師走の終わり、もうすぐ年も終わる

そんな時に事件は起きた

きっかけは完結で、単純な一言だった

「僕、冬休みが始まるとすぐ後見人の所に帰るんだ」

「へ……?」

私にしては本当になんて間抜けな返事だっただろうと後々後悔した

 

 

 

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佳奈多 ストーリー

written by ruiford & Kero-P

 

 

 

時は放課後、場所は寮長室

晴れて(?)共に寮長となった私達 ― 直枝理樹と私 ― は直枝が野球に行かない限り2人で仕事をしている

そしていつものように事務作業、ファイル整理などを行っていると直枝が唐突に話し出した

それは私の思考の斜め上を行くものでつい素を見せてしまった

この男に私の素を見られるのはなんだか癪だと感じる

いつものお仲間にからかわれてる時のように、この男は困ったような表情を浮かべ必死に取り繕ってる姿が似合ってる

この男に私が上手くあしらわれるなんて許せない

そんな悔しい思いはしたくないからか、言葉は語気を強めてしまう

「あ、聞こえなかった? 僕、恭介達と一緒に帰ることにしたんだ」

「………いつからですって?」

「終業式の後からかな?」

つまり冬休み初日からという事

いや、もしかしたら終業式後すぐかもしれない

その発言に黒いものが現れる

そして体内に巣食った感情は出口を求めて暴れまわる

しかし、長年強靭な精神力で押さえ込んできた私にとってそれを抑えることなど容易い

「……そう」

そこで会話は終わり

もう彼と話すことは無い

私は視線をまた下ろし、作業に取り掛かる

滞るかと思った作業は意外にスムーズだった

これは面白い

悪意でも鍛えれば昇華できるらしい

これは学会に……って私は何を考えてるんだ

バカらしくなった思考をシャットアウト

目の前の紙に集中

「あ、あの〜、ふ、二木さん? ど、どうし……ご、ごめんなさい」

急におどおどしだした直枝が喋り終わるのを待たずに視線を合わせてやると急に謝りだした

そう、あなたはこれぐらいがいいのよ

彼のその表情で私の中に少しだけ、ほんの少しだけ満足な心が生まれた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に戻るとカバンをベッドに投げ捨てる

今日は意外なことだらけだったわね

素の表情でとんでもない事を言い出した直枝

そしてとんでもなく見当違いな謝罪

あの後、私のことに怯えながらも必死に気を遣って来た直枝

しかし全てバッサリ切り捨ててやると最後には泣きそうになってお茶と共に謝罪の言葉を述べた

『えっと……その…相談もなしに帰ることにしてごめん…。そうだよね、仕事もいっぱいあるのにいきなり休んだら迷惑だよね…』

そんな謝罪を述べてきた

しかし、それは私の中の地雷原に見事にスイッチを入れてしまった

『私の仕事は終わったわ。後はあなただけ。私はもう帰るから戸締りよろしく』

パン! と小気味いい音を響かせ、ノートを閉じ、そのまま寮長室を出てここに到る

彼がさすがにここまで鈍いと思わなかった

でもそれ以上に…

「この『素っ気無し、愛想無し、配慮無しの風紀委員長』とまで言われてた私がこんなに乙女思考だったなんて…」

私の心を掻き乱す原因はもちろん直枝だ

だけどそれ以上にイレギュラーは私の感情の方だった

こんなに扱いにくいものだとは思わなかった

あの家の奴らとの事を考えれば私は強い方だと思っていた

有象無象のクズ共の相手に精神を保つ事は出来る

でもたった一人の男には簡単に乱されてしまう

それが悔しい

あののほほんとした、女顔に乱されるなんて…

冬休み開始の日

今年は23日から冬休みが始まる

「………はぁ」

制服のまま、身体をベッドの上に投げ出す

皺になるだろうが今日はどうでもいい

一人になった途端に増えるため息

クドリャフカがいたら心配するでしょうね

まぁ、彼女はもうすでに実家に帰国済みだが

奇跡的に手に入ったチケットは冬休み前からしか行けず、授業を休み帰ってしまった

いろいろ大変な問題もあったみたいだけど、今はお母さんの元に行けるのが嬉しくて仕方ないといった感じだった

いいわね、あの子は…

私にとって家族とは邪魔以外の何物でもなかった

葉留佳さえいてくれればそれでよかった

ちらっとカレンダーを見る

問題が一応解決したとはいえ、昔は帰らなくちゃいけなかった時期ね

今年は奴らの顔を見なくていいと思うと清々する

明日は終業式

どうしてあの男はこんなギリギリまでそのことを伝えないのだろうか

そのことにも腹が立つ

もしかしたら一人でいる事が寂しいのかもしれないという考えが過ぎったが打ち消す

この私が?

ありえない

机の上の写真、私と葉留佳、直枝の3人で取った写真が目に入り、限界を超えた

 

ブンッ! ドゴッ!!

 

傍にあった枕を投げつけ、机に当たった枕は床に落ち、その衝撃で写真たては写真を隠すように倒れた

しかし、その音が私を正気にさせた

「なにやってんだろ、私…」

立ち上がって、枕を拾う

認めてしまえば、あの男に言ってしまえば楽なのかもしれない

こんな気持ちを抱かなくてもいいのかもしれない

強がりな自分が今となって恨めしい

『自分に正直になってはどうだ、佳奈多君』

数少ない友人、来ヶ谷さんの言葉が蘇る

しょうがないなぁという顔をした葉留佳まで浮かんでくる

くっ、そうよ!

ええそうよ!

この私ともあろうものが初めてのクリスマスを楽しみにしてたのよ!

そんな大げさな事は望まなくても二人っきりでいい雰囲気になって…とか妄想してたのよ!!

やっぱり認めてしまえば楽だ

心の中のモヤモヤが少し晴れた気がした

枕を抱き締める

 

 

 

 

 

 

 

「ばか。ばーか。ばか直枝のばーか」

 

 

 

 

 

 

 

 

抱き締めた枕に顔を埋め、一人呟く

「ふん、だ。私よりも棗さんの方がいいんでしょ」

あ、言ってて泣きそうになる

一応、直枝と私は恋人なのに…

初めてのクリスマス、楽しみだったのに…

「ばーーか」

その本人に聞こえないとわかっていても言わなくてはいられなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日は終業式が終われば後は寮会の仕事だけ

終業式は直枝とはクラスが違うし、会うことは無かった

ただしここに来ると会う

私は昨日と変わらず今年分の仕事を終わらせるために仕事に励む

しかし、さっきからある視線が気になって中々捗らない

「……何?」

「え、えっと…ごめん」

ふん。少しでも私の気持ちを理解できるまでそうやって悩みなさい

お互い寮長という身分

顔を合わさないわけにはいかない

「直枝理樹、謝ってばかりいないで、帰るのなら仕事を残さないようにさっさと奴隷の如くやり遂げなさい」

「な、何だか言い方が昔に戻ったね…」

わざとそうしてるのだから当然でしょう

どうしてこの男は理解してくれないのかしら?

そこまで鈍かった記憶は無いんだけど

クリスマスは女の子にとってある意味バレンタイン以上に特別な意味があるのよ

今まで経験した事無かった日だからずっと一ヶ月以上前から期待してたのに…

……

………

はぁ、もうやめましょう

このまま考えてたらどうでもいいことで八つ当たりしてしまいそうだし

「おーい、理樹、行くぞー」

「あ、うん。わかったよ!」

棗先輩の準備も整ったのだろう

ここからは私一人の寮会

「じゃあ、行って来ます…」

「せいぜい洒落にならないような事だけは起こさないでね」

棗先輩の運転で帰るという

過去の事もあるのでかなり不安でしかなかった

「うん…」

そして、すれ違いを抱えたまま彼は帰っていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後も一人で作業をするが中々終わらない

事務系の作業ばかりだが量がこうも多くては進まない

直枝は事務の仕事には確かに向いていた

必ず飽きが来る作業だが、淡々と着実に進めることが出来る直枝はこの分野において優秀だ

私も苦手なわけではないが、私以上に直枝が優秀だった

だからこういう作業は直枝がいると進行スピードもいい

どちらかというと私は行動派だから

掲示板の修繕とかそういうのは直枝よりも私の方が早い

 

ピタ…ッ

 

一瞬筆が止まる

自分の思考の行き先に気がかりな点があったからだ

はぁ、何だか直枝のことばっかり考えてるわね…

さっきから直枝直枝って…

ホント、バカみたい

「おや? 佳奈多君一人か?」

珍しい突然の来訪者

一度もここでは会うことは無かったのに、今日というタイミングで現れた

「珍しいですね、来ヶ谷さんがここに来るなんて」

「ふむ。相変わらず、といったところか。まぁいい。葉留佳君は知らないか?」

こちらこそ相変わらずといいたい

貴女の優れた思考回路は理解できても、その根幹の思考は理解できない

遠まわしな表現を使うと思ったら直接的に切り込んできたりする

私にとって彼女の振る舞い全て見習うべきところがある

ただ、西園さんとも意気投合する如何わしい趣味は見習いたくないけど…

「あの子は今頃棗さんと神北さんと遊んでいるんでしょう」

朝に会ってそういうことを言っていたし

そういえば最近はあの子ともあまり話をして無いわね…

楽しそうに毎日過ごしてるし、あの子もあの子で趣味を作って楽しんでるんでしょうね

またバイトも始めたとか言ってたし

そうこう考えていると来ヶ谷さんはどこからか椅子を持ち出し私の前に座っていた

って直枝のじゃない

「ふむ…。佳奈多君、暇かね?」

どこを見たらそう見えるのか教えて欲しい

これだけ目の前に書類を積んでるのに

「そう見えるなら眼科に行く事をお勧めしますが」

「はっはっは。大丈夫そうだな。では少し話し相手になってくれないか」

問答無用というのはこういうことを言うのね

彼女には何を言っても通じない

直枝の言っていたことが理解できた

「何ですか?」

ペンを止め、彼女と向き合う

そんなに急ぐ作業は寮会には滅多に存在しないし、詰めてばかりも効率が悪い

一度気分転換してみよう

「君のそういうところは好きだよ、私は」

「どうも」

適当な返事で立ち上がり、彼女にお茶を入れてあげる

「ありがたい」

どうしてこうも優雅にいられるんだろう

この人の一挙手一投足全てが絵になるのが羨ましい

私もこの人のようにあれたら葉留佳とも上手くやれたのだろうし、直枝もきっともっと…

「ふふ…」

「な、なんですか??」

いきなり私を見つめ笑い出した彼女の思考が理解できない

「いやいや、君は変わらないかと思っていたが、盤上に駒が一つ増えるだけでこうも変われるとはな。例えるなら君は『歩』が適切かもしれない」

遠まわしな言い回し

そこに彼女の意図を探る

この人とのこういうやり取りは時に頭を使う分面倒に思うこともあるが、これはこれで試されていると思えば面白い

でもそれでも意図が読めないことが多い

「人は絶えず変わる。それを教えてくれたんで。あなた方リトルバスターズの面々が」

その言葉にも彼女は優雅に微笑む

「君からそんなセリフが聴けるとはお姉さん少し驚いたよ。うむ、それにしても『歩』とは私にしては良い喩えだ。きみにぴったりだよ」

フ…?

脳内での漢字変換が追いつかない

候補が多すぎた

「君は将棋の『歩』だ。歩みは一歩ずつ着実、目標に真っ直ぐ。だが、進む先には『金』になる素質がある」

ああ、さっきの盤というのは将棋を指して、フっていうのは歩のことね

彼女の喩えは的を射ている

頭の中で将棋盤がイメージされ、一つ一つが擬人化される

一直線の『香』はきっと葉留佳

トリッキーな動きを見せるのは『馬』はクドリャフカ。ただ彼女自身は犬のイメージだけど…

一見地味だが戦略の要となる『銀』は西園さん

さしずめベクトルは違うが共に多方向に一直線の『飛』『角』は井ノ原さんと宮沢

王の一番傍に付く『金』はきっと来ヶ谷さんだ。

『王』は集団の存在の原点とも言える棗先輩

そしてそれを目標とする直枝はきっと相手方の王、『玉』ね

でもそうすると棗さんや神北さんはどこに入るのかしら…

「来ヶ谷さんは自分がどこに入ると思いますか?」

「私は……傍観者、だな。駒には入っていない。『金』は鈴君だよ。君の想像ではきっと私がそこにいると思うがね」

見透かされていた、か

でも傍観者とは全く見当違いの事を思っている気がする

私が傍観者ならまだわかりうる

中心ともいえる彼女が何故外側なのか

なら、こうしよう

『香』をクドリャフカと葉留佳

『馬』は独特の雰囲気を持つ神北さんと彼らに近い存在として笹瀬川さんに

『銀』を来ヶ谷さんと西園さんに

『金』を棗さんと棗先輩に

『王』を直枝に

これで一つのチームに全員が良い感じに収まった

だから何って事なんだけど…

「で、何が言いたいんですか?」

こんな話を振ったということは言いたいことがあるはずだ

「言ったろう。一つの要素が君を変えた。彼はどうしたのかな? 彼がいなくて君だけこの部屋にいるのはかなり珍しいと思うのだが」

ああ、そういうことか…

というか来た事も無い貴女が何故違和感を感じるのよ…

「直枝なら棗先輩達と実家へ帰りましたよ」

きっと最初から彼女は直枝の事を聞きたかったのね

直枝の名が出た瞬間少し心が震えたが、表には出さない

来ヶ谷さんならそのぐらいの変化でも見破られるかもしれないけど

「ふむ…。明後日はクリスマスだな」

ふと窓の外を眺め、来ヶ谷さんは呟いた

外では木々は色を落とし、ただ風の音が聞こえる

世界は灰色と化した

春のピンク

夏の緑

秋のオレンジが過ぎ、そして、グレーの冬が来た

世界は色を変えつつ進んでいく

それが希望へか、絶望へかも分からずに…

これが今の私達の世界なんだ

あの時の…私が紛れ込んでしまった動かぬ世界ではなく…

あのときのようにこの世界は優しくない

だから、悩んでしまう

不安になる

景色は私の内面を投影する

今日はずっと私の気持ちのような空だ

そして彼女は何故こうも核心を突いてくるのだろう

この人と棗先輩は何もかも見透されているような不安を覚える

ただ違いはこの人はあまり不愉快ではない

棗先輩は何だか薄ら怖い感じがあるが…

掌で踊らされているような気がして…

「私には関係ありません」

こう言ってみるがどこまで信憑性があることか…

「前にも言ったと思うが素直になったらどうだ? 少年も喜ぶと思うんだが?」

出来るならしています

出来ないから一人で悩んでこうしてるんじゃないですか…

「私としては恥ずかしがり顔を真っ赤に染めながらも少年に甘える君と、それに戸惑って顔を真っ赤にする少年を想像するだけでお姉さん興奮するんだが…」

「しないでくださいっ!」

何を考えてるんですか、この人はっ!!?

「まあ、今のは冗談半分として…」

半分は本気なんですね…

「老婆心ながらちょっとだけ少年の弁護をしてやろう。少年は君が考えているほど鈍くは無いと思うぞ」

は?

あなたはどこまで理解しているのだろう

何でも見透かすように私の言葉の先回りをする

「まぁ、今の君を見ればきっと少年もハァハァして襲い掛かってくると思うぞ」

「あ、ありえません。何を言ってるんですか」

「ふふ。では、お邪魔した。後、カレンダーはヒントになった。私はそこから推測した」

それだけ言って彼女は振り返る事もなく退室していった

まるで台風のような人だ

私はそう思った…

カレンダー…?

そして私は寮会のカレンダーを見た

……っ!!!?

見事に24日にハートマークがついている

自分ではこんな事はしない

が、あの人ならやりかねない

「あーちゃん先輩…」

未だにたまにここに遊びに来る先輩に恨みの声をあげておく

今度来た時にでも言及しよう

でもそこから私の心境を推測されるなんて…

「そんなに単純かな、私…」

いろんな含みを持たせて彼女は舞台から降りた

そして私はまた一人残された

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隣が空いた

それは昔に戻っただけなのになんて寂しいんだろう

空はどんよりしてきた

雨は降って欲しくない

雪になってくれれば少しはこの暗い心も何とかなる気がするのに

クドリャフカも直枝もいない日なんて今まであっただろうか

3人で逃亡生活してたとき、直枝はいつも私の傍にいた

葉留佳もいた

ずっと3人だった

やっと戻ってこれて…

クドリャフカに会えて…

どちらかがいない日はあったが2人ともいない事はなかった

「そして誰もいなくなった…なんてね」

ついに一人になった

そんな錯覚を起こしそうなほど今の私は弱くなっている

全部葉留佳と直枝のせいね

帰ってきたらうんと仕返ししてやる

八つ当たりだけどそうしないと気がすまない

 

 

♪〜〜〜〜♪

 

 

「っ!!?」

携帯がメロディーをかなで出す

マナーにするのを忘れてたみたい

驚かさないでよ…

 

差出人:???

タイトル:『クドリャフカです、天皇誕生日なのです (>ω<) 』

 

クドリャフカ?

ああ、パソコンから送ってるのね

 

本文:『佳奈多さん、明後日に帰ります。 なので26日には寮に付くと思います。わふー\(>ω<) 』

 

そう、26日には帰ってくるのね

じゃあそれまでにクリスマスプレゼントを用意してあげないとね

25日には直枝のお仲間、主に来ヶ谷さん達がクリスマスパーティをするらしい

みんなでプレゼント交換をするらしいが私はマフィンでも作ろうと思ってる

大層な物よりマシだと思うし、人にプレゼントなんかしたことないから無難なところを選んでおく

こちらもわかったという旨を返しておく

さて、今日はそのための買い物にでも行きましょうか

 

〜〜〜〜〜! 〜〜〜〜!! 

 

そう思ってるとまた携帯が震えた

 

差出人:直枝理樹

タイトル:『無題』

本文:『無事に着いた…。恭介の運転は荒すぎるよ…』

 

そう。よかったわね

素っ気無い態度になりながらも安心してる自分がいる

多分直枝もそれをわかってるから報告してくれたんだろう

だけど返信はしなかった

その後に葉留佳からメールが着たが、来ヶ谷さんと遊んでいるらしい

それには適当に返信しておいた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空は晴れていた

こんなに憂鬱な朝は久しぶりだ

今日は聖なる日、キリストの誕生日の前の日

恋人達に優しい日、クリスマス・イヴ

だけど私の恋人はここにはいない

今日ぐらい、もっと気を利かせなさいよ

イライラする気持ちを抑えながら朝食を食べるため、食堂へ向かう

冬休みが始まってるとはいえ、まだ学食はあいている

年末になれば閉まるんだけど

「あれ? 二木さん? おはよう」

パンを買い、席に着こうと適当な席を探していたら不可解な人物がいた

どうして…?

なんでここにいるの??

全くの想定外の人物に頭が真白になっている

「どうしたの?」

「な、何で直枝がいるのよっ!!?」

やっとのことで言えた言葉

それでも問わずにいられなかった

「え? 昨日の夜に帰ってきたからだけど…」

ちょっと待って…

もう一度頭を整理しよう…

「あなたは直枝よね?」

「うん」

「一昨日帰省したわよね?」

「うん」

「何で今日ここにいるのかしら?」

「昨日の夜には帰ってきたから」

「あなたはバカ?」

「えぇー」

「本物の直枝ね」

「それで納得するんだ…」

本物らしい

ということは…

もしかして…

「二木さん、もしかして…」

何かに気付いたように直枝が私の顔を見つめる

「な、何よ……」

「僕、日帰りのつもりで伝えたと思うんだけど…。しばらくいないと思ってた??」

私の勘違い…??

まさか、私が一人で勝手に勘違いして、怒って、八つ当たりして、拗ねて…

ば、バカみたいじゃない!

「っ! な、何よ! 帰るっていうからしばらく帰るなんて何考えてるんだ直枝はせっかくのクリスマスなのに恋人はそんなことも分かってくれないのかなんて思って一人で怒って枕を抱いて拗ねてせめて電話で声を聞きたいけど自分からかけたりしたら何だか恥ずかしいしとか考えてたりして寂しかったんだなーみたいな顔はっ!!」

……

………

…………

「ただいま、二木さん」

「っ!!」

〜〜〜っ!!!

またスルーされるなんてっ!

こうなると不利ね…

いっつもこうなると直枝はここぞとばかりに強くなるし…

「せっかくのクリスマスだし、出かけようか?」

「そうね、そこまでいうなら行ってあげるわ」

悔しいが今日ばかりは私の負けだ

すごい嬉しそうに笑う直枝が腹立たしくて…

でも、ちゃんとわかっていてくれたことが嬉しかった

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえば学外を2人で歩くのも久しぶりね

復学してからというもの、クラスは違うし、寮会があるし、外に行く機会が少なかった

復学前は時間があったものの基本的に葉留佳と3人行動だったし

「やっぱり冬は寒いね」

「そうね、もうちょっと厚着しても良かったかもしれないわ」

年中人よりは厚着だけど、寒いものは寒い

手を擦り合わせ、自分の息を吹きかける

少しは暖かい感じがするがすぐに冷たくなる

その場しのぎと分かっていてもやめられない

過ぎ行く並木にも色はない

本格的な冬が始まったのを実感させられる

「二木さん、手、冷たい?」

その言葉にちょっとむっとなる

不意に彼女のセリフが蘇った

『少年は君が考えているほど鈍くは無いと思うぞ』

どこがよ!

私がこれだけ寒さアピールしてるのに…

っ! いやいや! アピールなんかしてない!

単純に寒いだけよ!

「ええ、寒いわね。たとえるならクドリャフカが庭で走り回って棗さんがコタツで丸まるほど寒いわ」

「えっと……犬は喜び庭駆け回り?」

「猫はコタツで丸くなる」

……

………

私は何を言ってるのかしら…

付き合いだしたときは直枝に嫌われたくなかったし、つまらなく思われてしまうのも嫌だったから必死に会話を繋ごうとしていた

そんな努力もいつしか忘れてしまい、黙ってる時間も増えていた

だけど、気を遣ってるとかそういう時間じゃなくなっていた

お互いに落ち着ける空間を手に入れていたのだ

すると今度は自然に言葉が出てくるようになった

世間知らずだった私も今ではファーストフードぐらい普通に入れるし、好きではないがゲームセンターも行ける、ボウリングも出来る

それでも見当違いの事をして葉留佳や直枝に笑われることはあるけど

風紀委員をやっていたときと比べたら自分でもかなり成長したんじゃないかと思う

だからといってこんな会話は無いと思うが…

「…リアルに想像が出来たよ」

「あの子はどこまで行っても犬だし、棗さんもどこまで行っても猫ね」

変わる事は無いものもある

あの子たちはずっとそんなイメージで生きていくのかもしれない

もしかしたら変わるのかもしれない

季節と同じ、変わる部分もあれば変わらない部分もある

「じゃあ二木さんは自分が何だと思う?」

私?

私が動物だと…何だろう?

自分で自分を例えるって難しいわね…

来ヶ谷さんも将棋じゃなくて動物で例えて欲しかったわ

でもきっとそうね…

「白鳥……じゃないかしら」

優雅を装っても、水面下ではバタバタと必死に足を動かしてる

努力でしか水上にいられない存在

「ふふっ」

「な、何よ! いきなり笑うなんて失礼じゃないの!?」

こっちは真面目に考えて言ってるのにっ!

「二木さんは二木さんでしかないよ。何にも例えれない」

そう言って手を掴まれる

彼の手は暖かくて私の手の冷たさを癒してくれる

「行こう」

「………もう」

…しょうがない

今日の私には勝ち目は無いみたい

私はしっかりと手を握り彼の隣を歩く

私の手はもう寒くない

少しだけ世界に色が戻っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうこうしてるうちに昼になった

直枝は行きたいところがあると私を引っ張っていく

どこかは教えてくれず私はただ付いていくだけだった

「ここだよ」

つれてこられたのは普通の喫茶店

だけど、なんだかカップルが多かった

「へぇ…こんなところがあったのね…」

「うん、たまたま見つけてさ。二木さんと行って見たいなって思ってたんだ」

な、なによ…

そのセリフにちょっと心がときめいてしまう

恥ずかしいわね、ホントに…

「ここ、コーヒーのお変わり自由なんだ。それに食べ物の味も美味しいよ」

へぇ…けっこう来てるのかしら?

かなり詳しいみたいだけど…

「直枝、ここには一人で来たの?」

「そんなわけないよ、こま……」

 

ピシッ!

 

 

そんな音を立てたかのように空気が凍った

2人の笑顔の間の空間は紛れもなく止まっていた

「……あの〜、僕トイレに…」

途中まで言いかけたセリフを止め、一定の間の後立ち上がろうとした直枝の腕を掴んだ

直枝の顔がどんどん青ざめていく

「とりあえず、ホットコーヒーを二つ」

初めてにしては慣れたふるまいで注文し、強引に直枝を座らせた

「さ、時間はいっぱいあるみたいだし、お話しましょうか、直枝君」

さて、詳しく説明してもらいましょうか

色を取り戻した世界は綺麗な色から真っ赤な、炎のような赤へと変化していた

「はい…」

 

 

……

………

 

 

「と、いうことです…」

逃げ出さないように対面ではなく、わざわざ直枝の横に座り、過去の出来事という名の言い訳を聞いた

へぇ…

さらに私は笑顔になっていく

限界を超えると怒りは笑みに変わる

そして赤は氷のような色へと変化する

神北さんや来ヶ谷さんに教えてもらったと

私と付き合う前に来たと

だけどそれは二人っきりだったと

心の世界の大地はどんどん荒んで行く

直枝のコーヒーはとっくに冷めてしまっていた

「か、隠してたわけじゃなくてね、言わない方がいいかなぁって…」

そうね、付き合う前ならあまり関係ないわね

そうよね、でもこんなにイライラして哀しいのは何故かしら

「………」

「ご、ごめんなさい」

最近一緒に出かけたりしてないし

学校でもクラスは違うし

寮会では一緒にいるけど仕事ばっかりだし

それだから久しぶりにこうしていられるのは凄く嬉しかったのに何でこうなるんだろう…

来ヶ谷さんみたいならきっとこんなことにはならないのに…

葉留佳ならきっと上手くやるのに…

どうして私はこんななのだろう…

「……ここは直枝持ち」

「はい…」

私にいえるのはこれが精一杯だった

「じゃあこの話はもう終わり。何か頼みましょう」

少々無理矢理だが、話題を変える

もういいじゃない気にしなくても

今、直枝は私とここにいるんだから

というか私が嫉妬するなんて…

バカみたいで恥ずかしすぎる

「じゃあ、僕はおかわりを」

「私は…イチゴパフェとおかわりで」

定型文通りのセリフで店員はバックヤードにさがる

だけど少し笑っていた

「あ、あの、二木さん? いつまでこのままなんでしょうか…」

あ、そうか

2人並んで座ってるんだ

4人がけの席なのに

………ま、いいか

「別にいいじゃない」

「え、ええ…!?」

恥ずかしい思いをしたらいいのよ

私も同じような思いをするんだけど…

「はぁ、誰かに見られなきゃいいけど…」

見られたら見られたで開き直ってあげるわ

彼は私のです、手を出さないで下さいって

………無理ね、そんな恥ずかしい事できないわ

そうこうしてるうちに注文の品が届く

美味しそう

値段の割には豪華で、魅力がいっぱいに広がっている

スプーンを手に恐る恐るどこから食べようかと探す

ああ、どこも美味しそう

色んな風に見てると隣の視線が気になった

真っ直ぐに私とパフェを見る彼の視線が

「……あげないわよ」

「ふふっ、違うよ。可愛いなぁと思って」

なっ!!?

い、いいじゃない!

こんなに美味しそうなんだから!

「食べないとアイスの部分が溶けちゃうよ」

「……いただきます」

上からゆっくりと食べていく

これは確かに女の子受けすると思った

生クリームやアイスの甘みと果物の甘みが見事にあっていて、それをチョコレートがさらに引き立ててる

神北さんなんかはもうこんなの食べたら幸せいっぱいでしょうね

私も幸せだけど

私がパフェを食べてる間、直枝はずっと隣で私を見ていた

何か悩んでいるような困った表情で

「前から言おうと思ってたんだけど、わざとじゃないよね…?」

「?」

パフェを口いっぱいに含んでるから声は出せない

だけど直枝の言わんとしてることの意味はわからなかった

「二木さん、ハンバーガーの時もそうだけど、デートの時毎回だとそう思うよ」

「??」

ハンバーガー?

デートのとき毎回?

するとナプキンを手にした直枝が近づいて来た

「……っ!!!? 〜〜〜っ!!!」

拒絶の意思を見せるために必死に首を左右に振る

そこで私は気づいたのだが、もう遅い

直枝の手は私の頬にあり、私はなされるがままだった

綺麗に付着した生クリームを拭き取られていた

わ、わざとじゃないわよっ!!!!

恥ずかしい思いをさせようとしたが、逆に直枝にさせられてしまった

恥ずかしすぎて私はもうここを出る事にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうっ! あんな辱めを受けるなんて!」

「だってあのままだと服に垂れそうだったし」

だからといってあんな事を…っ!

「そ、それにわざとじゃないんだからっ!」

そんな風に思われてるのも腹が立つ

拭いて欲しくてわざと付けてるなんてバカじゃない!

「あ、二木さん。これ綺麗だよ」

「聞きなさいよっ!」

真っ赤になってるだろう顔を振って脳内で映像化されたさっきの様子を振り払う

直枝は前にも髪飾りを買ってくれた露天商の店先に並んだアクセサリーを見ていた

「ちょっと、直枝!」

「二木さん、この中じゃどれが良いと思う?」

全く私の話を聞かず、怒りを受け流される

「……もういいわよ」

「ごめんごめん。で、どれが一番綺麗だと思う? 僕はこんなのいいと思うんだ」

悪びれてる風はあるけど、笑顔で賞品を見る直枝

そんな私達を覚えていたのか笑顔で露天商人は見ていた

「そうね…」

いろいろとシルバーのアクセサリーから民族風なのまでいろいろと並べられている

その中でも一番気を引かれたのはネックレスだった

飾り気が多いわけでもなく、シンプルで小さなつくりだけど三つのガラス球がついているところが何だか気に入った

私と直枝、そして葉留佳がイメージ出来るようなネックレス

それを手にとって眺めてみる

「それは本物のルビー、サファイア、アメジストの三つの宝石で出来てるんだ。」

ガラスじゃないんだ、それじゃあ高いわね

やっぱり値段もそこそこだった

これは私の持ち合わせじゃ無理ね

「じゃ、行きましょうか」

「あ、待ってよ。二木さん!」

その後も商店街をいろいろと2人で見て回った

何かを買うことはなかったけど何だか居心地がよく楽しかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方前になって帰ると直枝はいきなり寮会の仕事しようと言い出した

なんでも「僕にはいつもどおりが一番いいから」らしい

不満もあったがちゃんとデートにも行けたし、直枝らしいと自分の中で完結してしまった

そして他愛ない会話をはさみながら昨日分のたまった仕事を片付けていった

「お茶、淹れてあげるわ」

「あ、うん。お願いするよ」

そうね、今日の謝罪も込めてクドリャフカのくれた高いのを入れてあげよう

かなちゃんのと書かれた湯飲みと直枝用に買った湯飲みに注ぐ

二つの湯のみはこぽこぽと湯気を上げて満たされていく

「はい、直枝」

「ありがとう」

私も湯飲みを持って、自分の席に座ろうとした

でも、とある考えが浮かんだ

でもこれは…

その…

自分で考えたくせに赤面してしまう

私のキャラじゃないんだけど…

でも…

やってみたいという好奇心もある

『羞恥心はあるさ。だが、羞恥心と好奇心を比べたときにどちらを取るかだな』

来ヶ谷さんの言葉が蘇る

彼女もそういうことだし…

彼女の振る舞いに後押しされ私は決意した

そうね、せっかくの聖なる日ですしね

喫茶店であれだけのことをしてるんだし、今更よね

「……? 二木さん、どうしたの?」

直枝の言葉を無視し、ガタガタと椅子を持って、直枝の席の横に置く

そして改めて湯飲みを持って、そこに座る

たまには、今日ぐらいは、素直になってみようじゃない

恥ずかしさも、プライドも捨ててやるわよ

ぴったりと椅子を密着させてるため、自然と体も触れ合う

そのまま、彼の方に頭を預ける

あ、なんだかいい

がっしりしてるわけじゃないけど、男の人なんだなって実感させられる

「ふ、二木さん!?」

もう、無粋ね

こういうときくらい気の利いたこと言えないのかしら

お茶の温かさと触れ合う身体の温かさが心地よい

何処かの誰かはいい事を言ったわね

惚れた者の負けだと

今はホントにそう思うわ

悔しいけど、この男に大きな好意を持ってしまっている

それがこんな形になってしまう

昔の私がこの姿を見たら驚くでしょうね

これが本当に二木佳奈多かと

男に甘えるように寄り添うこの姿が私かと

ああ、いい夕日ね

赤く染まって言う空は私の頬を隠してくれる

同じように赤く染まってしまっている私を

「……静かね」

冬休みが始まり、多くの人が帰省している

しかももう放課後だ

校内に残ってる人間などほとんどいないだろう

風の音が、シンと静まりかえったこの部屋に静かに流れる

「……うん、そうだね」

クリスマスなのに何をしてるんだろうと思わなくも無いけど、私たちにはこんなものなのかもしれない

身体にも心にも傷の残る私に、誰かが休めと言ってるのかもね

それに、イベントだからはしゃぐなんて私らしくない

どうしていいかもわからないぐらいなら、この方が居心地がいい

雪も降らないし、ツリーがあるわけでもなく、いつもの変わりない部屋でただ綺麗な夕焼けを見つめ、2人でお茶を啜る

年寄りくさいけど、この肌に感じるぬくもりは中々手放せるものじゃない

「わざわざさ…」

唐突に耳元から発せられる鈴のような音は私の耳へと滑り込んでくる

「昨日帰ったのはいろいろ事情があったんだ」

大きな袋が差し出される

綺麗にデコレーションされていて、この日に渡されるものなど一つしかない

「休学までしちゃったし、後見人の人にもちゃんと報告に言ってきたよ。僕には守りたい人が出来たって。それとちょっとお小遣いの前借を、ね」

「……あけていいの?」

プレゼントなんて髪飾り以来貰ったことがあっただろうか…

誕生日にはちゃんと葉留佳も直枝もくれたけど…

あの時は葉留佳と2人一緒にって感じだったし…

戸惑う私の心

その中にある大きめの包みにそっと撫でる

「あけて欲しいな」

丁寧に、破かないようにはがす

大きな期待に心を膨らませながら、早く見たい気持ちを抑えつつ

それに動揺して無いように装いながら…

「これ…」

「ちゃんとしたプレゼントなんて初めてだったから…、その…」

やけに袋が大きいと思ってた

中には揃いの淡いピンクのマフラーにセーター

蜜柑をイメージした、今付けているような髪飾りが入ってた

その下には後から追加されたように入ってる不自然な箱…

「綺麗…」

覚えててくれたのね…

さっき一目見たときにいいなぁと思ってた宝石のネックレスが入っていた

「何にしたら喜ぶかななんて考えてたらこんなにいっぱいになっちゃったんだ、ごめん。ネックレス以外は恭介たちと買ったんだ」

まだ入ってる

白い手袋、そこにはメッセージつきで

『兄妹よりメリークリスマス! 恭介』

『めりーくりすます (∵) 鈴』

2人からのクリスマスプレゼントに…

『クリスマス会行けなくてごめんなさいです (>ω<)  クド』

私が好きだと言っていたお茶

「クドはお母さんの元に行く前にクリスマスに帰れるか分からないから渡しておいて欲しいって言われたんだ」

みんな…

私はみんなから貰ったプレゼントを抱き締める

嬉しくて嬉しくて…

それぐらいしか出来る事が思い浮かばなかった

「メッセージつきのはみんなからで、何も無いのは僕から。どうかな…?」

どうかな、じゃないわよ…

こんな…

こんな事して…

「………死んでやるから」

「えぇっ!?」

悔しい…

またやられた…

「こんなに私を幸せにして……」

私は泣き虫になってしまった

それもこれも全部この男のせいだ

それでも…

涙が流れようとも笑顔でいられる

みんなの優しさが、この男の想いが伝わってくるから

「でも………60点ね」

本当に嬉しかった

それでも、まだ足りないと思ってしまうのは贅沢だろうか

「手厳しいね…」

もっと、もっと彼は素敵な人間になる

まだまだあまやかしてあげない

私をこんなにした責任はとらせてやるんだから

気付けば夕暮れは淡い紫の世界へと変わりつつあった

「じゃあ、もうちょっと頑張るよ、ついてきて」

私はひかれるように立ち上がり、彼の後についていく

かつて、手を引いてもらう存在だった彼は、あの事件を経て、いろんな人の手を引く存在になった

そして今、彼は私の手をとっている

暗闇から彼が手を差し伸べてくれた

その手を、私はとったんだ

男性なんだなとわかる私より大きい手

引く力は弱くても、彼は離さない

私も離さない

『いつだって僕らは押しつぶされそうなんだ』

『でも、だからこそ、手を繋ぐんだと思う。手を差し出すんだと思う』

『その手で伸ばされた手を掴めばいい』

離してなんかやるものか

あの世界で得たものを離してなんかやらない

直枝の手をぎゅっと握り続ける

すると小さくだけど握り返してくれた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうこうしてるうちにつれてこられたのは屋上だった

「小毬さんに教えてもらったんだ、ここ」

「校則違反、寒い、さらに減点90点。以上、帰る」

「わーっ! ちょ、ちょっと待ってよ、二木さん!! さらにさっきより点数マイナスになってるし!?」

そういうのは本当でも他の女の子の話しないのがマナーじゃないの?

相変わらずそういうところは疎い

必死に手をつかまれ、呼び止められる

そして直枝は胡坐をかいて座り、強引に私をその上に座らせる

「ちょ、ちょっと…!」

「これで汚れない。それから…」

さっきの包みからマフラーを取り出し、自分の首にかける

余った部分を私の首に

「これで寒さもマシだよね?」

後ろから抱き締められて、マフラーで繋がってしまった私はもう逃げ出す事が出来ない

それ以上に……暖かかった

背中を直枝に預け、抱き締められる様はとても恥ずかしい

けど…

それでも気持ちよかった

だから私は何も言えない

「それでも校則違反よ」

精一杯の抵抗

これが限界

「今日ぐらい多めに見て欲しいな、ほら」

直枝は空を指差す

そこには漆黒のパレットに小さな輝きが点在し、白い陰りと柔らかな光が交差していた

夕焼けは姿を隠し、交代に柔らかな光を注ぎ込む月が私達を見ていた

本当に綺麗だった

「冬場の空は空気が澄んでるし、空が低いんだ。だから…」

指差した手をそのまま広げる

何かを掴もうとしてるように

「手が届きそうな錯覚になるんだ」

そう言って私の真横で微笑む

幼い微笑みを

「私に手を出しただけじゃ足りず月まで誑かせるつもり?」

「えぇー」

でも直枝の言うとおり空が低く感じる

星が目の前にあるような錯覚になる

綺麗ね…

背中を彼に預け、マフラーに手を添える

暖かい

気持ちが直接伝わってくるみたい

「これで…何点かな?」

彼の笑顔は変わらない

ずっと安心させてくれる笑顔だ

だから私はこう答えてあげる

「まだ90点ね。…………理樹」

私は前髪をいじる

癖だとわかっていてもやめられない

恥ずかしくなるとどうしても前髪を触ってしまう

名前で呼ぶ

それだけでこんなに恥ずかしくて、幸せなものなのか

彼もようやく気付いたのか、一瞬目を見開くとなんともいえない表情で微笑んだ

恥ずかしさと、喜びをブレンドした幸せな微笑みを浮かべて

やっと理解してくれたのね

本当に鈍いんだから…

「そうだね、メリークリスマス、佳奈多さん」

「………うん、100点」

月光が作り出す二つのシルエットが一つになる

銀色の空には一筋の光が弧を描くように流れていた

 

 

 

 

 

 

〜Fin〜



















お囃子・感想などいただけましたら。

おなまえ(省略可)



お囃子!(→盛大)

ぱち ぱちぱち ぱちぱちぱち

よろしければ何か一言!(省略可)





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