っぽい輝きに,あわてて制止する佳奈多。
『ぶんぶんと腕を体の前で振り振りしつつ,これでもか,と言うくらいに動揺する』という,彼女にしては珍しい,ちょっと無いような慌てっぷりである。
こういう佳奈多を見ることになるとは予想だにしていなかった先輩であったが,
「えー?何がー?」
そこはそれ,火のついた遣り手魂を押さえることもなかなかに難しい,困った性分な彼女であった。
「…いくら何でも,直枝だってプライベートがあるんだし」
やっとのことで,絞り出すように呟く佳奈多。
「ほほー?気にはならない,と?」
「そういうんじゃ,なくてですよー」
至極もっともな返し(と,本人は思っている)をあっさりと粉砕されて,これまた珍しいことに,さらに困り果てた感じの佳奈多であった。
揺れる髪飾りもどことなく寂しげである。
「………」
「………」
「さて,ここで質問です!」
数呼吸の後,そんな佳奈多を愛おしげに見つめていた突然先輩が口を開く。
「…は?」
「直枝君のことが好き?嫌い?」
口調こそクダけ気味ではあるものの,表情は真剣そのものなあーちゃん先輩である。
「な,何ですか突然!」
「いーからいーから♪」
とまどう佳奈多に,いつもの口調。
「答えやすく二択にしておいたわよ?」
なのだが,有無を言わせようとしないトーンが佳奈多には少々ツラい。
「そ,そんなこといきなり言われても…」
例え敬愛する先輩の前であったしても,
「……私は……」
「……………」
「……私……」
「……………」
この種の質問には,たとえ正解がどこにあったとしても,相手が誰であったとしても,「無言を貫き続ける」という選択肢を以前の彼女であれば当然のように選んでいた。
「……………」
「……………」
が,今の佳奈多にはそれが出来ない。
真剣な先輩の眼差しに,それを見据えて心を鎧うことへの動揺を隠せないのだ。
「……………」
「…実は,だね?」
「?」
答えあぐねる佳奈多に,正対するカタチのあーちゃん先輩。
「クリスマスオークション,知ってるわよね?」
「……………」
こくり,と頷く佳奈多。
そうだろう,去年も女子寮で開催されているのである。参加しているのなら覚えているはずなのだ。
「そのオークションに,直枝君の一日貸切権が出品されるらしいのよ」
「…え?」
「しかも24日。明後日の貸切権がね?」
「?!」
−クリスマス・オークション。
それは,毎年女子寮のクリスマス・パーティーで開催される名物企画である。
女子寮では,定期的に,己の労働力を対価に出品物を手に入れられるオークションを開催している。日用品から家財道具までとオークションにかけられるモノは幅広く,特に3月の卒業生の退寮時期に開催されるソレは,買い手市場故の低廉な労働力で良質の商品が手に入れられるとあって一般生徒も交えた大盛況なものになっている。
が,クリスマスのソレは一風変わっているのだ。
男子寮で同様に開催されるオークションとの交換企画として,『男子生徒が特別に「労働力」を女子寮に提供する』という人的サービスが「出品物」のメインになるのである。が,コレが,「男子生徒の労働力」という額面通りに受け取れる企画でないことは,二人の会話からもおおよそ想像できよう。ココで出品されるのは知力腕力外見etc.どこかにセールスポイントを持つ生徒であり,しかも交際中のお相手のいない,いわゆる『独り者』の生徒であることが暗黙の了解になっていた。
クリスマスの特例とも言えるこのオークションについて,規約の中に「性的なサービスは不可」と謳い込まれているのは学内行事である以上当然なのである。が,いつの頃からか『の強制』の3文字がソコに書き加えられ,「合意さえあれば自由恋愛の名の下に堂々と交際までこぎ着けることが可能」になった。お年頃な男女のおハナシである。好意を持たれている(ましてや美人の多い女子寮の住民である)女子からの公開アプローチとあってはよほどのことがない限り『ゴメンナサイ』となることはなく,ここから誕生したカップルの例は,それこそ枚挙に暇がなかった。
−故に,別名『彼氏落札スペシャル』と囁かれるのが,クリスマス・オークションのもう一つの側面なのであった。
「…嘘っ!そんなこと,あいつ一言もっ!!」
そこに,今回『出品』される数名の男子生徒の中に,『直枝理樹』の名前があるというのである。
思わず呻くように呟く佳奈多だった。
(…そんな…今まで,あれだけリトルバスターズの女の子たちみんなと一緒にいたのに,誰ともつきあいだしたって話も聞かなかったから『もしかしたら』って思ってたのに…)
佳奈多とてお年頃の女の子である。
(ひょっとしたら,ひょっとしたら,『もしかして,私のことを』って,思ってたのに…)
因縁浅からず,憎からず思う少年と昼な夕な一緒に過ごしてきたというのに,『そういう対象に見られてもいなかった,全部自分の勘違いだった』と考えてしまうのはあまりにも切なすぎた。
(…他の誰かに,名前も知らないかもしれないコに…)
寮のパーティとはいえ,クリスマス・オークションはこの学校の生徒でありさえすれば参加可能なのだ。どこの誰ともしれない女の子にアプローチ権が渡ることも充分にあり得,最悪の場合,そのまま『お願いします』なんて可能性すらある。
「……………」
「……………」
「…誰かさんが早いとこなんとかしちゃえば,出品される資格が無くなるってのは知ってるわね?」
「……………」
「……………」
「…すみません,先輩,失礼しますっ!!」
「あ,ちょ!ちょっと!」
その言葉を反芻するタイミングももどかしげ。意味するところを悟るなり,弾かれたように佳奈多は駆けだしていった。
「…ん,もう…」
ここまで反射的に行動する佳奈多を見るのも,実は初めてだったりするのだが,
「…んふふーん♪」
彼女の口元が緩んでいるのは佳奈多のその微笑ましさの故だけではなかった。
「…んしょ,っと」
脚をぴっちり揃えて椅子に深く腰をかけ直し,制服の胸ポケットから猫のアクセサリを数匹分ぶら下げた携帯を取り出すと,いそいそとメールを打ち始める先輩。
(みっしょん・こんぷりーと♪)
コトの顛末をタイプし終えて満足げに送信ボタンを押すと,ぱちん,と携帯を閉じる。
(ごめんね,佳奈ちゃん。嘘はあなた達のお節介焼きの元締めに免じて許してね?)
『−あいつら,いい加減もどかしいんだけどなあ』
『まず自分はどうなのよ?』
『連中が片づいたら,考えるさ』
瞼を閉じて,そんなやりとりのあとの安請け合いな午後三時を思い出し,
(…私に,何かご褒美があるわけでもないんだけどね?)
そんな自分に,ちょっと苦笑するあーちゃん先輩。
「………ふう」
溜息をついて,半分方霜の降りた窓際に歩み寄ると,細い指先で曇った窓を『きゅ』となぞる。
「わあ,寒そー…」
月の明るい晩だった。
予報では,明日の晩から吹雪くとも言う。
(…満月じゃ,ないねー)
満ちるにはもう幾晩必要な月光の作り出す柔らかい曲線は,
(…ひとの探り針には,いつでも知らん顔でさ…)
自分のことには無頓着などこかのアホウのあの無邪気な笑顔を思い出させて,ほんの少しだけいらだたしい。
「…っんとに,もう…」
ただ,雪雲の合間から覗く光は寒々とした夜空の中にも,どこかあたたかい。
(…あーあ。ちょっとくらい期待させてくれてもバチあたんないと思うんだけどなあ)
返しのメールは,なかなかこない。
(さて,帰るとしますかね)
実は史上初な寮長同士のカップルが誕生することに相成ったかどうか。
それは,悪戯っぽく笑う世話好きなあの少年に明日にでも聞いてみることにして,部屋路を急ぐあーちゃん先輩であった。
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