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聖なる夜に、さようなら






「さて、ここにお集まりの諸君はすでにご承知の程とは思うが」
 
 来ヶ谷唯湖は、部屋の片隅に佇む”物体”に微妙な視線を向けながら、呆れたような、面白がっているような、それでいてどこか怒っている風にも見える不可思議な表情で、部屋の中央に集っている少女らに対しそう発言した。

「ご承知というか、見ればわかるというか、なんと言いますかネ……」

 唯湖の視線の先、人型に加工されたスポンジケーキの上、生クリームやらチョコレートソース、苺にブルーベリーといった様々なデコレートがなされた”ソレ”は、物言わぬ彫像のごとく、少女らのほうへ虚ろな視線を向けている。
 三枝葉留佳は、その視線を居心地悪そうに受け止めながら、なるべく部屋の隅に視線を向けないよう不自然に首を傾けながら、唯湖の言葉に呼応した。

「存在感がありすぎてどう扱ったらいいのやらわかりかねます」

 続く西園美魚の言葉に、一同がうんうんと頷いて同調する。
 
「ま、まあ、”等身大理樹君ケーキを作ろう”という企画自体は成功したんじゃないかなぁ……?」

 恐る恐る、といった様子の神北小毬の言葉に触発されたかのように、少女らの頭の中で一つの出来事が思い描かれていく。



 ――よいしょっと……後は顔を胴体に乗せれば無事完成ですネ
 ――誰がやる?
 ――ここは、一番上背のある来ヶ谷さんにお任せするのが妥当かと
 ――私か?
 ――いえ、ここはあえて一番上背のない私に任せてみるのも一興ではないでしょうか
 ――ふむ、なるほど。任された。誰か踏み台になりそうなのを持ってきてくれ
 ――華麗にスルーされましたっ!?
 ――ちょうどここにいじけて丸くなったクド公がいるから使っちゃいましょうぜ、姉御
 ――うっ!?
 ――どうしました!?
 ――いや、クドリャフカ君を踏みつける姿を妄想したら鼻血が……
 ――おいくるがや、理樹を顔面流血にするな!
 ――ティッシュティッシュ〜!?



 ――何とか無事終わりましたね
 ――ふむ、総製作時間約6時間といったところか。まあ、それに見合うだけのものは得られたんじゃないか?
 ――わふー、これぞまさしくそっくりさんです
 ――なんか食べるのがもったいなくなっちゃうねぇ
 ――理樹君ケーキを食べる、か……
 ――くるがやが言うとなんか卑猥だから禁止だ
 ――人権侵害だぞ
 ――まあまあ……なんか完成して気が抜けたらお腹がすいちゃった。ばななでもたべよ〜っと
 ――あー! こまりん一人だけずるいぞ! 私にもよこせー!
 ――こうしてチョコソースをかけてチョコバナナに……ってわぁ!? は、はるちゃんいきなり押さないでっ!?
 ――っと。君たちはもう少し落ち着くことを覚えるべきだな。特に葉留佳君
 ――いやーそんなに褒められるとはお恥ずかしい……ってこまりん、チョコバナナは?
 ――ふぇ? バナナなら私の手に……なーい!?



「どうしてこんなことになってしまったのでしょうか……」

 美魚のため息交じりの声に応えるものはなく。
 少女らは示し合わせたかのように、”等身大理樹君ケーキ”の、ある一点を不自然に避けながら、途方に暮れた様子で言葉もなく眺めている。
 6対の視線を浴びせ掛けられた人型ケーキの、ちょうど下腹部の辺り、先端をチョコレートでコーティングされた黒光りのバナナが、少女らを嘲笑うかのように、勢いよく天に向かってそそり立っていた。



***



「まったく、どんな奇跡が起きたら、あんなピンポイントな位置にピンポイントな角度で突き刺さることができるんだ……」
「こまりんのせいだぞー!」
「ええ!? だ、だってはるちゃんがいきなり押すんだもん〜」
「待ってください。今は個々の責任を問うべき時ではありません」
「美魚君の言う通りだ。問題は、あの我々を挑発するかのように佇立する黒光りの棒をどうするかだ」
「いや、そこは普通にバナナって言いましょうぜ姉御」

 名付けて”バナナがあんなところに突き刺さったのは、あくまでも偶然です(*この物語は、18歳未満の方々にもお楽しみいただける、極めて健全な作品であって、青少年にとって不適切と思われる描写は一切混じっておりません)事件”勃発からすぐに、少女らの間で緊急会議が開かれた。会議はまず、責任の所在を問うところより始まったが、始まってすぐそれが無意味であるという結論に達し、むしろ今は早急な対策が必要なのではないかという論調へと切り替わり、いくつかの対策案が持ち出されたが、その詳細は以下の通りである。

 曰く、

@形を崩さないように抜き取っちゃえばいいじゃん→リキが女の子になってしまいますっ
A他にもたくさんのフルーツを載せて「木を隠すなら森の中」作戦というのはどうか→隠れてない隠れてない、どう考えても隠し切れてないですヨ
B中が透けないような袋で覆い隠すとか→股間の辺りに黒いエチケット袋がぶら下がっているというのもまた一興か
Cいっそ手に蝋燭とか持たせたりして、そこにバナナが存在することが、あくまでも自然であるかのように装うのはどうか→どう考えても不自然です
Dバナナの種を仕込んだら、偶然あそこから生えてきちゃったと言い訳するのはどうか→バナナの種を仕込む理由は何なの?
Eそもそもバナナは種から育つものなのでしょうか→いや、論点はそこじゃないと思うなぁ……
F仮に種から育つものだとしても、亜熱帯性植物のバナナが冬の日本で育ったりするのかなぁ→いーじゃんそんな細かいことはー
Gいえ、ですからバナナは木に成るものであって、あんな形で生えたりしないでしょう→新種のバナナということで
Hなんでバナナトークになってるんだ→そこにバナナがあるからさ
Iもうお店で買ってきたほうがよいのでは→でも、クリスマスパーティーのケーキは私たちで作って皆をあっと言わせるって言っちゃったし
Jしかし、このままではあっと言わせるケーキどころかアッーと言わせるケーキになってしまうぞ→それはそれでアリです

 エトセトラ、エトセトラ。
 議論は無駄に熱くなり、最終的にはリトルバスターズの男子4人のケーキを作って、絡み合わせてアートっぽく仕上げてみてはどうかなどと一部の勢力より提案がなされたが、大多数の猛反撃を受けてあえなく撤退。結局一番最初に出された@の案が採用されることになった。
 そこに至るまでには長い道のりがあり、様々なドラマがあった。いくつかの信頼と、いくつかの絆が壊れかけ、あと一歩というところで助け舟を出され、和解し、新たな絆が生まれ、そうしてより一層強い結び付きを手にすることが出来た少女らは、今、別の難題に直面していた。

”誰があのバナナを食べるのか”

 いくつかの論理的媒介を飛び越えて、既に”食べる”ことが前提となっている少女らの頭の中には、当然”捨てる”という選択肢は存在せず、従って、一本しか存在しないあの”バナナ”を手中にするのは誰か、ということが目下の問題となっていた。

「ではまず初めに、”アレ”を食することを辞退する者は、手を挙げてくれ」

 いつの間にか議長のような役目を負っていた唯湖がそう言うと、

「……」

 誰も手を挙げなかった。

「では次に、我こそが”アレ”を食したいと思う者は、手を」

 誰も手を挙げなかった。

「えーいどっちなんだ貴様らは」

 苛立ち混じりの唯湖の声に応えるものはなく、少女らはただ互いに互いの様子を窺うだけだ。

 ――もし、もしも少女らがもっと大人びた思考をしていたならば、男性を象ったケーキの下腹部に偶然突き刺さった何の変哲もないバナナにこれほどまでに固執することはなかっただろう。
 ――もし、もしも少女らがもっと幼い思考をしていたならば、男性を象ったケーキの下腹部に突き刺さったバナナの意味に気づくことなく、素直に食べたければ食べたし、食べたくなければそう申し出ていただろう。
 ――しかし、不幸なことか否か、少女らは少女と形容するのが相応しいほどに”思春期”にいたし、また更なる不幸か、象った男性は少女らの想い人だった。”アレ”をただのバナナだと思い込むには少女らは少し年を取りすぎていたし、バナナを”性の象徴”と認識しながらも、泰然自若とした態度を保つには、少女らはまだ少々幼かった。かといって他の人間を差し置いて”食べてしまいたい!”と叫びだすには、少女らは周囲の人間に好意を抱きすぎていた。友人を――それも想いを熟知してしまっている程度に親しい――踏みにじるには、少女らは優しすぎたのだ。

 いくつものジレンマに板ばさみにされ、誰もが動くに動けない。そんな空気を敏感に察知した唯湖は(そういう唯湖自身も前述のようなジレンマに悩まされていたのだが、それを表に出すことはなく)、不適な笑みを浮かべてある提案を少女らに促した。

「では、”理樹君のバナナ争奪戦”というのは、どうかね?」

 その言葉に、はっと唯湖を除いた全員が息を呑む。
 徐々に緊張感が辺りを支配していく。
 凍てついた空気が少女ごと空間を凍らしてしまったかのように、少女らは一様に微動だにしない。
 唯一つ、その場で我関せずと時を刻み続ける壁時計だけが正常に、現在時刻:午後8時を知らしめていた。



 少しだけ風が強くなってきた12月24日の夜、少女6人の吐息が、風に煽られがたがたと揺れる窓の音と重なる。空模様は、残念ながらホワイトクリスマスを期待できるようなものではなく、雲ひとつ見出せない。星々煌めく夜空の片隅、一筋の流れ星が、黒の画用紙をクレヨンでなぞる様に横切っていく。葉留佳はそれを視界の端で捉え、気づいたときにはもう既に消え去ってしまっていたことを悟ると”あんな短時間で願い事を三回など言えるかー!”と場違いなことを考えていた。
 やがてゆっくりと葉留佳は窓から視線を外し、”ケーキ”に背を向ける形で唯湖に振り返ると、感情の見えにくい目を見つめながら口を開く。

「で、具体的にはどうやって決めるんです?」

 唯湖の提案は、ごく自然に受け入れられた。あの板ばさみの閉塞的な状況を打破する最善の策として受け入れられたのだ。
 争奪戦――バトルだ。
 あの”バナナ”はバトルの景品として存在するものであって、バトルの勝者はアレを当然の権利として手に入れることができる。
 合理的、かつ公平なアイデアだった。
 少女らは互いに恨みを持つことなく、正々堂々と競い合い、励ましあい、そして最終的な勝者の健闘を称え、気持ちよく祝福することができるのだ。
 この案に乗らない手はなかった。
 冷静に考えれば六等分すれば済むことのような話ではあったが、誰もそれを口にすることはなく、望むところ、と満場一致で可決したのだった。

「ふむ、そうだな……」

 言いだしっぺであるところの唯湖に、矛先が向けられるのは当然だった。他の4人も口には出さなかったが、皆唯湖の言葉を待っている。
 勝負の方法を決めるとなると、なるべく公平に、かつ禍根を残さない配慮のできる能力が要求されるものだが、その点において唯湖は少女らの信頼を得ていた。

”彼女ならば大丈夫”

 そんな期待のこもった視線を真っ向から受け止め、唯湖が口を開く。

「胸の大きさで決める、というのはどうだ」

 瞬間、愛と勇気と希望と友情と、正義と信念と想念と信頼とが、一斉に打ち砕かれ、代わりにどす黒い情念が少女らを包み込んでいった。中でもとりわけ、最も身長とその他諸々が小さい少女――能美クドリャフカが、調理器具であるところの果物ナイフを手に、”よろしい、ならば戦争だ”と小さく呟く姿に、唯湖は生まれて初めて心からの恐怖を感じ、慌てて訂正を入れた。

「というのはもちろん冗談でだな……」

 一転、和やかなムードに切り替わる。”もー、来ヶ谷さんったらお茶目なんですからー”とにこやかに握手を求めるクドリャフカに、内心焦りを感じながら、唯湖は必死にその頭脳をフル回転させて打開策を講じようとしていた。
 冷や汗が一筋、唯湖の額から頬を伝って床に落ちる。全国模試で総合一桁に名を連ねる優等生の頭脳を持ってしても、この事態を切り抜ける神懸り的なアイデアを考え出すことはできなかった。唯湖にはあまりこういう経験がなかったのだ。
 一人一人が違う個性を持つ人間たちの集まり、それを上手にまとめあげることの困難さを、今唯湖は身に染みるほどに実感していた。運動が得意な者がいれば、苦手な者もいたし、勉強のできる者がいれば、それを不得手とする者もいた。自動販売機のような絶対的平等性など幻想で、どこかしらで誰かが妥協する、あるいは諦める必要がある、勝負とはそういうものだ。

「では、こういうのはどうだろう――」

 唯湖はようやく苦し紛れに一つのアイデアを思いつく。しかしそれを最後まで口にする前に、

「ちょーっと待った!」

 ばたーんと大きな音を立てて、黒い外套に全身を包んだ不審者が、部屋のドアをノックもなしに開けていたのだった。






「なにものだ!?」

 事態を瞬時に察知した棗鈴が、警戒の態勢をとりつつ、そう誰何すると、他の者もそれに同調するように、黒衣を纏わせた不気味な姿を疑わしそうに凝視する。
 声質から女であることはわかっていたが、それ以上の情報は、主に視覚的な意味で遮断されていたために、得ることが出来なかったのだ。
 物語に登場する魔法使いが好んで着るような、真っ黒なローブを、頭から被るように身に纏わせている。その隠された顔から覗かれる、翡翠を想起させる緑色の眼光は、獲物を狙う鷹のように鋭い。物腰は堂々と、場慣れしているような印象を受け、只者ではないことが一目で見て取れた。
 眺めていてもこれ以上は埒が明かないと判断した唯湖が、先の鈴の言葉をなぞるように、もう一度繰り返す。

「何者だ?」
「あたし?」
 
 その言葉に呼応し、首の辺りで止めていた外套のボタンをぱちんと外しながら、闖入者は続ける。

「あたしはね――」

 既に頭部を隠していた布は半ばまで外されており、その人物があどけない少女であることを周囲に知らしめていた。
 一同の中に”なんだ、こいつか”という想いが広がっていく。
 その顔を見ただけで、少女らにとってその正体は明らかだったのだ。しかしその空気も読めず、闖入者は自らの謎を解き明かすように続ける。

「ある時は一般生徒としてクラスに溶け込んでその身を隠し、またある時は諜報員として学園に眠る秘宝を求め戦いに明け暮れる日々を過ごす謎に包まれた影の存在」

 少女は身に纏っていた外套を、芝居がかった調子で大げさに音を立てて脱ぎ捨て、その風貌を蛍光灯が放つ白光の下にさらけ出した。
 金色の絹糸のような、腰まで届く長い頭髪が、さらりと美しく宙を舞う。

「その正体は――そうね、朱鷺戸沙耶、とでも呼んでもらおうかしら」
「わざわざ太字で言わなくとも、君は朱鷺戸沙耶だよ」

 唯湖の冷めたつっこみもまるで意に介した様子がなく、沙耶と名乗った少女は、翡翠色の瞳を鋭く室内に走らせ、一同の一挙手一投足を確認すると、部屋の一角に置かれた”ブツ”に電撃を打たれたような表情となって固まった。

「ほんとにバナナが刺さってる……」

 呆然と、否、陶然とそう呟くと、沙耶は律儀に脱ぎ捨てた外套を畳んで小脇に抱え、邪魔にならないよう隅のほうへと移動させると、それから改まったように一同を振り返って、

「というわけで、その勝負、あたしも参戦させてもらうから」

 挑むような目つきで、そう宣言した。

 思わぬ強敵の出現に、一同の中に緊張が走る。この勝負、一筋縄ではいくまい、と、皆が心を引き締め、油断なく各々の表情を窺いだしたのだ。ある者は考えが読まれぬよう無表情に徹し、またある者は普段よく知る者たちの変貌にただ戸惑いの視線を彷徨わせ、またある者は一人悠然と様子見に徹する。
 ここはもう、既に戦場だった。表立ってそう発言する者はおらず、また物理的な接触があるわけでもない。表面上は聖なる夜を共に過ごす仲睦まじき女生徒らであったが、にも関わらず、第三者をして震え上がらせるほどの戦慄を感じせしめる何かが、この場には漂っているのだ。

 そうして気の詰まりそうな沈黙が徐々に場を支配していく中、まるでそれに抗うかのように一際明るい声を出す者がいた。

「でもでもっ、朱鷺戸さん、すっごく格好良かったのですー」

 声の主――能美クドリャフカ――は、身の丈に合わぬ大きな声でそう発言すると、それに追随するかのように、またもう一つの声があがる。

「ほんとだねぇ。沙耶ちゃん、すっごく格好良かったよ〜」

 それは、小毬の声だった。彼女はのんびりとした独特の口調でそう言うと、クドリャフカと一緒に沙耶へと近づき、話に興じ始める。

「このマントとかすごく雰囲気出てますし、登場シーンも、なんかいかにもそれっぽかったですっ。いっつ・くーるなのですー」
「うんうん」
「え、あ、そ、そうかな? それほどでも、あったようななかったような……」

 賞賛の言葉にまんざらでもない様子で頬を染め、沙耶は部屋の主の許可をとることなく、ベッドへとどかっと座り込む。えっへんと胸をそらして二人の敬意溢れる眼差しを受け止めていた。

「よかったら、写真撮らせてもらえないかなぁ?」
「ええっ!? しゃ、写真!?」
「わふー、いっつ・あ・べりー・ないす・あいであなのですっ!」
「いや、そんな大層なものじゃないしって、あ、ちょっと!?」

 小毬とクドリャフカは、やいのやいのと担ぎ上げるように沙耶を立たせると、部屋の隅へとその背を押し出していく。当の沙耶は、言葉の上では『仕方ないなぁ』とぶつぶつと呟いているだけだったが、声に滲み出る歓喜の色は到底隠せるものでもなく、頬を紅潮させたまま、戸惑い半分、嬉しさ半分といった心持でされるがままに従っていく。

「こ、この辺でいいの?」
「うーんと、ちょっと待ってね……クーちゃん、どうかなぁ?」
「そうですねー、ちょうど今時分はお月様も出てらっしゃいますことですし、ここは一つ月明かりを背にポーズを取ってもらうというのはどうでしょうか?」
「おおー、ぐっどあいであ〜」
「そこまでするの!?」
「まーいいからいいから」

 そういうと小毬はガラリと窓を開け、沙耶に出るように促す。
 部屋の外は人一人がようやく納まるぐらいの広さのベランダになっており、そこへと降り立った沙耶は、寒風吹きすさぶ冬の空気に思わず身震いをし、こんな寒い所はごめんださっさと終わらせようと早速ポーズを決めようとする。
 
 はてさて、どんなポーズがいいだろうか? ここは無難にピースサインあたりにしておいたほうが……いやいや、それではいかにも記念撮影っぽくて味気ない。せっかく格好いいと褒めてくれているんだから、もう少し欲張ってもいいんじゃないだろうか。こう、月明かりを背にするわけだから……左手は腰に、右手はこう、手のひらを広げたまま宙に浮かせて、今にも『刮目せよ』と言い出しそうなぐらいにはキメて見てもバチは当たらないはずだ。何しろこれは、自発的なものではなく頼まれてやってることなのだから――

 ガラガラガラー、ピシャン!

 ――やはり役得というか、そういうものがあって然るべきだし。うん、そうだ、念のため神北さんにこれでいいか確認してみてってなんか今何かが閉まったような音があれちょっとまってあたしいつ窓閉めたっけっていうか閉める意味ないしなんで閉まってるの意味わかんないおかしいカーテンまで閉じてるし中の様子見えないしとりあえず寒いから中へ入ろうあれ開かないこれ鍵かかってないねえちょっとまって洒落にならない風邪引くかもおーい神北さーん?

「みっしょんこんぷりーと、なのです」
「これで一人減ったねぇ」

 にこにこと、しかし背後に漂う黒いオーラは隠し切れない二人の不自然な笑みに、思わず鈴が身を震わせる。

「こわっ! なんかこの二人がこわいぞ、はるかっ!?」
「うわぁ……さすがのはるちんもこれは引くわー……」

 ――神北さーん? 能美さーん? なんか窓閉まっちゃったんだけどー? あけてくれなーい? どんどんどんどん! うわっ、まじっ、寒っ! はっくちゅん! ふぁ、鼻水が凍って息できな……いや、やばいってこれしぬしぬ!

「ものすごく哀愁漂う叫びが窓の向こうから聞こえてくるのですが」
「なに、美魚君、あれは『ソウブンゼ』と言ってだな、遭難者を装って扉や窓を叩いて助けを求め、それに応じた善人の魂を喰らうという悪質極まりない悪霊の類なのだよ」
「そうですか」
「うむ」
「ところで」
「何かね」
「『ソウブンゼ』って、逆から読むと『全部嘘』になりますよね」
「うむ。それが何か?」
「いえ、何も」

 ここは、確かに戦場なのだった。





 一際強い風が、唸り声を上げて部屋の窓に叩きつけられる。がたがたがたん! という音に、棗鈴はびくっと肩を震わせ、すぐにその正体に気づくと、”なんだ、かぜか”と興味を失ったように外から目を外す。絶え間ない緊張感に晒されて乾ききった喉を潤すように、鈴がごくりと唾を飲み込むのとほぼ同時、

「……だれかくる」

 それまで辺りを支配していた、口を開くのが憚れるような気まずい沈黙は、唐突の来訪者によっていとも容易く破られることになった。

「神北さん、ただいま帰りましてよ……って、あら、あなた達は……」

 そう、その人物こそ、この『等身大理樹君ケーキ』の製作者であるところの神北小毬のルームメイトであり、小毬の親友である鈴のライバルたる笹瀬川佐々美その人だった。
 彼女は御馴染みのツインテールを無造作に手で跳ね上げると、急に不機嫌な目つきとなってその場にいた少女たちを代わる代わる睥睨し、

「毎度御馴染みのお騒がせ集団が、私の部屋に一体何の御用ですの?」

 と、不愉快さを隠そうともせず、吐き捨てるように言った。
 その言葉に、以前からずっと『こいつとはそりが合わない』と思っていた鈴が、やはり不機嫌そうに、

「別にお前に用はない」

 売り言葉に買い言葉のごとく、挑戦的に言い放つ。
 瞬間的に沸騰しかけた頭を、なんとかぎりぎりで抑えると、佐々美はふんと鼻を鳴らして鈴から視線を外し、

「あら、そうですの。それはそれとして、一応ここはわたくしの部屋でもありますので、早いところ出て行って……って」

 部屋の片隅に佇む”物体”を視界に捉え、

「……」

 深呼吸一つ、息を整えると、



「なんですのその卑猥な物体わああぁぁぁああああぁぁぁぁ!?」



 狂乱した。






「お話は、まあ大体理解しましたわ……」

 十分ほど怒り狂って”等身大理樹君ケーキ”を破壊しようと試みる佐々美を、6人で取り押さえた後で、ようやく話を聞けるぐらいまで落ち着いた彼女に、唯湖が代表して事態の説明をすると、

「が、到底信じられませんわね……」

 佐々美は疲れきったように、怯えと羞恥と諦観のこもった視線を、わざと下部が目に映らないように顔面部分だけをケーキに向けながらそう言った。

「気持ちはわからんでもないが、事実は事実だ。目を逸らすことなく受け入れなくてはなるまい」
「で、”アレ”をどうなさるおつもり?」

 唯湖の言葉を半ば無視する形で、佐々美はこめかみを抑えながら忌々しげに”例のもの”を睨み付ける。

「これから、誰があのバナナを食べるのかを勝負で決めるところです」
「そうですの、それは結構……はあああああああああ!?」

 美魚の答えにナチュラルに応じそうになった佐々美は、その言葉が意味するところを頭の中で反芻すると、一転、目を見開いて叫び声をあげた。一体何をそんなに慌てているのか、といった訝しげな一同の視線に晒されて内心混乱しながらも、佐々美はなんとか口をぱくぱくと動かして言葉を吐き出そうとする。

「た、た、食べるんですの!?」
「はい」
「ほ、本当に!?」
「……何か問題でも?」
「いえ、その、だって……」

 美魚の平然とした様子に、佐々美の頭は加速度的にますます混乱していく。恥らうように体を縮め、ちらちらと”等身大理樹君ケーキ”のほうを窺う。その表情は、今にも怒り出しそうな、それでいて泣き出しそうな、はたまた突然笑い出しかねないような、そんな複雑な乙女心の空模様をそのまま抜き出したかと思われる奇天烈なものだった。

 それもそのはず、何を隠そう笹瀬川佐々美は、ある事件をきっかけに、自らの積年の想いの消失と、新たなる名状しがたい感情を抱え込んでいたのだった。端的に言えば、佐々美自身は表に出すことを躊躇っていたが、彼女は直枝理樹という男性に心惹かれていたのである。理樹と共にいくつかの不思議な体験を重ねていくうちに、かつて自分が恋に落ちたと思われた”宮沢謙吾”という人物への想いが敬愛の情を超えないものであること、そして自分の中の一般に”恋”と呼ばれる感情が誰に向いているのかを、内心では十分に理解していた。
 ただ不幸なる哉、佐々美は自身の感情を素直に出せるような性格ではなかったし、また、いまだに自身の中で燻る行き場を失った想いとの決別が綺麗に済まされてはいなかった。謙吾への思慕の念の始まりが単なる勘違いであったこと、そこを起点とした、自身のこれまでの言動を清算するには、数ヶ月という時間は佐々美にとってあまりにも短かったのだ。だから、

”心の整理がつくまでは”

 リトルバスターズという集団に、掛け持ちという形ながらも加入し、理樹との接点を増やす。同じ時を過ごすうちに自然と、わだかまった想いともお別れできるのではないか、そうすれば今度は、もっと素直に自分を表出することができるかもしれない。そう思った佐々美は、結局12月24日今日に至るまで問題を先延ばしにしていた。そうした挙句、ソフト部のクリスマスパーティーから帰ってみたら”ごらんの有様”だったのだ。もはや彼女に、正常な判断を期待するほうが酷だった。

 故に佐々美は今、強烈なジレンマに板挟みされていた。

 ”壊す”か”奪う”か。

 佐々美は迷う、迷いに迷う。そして苦渋の末出した答えは――

「で、では、わたくしも、その勝負、参戦させていただきますわ!」

 ”奪う”だった。




 佐々美の勇気を振り絞った決断に、部屋の空気が沸騰した。阿鼻叫喚にして喧喧囂囂、一人が驚きの声をあげればまた一人がそれに呼応し、我も我もと大声を張り上げて対抗していく。

「えええええええっ!?」
「さーちゃんが、さーちゃんがっ!」
「……かえれ、へんたい」
「ふむ、君もとうとう本格的に我々のお仲間ということかな」
「ようこそ、エル=ドラードらくえんへ」
「がっかりおっぱいVS存在しないみえないおっぱいですか……受けて立ちましょう!」

 機関銃のように浴びせ掛けられる数々の暴言に負けじと、佐々美も声を張り上げて対抗する。

 ――ここで引いてしまったら、一生後悔する

 何の根拠もなく、そう信じていたのだ。故に佐々美は、ここで逃げ出すわけには行かなかった。

「な、な、なんですのこの罵倒の嵐はっ! 大体、あなたがただって同じようなものでしょうっ!?」

 佐々美がそういうと、一同は一瞬ぴたりと口を噤み、示し合わせたように互いに視線を交わす。
 一斉にこくりと首肯、深呼吸、リスタート。

「うえええええええええええええええええええっ!?」
「さーちゃんが、さーちゃんが、さーちゃんが、さーちゃんがっ!」
「……きえろ、このド変態」
「私は罵倒などしていないぞ。むしろ歓迎している」
「こっちのみ〜ずはあ〜まいぞ、です」
「笹瀬川さんに勝ち目があるとは思えませんね……何故なら今、私のおっぱいは、その大部分が未来の私に預けられているのですから……!」

 地獄もかくや、とばかりに不自然に騒ぎ立てる少女らに押され、佐々美はじりじりと後退を強いられていく。味方するものは誰もおらず、援護も期待できない。そんな四面楚歌の状況で、徐々に敗北の二文字が背中に貼り付けられ始めていた佐々美の支えとなってくれたのは、咄嗟に頭の中に浮かんだ一人の少年の笑顔だった。
 その笑顔に背中を優しく押され、佐々美はなおも前進する。瞳は不屈の闘志に燃え上がり、心は真っ直ぐ、頭は冷静に、一つの目的を果たすために彼女は少女らに立ち向かうのだ。
 
「そもそも、君は”アレ”を入手してどうするつもりかね?」
「それは……」
「あれだけ驚き呆れていた君のことだ、よもや食べるということもあるまい?」
「うっ……!?」

 やられた、と佐々美は思う。人間、こうして先に釘を打たれてしまうと、心理的になかなか言い出しにくいものだ。それが性的羞恥心を刺激するものであるのなら、年頃の少女にとってはなおのこと性質が悪い。
 普段の佐々美だったならば、ここで潔く引くか、あるいは逃げ出していたことだろう。そのSっ気漂う風貌や性格を裏切ることなく、佐々美には耐性――打たれ強さ――というものがないからだ。彼女は例えるなら、硝子の剣のようなものだ。切れ味は抜群、物を切る力は凄まじい。その切っ先に触れるだけで、心の弱い者はたちまち切り裂かれてしまうだろう。しかしその一方で、横からの不意打ちには滅法弱く、想定外の事態に陥ると、あっさりと折れてしまう性質の持ち主だったのだ。
 だがしかし、今日の佐々美は違った。理性と本能の、苛烈極まるせめぎ合い、その隙間を縫って、今彼女は新たなる一歩を踏み出そうとしていた。

「た、食べるに決まってますわ! ……何ですの、その眼は? 何か文句がありましてっ!?」
「む……」
「……なるほど、今日の笹瀬川さんはいつもとは一味違うようですね」

 揺るがない決意を佐々美の瞳の中に見て取った美魚が、ついに動き始める。前線に出ていた唯湖を手で制し、水底に落とした硬貨を探すような目つきで、じっと相手を見つめる。
 佐々美の心に、とくんと一つ、動揺が走った。静かな、しかしその実、筆舌尽くしがたいほどの迫力を感じさせる琥珀色の瞳に、ほんの一瞬だけ隙を見せてしまったのだ。それはまばたきをする間に去っていくような、刹那の過ち。だがしかし、美魚はそれを見逃すほどお人好しでも迂闊者でもなかった。

「問いましょう。何故あなたは”アレ”を求めるのか、と」

 声は平坦ながらも、有無を言わせぬ力が込められていた。黙秘権を取り上げられた佐々美は、

「先ほどお答えした通りですわ。”食べる”ためでしてよ」

 しかしすんでのところで自身を取り戻し、美魚の問いに淀みなく答える。
 佐々美の落ち着きようが計算外だったのか、ぴくりと美魚のこめかみが揺らいだ。

「……なるほど。ではさらに問いましょう。何故あなたは”アレ”を食べようと欲するのか、と」

 続く美魚の問いに、佐々美は”なんだ、そんなことか”とでも言いたげな得意顔になって、

 ――それはもちろん、わたくしの想い人の☆△$&%(*文字化けではなくスラングです。仕様ですのでご安心ください)を争っているとなれば黙っているわけにも参りませんでしょう?

 などといえるはずもなく、瞬時に顔を歪めて絶句していた。



 ”黙っているわけにも参りませんでしょう?”じゃありませんわっ! なにをわたくしは得意気な顔で破廉恥なことを言おうとしてますのっ!? ああ、落ち着きなさい、笹瀬川佐々美。大丈夫、わたくしならば大丈夫。ソフトの試合ではこんな修羅場、日常茶飯事じゃありませんの。そうしていつもわたくしは見事に切り抜けてきたではありません? そうですわ、わたくしはできる、やればできる子!



「そ、それは……?」
「それは?」

 相手の動揺を見て取った美魚は、相手に思考の隙を与えぬように畳み掛けた。
 佐々美は”わたくしはできる子”と念仏のように唱えながら、カッと目を見開いて、



「ば、バナナダイエットですわっ!」



 そう力強く宣言した。






***






 笹瀬川佐々美は、女子寮の廊下を歩いている。
 あてどもなく歩いている。
 
「あ、笹瀬川先輩、こんばん……っ!?」

 笹瀬川佐々美は、女子寮の廊下を歩いている。
 バナナを山ほど抱えて、あてどもなく歩いている。

「何あれ……?」
「あの人、ソフト部二年の笹瀬川さんじゃない? 何であんなにバナナ抱えて歩いてるの……?」

 笹瀬川佐々美は、女子寮の廊下を歩いている。
 両腕に抱きかかえ、それでも零れ落ちるバナナの束をリノリウムの床にばら撒きながら、あてどもなく歩いている。

「アンタ、ちょっと聞いてきなさいよ」
「嫌よ、なんか怖いもん……負のオーラが出てるじゃん……」

 笹瀬川佐々美は、女子寮の廊下を歩いていた。



「「「佐々美様?」」」

 声に振り向くと、自らを慕う後輩三人が、痛ましげな顔で佐々美を気遣うように見つめていた。
 
「「「あの、どうなさったんですか?」」」

 取り巻き三人娘と称されることもあるソフト部一年生の少女らが、示し合わせたように声を合わせる。
 少し迷った末、佐々美は彼女らに一部始終を話すことにした。



 ――ば、バナナダイエットですわっ!
 ――そういうと思って、たくさん用意しておきましたっ! がっつり食べて、がっつり痩せてくださいー
 ――え? え? え?
 ――さすがクドリャフカ君、気が利くな
 ――いえいえ、それほどでもっ!
 ――まあそういうわけだ。諦めて持って帰るといい
 ――持って帰るもなにも、ここはわたくしの部屋ってそんなことはどうでもよろしくて、あ、ちょっと、何をなさるおつもりですの離しなさ――



「「「……」」」

 自らが慕う先輩の奮闘の、そのあっけない幕切れに、三人は言葉もなく黙り込んでしまった。予想通りといえば予想通りの反応に、佐々美は特に失望することなく少女らに背を向け、再びあてどもなくバナナを抱えて放浪しようと歩みかけ、

「佐々美様っ! 元気を出してくださいっ!」
「こんなときに勇気の出る魔法の言葉があるんですっ!」

 ”魔法の言葉”というフレーズに、ぴくりと佐々美が反応した。顔は背けたまま、しかし立ち去る様子もなく、少女らの言葉を待っているように佇んでいる。三人は、しめた、とばかりに廊下に落ちていたバナナを拾い上げると、声を合わせて、

「「「そんなバナナっ!!!!」」」

 ゆっくりと佐々美が振り返る。満面の笑み、にこーっと花が咲いたような笑顔に、三人は恋に落ちたようにうっとりとした恍惚の表情を浮かべ、

「「「むごごごごごおおお!?」」」

 三者三様の叫び声を上げ、揃って口からバナナを生やしていた。






***






 一方その頃、

「さて、大分ぐだぐだになってきたことだが、ここらで仕切りなおしとさせていただこうか」

 笹瀬川佐々美の涙ながらの奮闘などどこ吹く風、一同はいい加減そろそろ始めようじゃないかというオーラを全身に纏わせながら、唯湖の言葉に強く頷く。と、唐突にがちゃりとドアが開くのを見て、

 ”まさか理樹が様子を見にでも来たのか?”

 と一様に目を見開き、

「今何時だと思ってるんですか。日が日ですし、多少の騒ぎは大目に見ましょう。ですがあなたたちは度が過ぎています。少しは他の生徒の迷惑も考えて――」

 KYな風紀委員長の出現に、ある者はずっこけ、ある者は何ともいえない微妙な表情になり、またある者はアメリカ人のようなオーバーアクションで手を広げて大げさにため息をついた。

「このタイミングで来ますか、おねえちゃんは……」
「えっ? 何よ」

 とんとわからない、という様子の二木佳奈多に、唯湖が山ほど余っていたバナナを一つもぎ取って投げ渡す。

「いいから君はバナナでも喰ってろ」
「物に釣られるとでも思って、もぐもぐ、るんですか、はむはむ、大体あなたたちは、くっちゃくっちゃ、普段からおかしいおかしいとは思っていたけれど、ごっくん」

 おかしいのはあんたの頭だー!といいたげな一同の視線を全力でスルー。佳奈多は食べ終えたバナナの皮を名残惜しそうに3秒間見つめると、それを一番近くにいたクドリャフカの頭に乗せ、

「それでは失礼」

 足音をカツカツと立てながら、華麗に去っていった。 

「何をしにいらしたのでしょう……? 妹さん、解説をどうぞ」
「いやーみおちん、私にもあの行動の真意は読めませんヨ……」
「大方わいわい騒いでいるのを見て、自分も混ざりたいとでも思ったんだろう。相変わらず不器用なことだ」

 唯湖の解釈に、なるほどと頷く二人。その少し離れた先、ぽつんと一人佇むクドリャフカの、

「……とりあえず、私の頭にバナナの皮を乗っけていった理由を小一時間ほど問い詰めたいのですが……」

 やるせない言葉に応えるものは、誰もいなかった。




 

 荒れ狂うような暴風が辺り一体を覆いつくしていた。それはさながら”ケーキ”を争う女子寮の一室を象徴するかのように、勢い止まることを知らず周囲を暴れまわっていた。美魚が外の様子を見ようと窓へと近づいていくと、ちょうど人目を忍んで夜中のデートとしけこんでいたカップルが、用意していたらしいクリスマスプレゼントを飛ばされ、慌てて駆け回ってるのが見えた。美魚はその様子を嗜虐的な笑みで見送ると、いい加減決着をつけるべきときではないかと思い立ち、部屋の中央へと集っている少女の元へと戻った。

「それで来ヶ谷さん、結局何をするのでしょうか?」
「何だか面倒になってきたな、もう”ぎりぎりエロくないトーク合戦”でいいだろう」
「といいつつ何だかんだで自分にとって面白い選択をしてませんか?」
「まずは”インカ帝国って響きがエロいよね”という話題について」

 突拍子もない発言に、小毬が口に入れていた金平糖をぷーっと噴き出す。銀玉鉄砲のように飛び出した砂糖菓子の塊が勢いよくクドリャフカの頭に突き刺さるのにも構わず、

「だ、だめだよ〜。そんなこと言ったらいろいろな人に怒られちゃうよ?」

 そうフォローを入れ、次いで「私の頭の上はゴミ捨て場ではありませんっ」とぷりぷり怒っていたクドリャフカを宥めに入っていく。
 唯湖はそんな二人をおかしげに見つめながら、ふむ、と一つ頷くと、

「では代わりに”マチュ=ピチュって聞くと変な妄想が浮かび上がってきませんか”という議題を提案する」
「フリーダム過ぎます、来ヶ谷さんは……」

 手のふさがっている小毬に代わって、美魚が突っ込みを入れるも、唯湖は意に介さず”ケーキ”のほうへと向かい、

「というわけで”アレ”は私がいただくとしようか……むっ!?」

 どさくさに紛れてちゃっかりバナナに伸ばされていた唯湖の手を、何者かの手が食い止める。

「ほう……この私と対決、というわけかね、葉留佳君」
「いくら姉御といえども、これだけは譲るわけにはいかんですよ……」
 
 ばちばち、と火花が葉留佳と唯湖の間で弾けた。二人を止めるものは誰もおらず、部外者となった他の四人が見守る中、今二人の師弟(?)の戦いが幕を明けた。



***



 BATTLE START!!



 ゆいこの せんせいこうげき!
 
「大体君は散々靴下やら手やら口やらで理樹君にしてあげていたじゃないか。もう満足だろう」
「うっ!」

 こうかは ばつぐんだ!
 はるかのせいしんに 50のだめーじ!

 はるかの こうげき!

「姉御こそ余裕の表情で理樹くんからかってたら唐突に”唯湖さん”と呼ばれちゃって真っ赤になってたじゃないですか!」
「くっ!」

 こうかは ばつぐんだ!
 ゆいこのせいしんに 50のだめーじ!

 ゆいこの かうんたーこうげき!

「えーいやかましいわこの超奥手娘が。自分の部屋へ誘うのにも素直に来て欲しいとは言えず、自分の家がいかに学校から遠いかを証明するとか嘘臭すぎる姑息な手を使うとは、君も堕ちたな葉留佳君」
「ぐはああああ!?」

 きゅうしょをついた!
 こうかは ばつぐんだ!
 はるかのせいしんに 100のだめーじ!

「おのれ姉御、まさかそこをついてくるとは……」
「ふっ。降参かね?」
「まさかっ!」

 はるかの きあいため!
 はるかのしゅういに きがみちていく!

 ゆいこはようすをみている。

 はるかのこうげき!

「大体姉御のほうこそその無駄に超でっかいおっぱいで理樹くんのあれを挟んだり、そのあげく舌を使ったりしてあげてさぞや満足でしょうがっ! これ以上何を求めるんですかっ!」
「ごふっ!? お、思い出させるなああああ!」

 きゅうしょをついた!
 こうかは ばつぐんだ!
 ゆいこのせいしんに 120のだめーじ!

「なかなかやるようになったじゃないか、君も……」 
「伊達に姉御に鍛えられてませんからネ……」

 ゆいこは ようすをみている。
 はるかは ようすをみている。
 ゆいこは ようすをみている。
 はるかは ようすをみている。

 あっ! やせいの こまりが とびだしてきた!

「皆いいなぁ……華やかな思い出ばっかりで……。私なんて、そういうの、バッドルートにしかなかったし……」

 こまりの ふいうちこうげき!

「「…………………………………………ごめんなさい」」

 たたかいは しゅうりょうした……。



***



「なあ葉留佳君」
「はい、何でしょうか姉御」
「もう、小毬君に捧げるということで、よくないか?」
「異議なし、です」

 唐突に終焉となった葉留佳と唯湖の戦いは、二人にある一つの結論をもたらした。
 それは、

 ”あの世界で一番恵まれなかったのは誰か?”

 という問いへの答えでもある。痛ましげな表情の小毬を気の毒そうに見ていた唯湖は、葉留佳の答えに深く頷くと、呆然としていた他の三人にも呼びかける。

「異議ある者は、挙手を」

 誰も手を挙げなかった。
 全員の答えに満足した唯湖は、小毬のほうへと向き直り、いつになく優しい表情で、

「というわけだ小毬君。”アレ”は君の物となった。全会一致による可決も得ている。遠慮なくしゃぶるなり弄ぶなりかぶりつくなり、好きにするといい」
「ふぇ?」

 きょとんと、わけがわからない様子の小毬に、唯湖がもう一度同じことを告げる。すると小毬は、頭に言葉の意味が染み込んできたのか、徐々に紅潮していく。

「え、だって、皆、いいの?」

 申し訳なさそうな小毬に、

「他ならぬこまりちゃんなら、いい」
「私はまあ、あっちでいろいろ良い事あったしね。これ以上望んだら、罰が当たっちゃいますヨ」
「右に同じだな」
「私はあっちでは恵まれてたほうですから……ここは小毬さんにお譲りするのです」
「よく考えたらただのバナナですし……あいたっ、何をするんですか三枝さん」

 各々が苦笑しながら、それぞれ異なる言葉でもって同様の回答で彼女の問いに答えた。

 つーっと一滴、小毬の頬を伝って床に落ちるものがあった。感極まるあまり、涙腺が緩んでしまったのだろう。誰もがそれに気づいていたが、誰もがそれに気づかなかったように、一際明るい声でお菓子を開けて食べたり歓談にいそしんでいく。小毬は少し離れたところでそれを見つめて、

 ”みんな、ありがとう”

 口には出さず、心の中で礼を述べた。
 そうしてぺこりと一礼し、”例のアレ”のほうへと歩みを進める。

 膝元でしゃがみこみ、チョコバナナにそっと手を伸ばす。
 一つ、二つ、やさしくそれを撫でると、小毬の手に、溶けかかったチョコレートの切れ端が薄く伸びていた。
 小毬は軽くそれに口付けし、

「あまい……」

 陶酔したように呟いて、我慢できない、とばかりにバナナを根元から引っこ抜き、

「いただきま〜す!」

 そう高らかに宣言し、満面の笑みでバナナをくわえ込もうと口を大きく開けて、

「えーと、皆、恭介がそろそろパーティー始めようって言ってるんだけど、準備できたかな?」

 少年の来訪に慌てたあまり、バナナを放り投げてしまった。



 投げられたバナナは奇跡的な軌跡を描きながら、

 ゆっくり、ゆっくりと放物線の頂点を越え、

 下降していった。

 縦のスピンがかけられたバナナが、まるで何かの冗談みたく、くるくると回転しながら、

 パーティー開催のお知らせを告げに来てみたら唐突に自分の身にバナナが降りかかってきていて何の反応もできず、ただぽかんとしているばかりだった直枝理樹の口に、

 すぽん、と音を立てて着地した。 

 瞬間、時が止まる。

 誰もが口をきけず、

 誰もが身動き一つ取れなかった。 

 ただ時計の針だけが、我関せずとばかり、

 午前0時:クリスマス当日の来訪を、静かに知らせていた――






 後に西園美魚はこの出来事を振り返ってこう述べたという。

「まさか自家発電セルフ○○○とは……」

「予想外でした……」

  

  



あとがき


 初めましての方は初めまして、何度か拙作に出会ったことがあるよという方はいつもありがとうございます、知人の方々には改めて自己紹介するまでもないですね、こんにちはNELUOです。
 またこんなん書きました。パロディに壊れ、混沌と統一性などまるで無視した構成となりました。お祭りに参加する度に脳の病気度が進行しているような気がします。あと2〜3回参加したらもう僕は遠い彼方へと飛び去っていくのでしょうかなどと意味不明な危惧を抱えながらこのあとがきを書いています。

 ネタ自体は参加申し込み時に既にあがっていたのですが、なにぶんゴタゴタが続いたのと書く気力が沸いてこなかったのと、まあ様々な障害に阻まれまして、12月24日完成予定だったこの作品も、気が付けばクリスマスを二週間ばかり過ぎてから仕上がるというこの体たらく。参加者の方々にも、主催様にももう頭が上がらない次第であります。

 さて、今回の拙作なのですが、実はタイトルからあとがきも含めまして一つの作品とする予定なのでした。残念なことというか自業自得なのですが、そのあとがきというのが24日あるいは25日限定的なものでして、それを過ぎてしまうと何の価値もなくなるという悲劇的喜劇的要素を多分に含むものでありましたために、クリスマスを過ぎてからというもの唐突に気力ゲージがMin状態に達し、そこから抜け出すことができていなかったのであります。……ええ、おっしゃるとおり、ごもっともです。すべて、計画性のないわたくしが悪いのであります。言葉もございません。

 そうした事情もございまして、タイトルも含めた内容のすべてが、書く予定だったあとがきのためだけに綴ったこの物語ですので、もうクリスマスどころか年が明けちゃってるじゃんという空気漂います中、個人的にタイムスリップさせていただくこととして、最後に”予定として”組み込まれていたあとがきを書かせていただきます。
 ここまで長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

***



 やあ(´・ω・`)

 ようこそ、この作品へ。

 このシャンメリーはサービスだから、まずは飲んで落ち着いて欲しい。

 うん、「馬鹿SS」なんだ。済まない。

 仏の顔もっていうしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

 でもこのタイトルを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。

 世の中幸せなこともあれば不幸なこともある、出会いがあれば別れもあり、愛があれば憎しみもある。

 世間が浮かれ騒ぐ中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい。

 そう思って、この物語を書いたんだ。



 さらにいえば、このクリスマスという糞益体もないお祭り事の最中、一人ディスプレイに向かいSSを読みふけるあなたに、どうしても伝えことがあったからなんだ。

 今あなたの心には何があるだろうか?

 ”クリスマス? ただの12月24日と25日だろ?” と心の底からそう思って、悟りを開いているあなたに、僕は何も伝えられないだろう。

 そんなあなたに、伝えるべき言葉もないしね。

 ただ、”クリスマス? だから何?” と強がって、一人寂しく心の中で涙を流して夜を過ごす人が、もしいるのならば、

 あなたには、どうか笑っていて欲しい。

 笑えないならば、嗤っていてもいい。

 哂っていてもいいし、嘲笑っていてもいい。

 ただほんの一時、刹那でもあなたのその心の隙間を埋めることが出来たならば、

 僕がこの物語を書いたことには意味があったと思うんだ。

 

 あなたがこの作品を読み終える頃には、もう日が変わっていることだろう。

 だから、今、全ての独り身に捧げる最期の言葉。

 これを共に叫んで、今日という日を終わりにしようか。



”聖なる夜に、さようなら”めりー・くりすます




















お囃子・感想などいただけましたら。

おなまえ(省略可)



お囃子!(→盛大)

ぱち ぱちぱち ぱちぱちぱち

よろしければ何か一言!(省略可)





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