"デーゲーム"






















































 立ち見千円。いつものチケットを買うと、改修したばかりだというのに古ぼけた球場の中へと足を踏み入れる。
 割れんばかりの応援合戦。一ヶ月ほど前に訪れた時はそれもあった。しかしオレが今踏み入れた球場には、それはない。あるのは淡々と繰り返される投げる、打つ、捕るの作業だけだ。
 試合開始まで、まだ少々の時間がある。今守備練習をしているのは先攻のチーム、つまりビジター側だ。既に今季五位が確定しているビジターチームの動きは、心なしか怠慢のようにも見える。
 三塁側内野席。限りなく外野席に近い席に腰を下ろす。

「……」

 週に何度か訪れるこの球場。この場所がオレの定位置になりつつある。
 そもそも立ち見用のチケットで入ってるんだから座っては不味いのだが、咎められることはないだろう。それほどにも下位の消化試合は人の入りが悪い。それもリーグ五位と最下位の試合ともなれば、援団かオレのような暇人しか観戦なんかしない。
 
「暇人、ねぇ……」

 思い返してみると、実は暇ではないかもしれない。いや、思う返すほどでもないと思うけど。
 現在十月初頭、来週にはセンター入試の応募が締め切られる。一応学校で用紙の記入をして提出もしたし、大丈夫だとは思うのだが。

「……」

 それを意図することは、当然進学するということだ。しかし、ひとつだけ問題がある。

「……しなきゃ不味いもんかね?」

 高校だって、義務教育じゃない。50分の授業が苦痛だというのに、90分の講義に耐えられるわけがない。そもそも、オレはデスクワークが似合う柄でもない。それだったら、進学する意味なんてない。
 しかし、だ。

「ふぅー……」

 オレは流されてしまっている。それが駄目なことだってわかっている。でも皆進学して、オレだけ社会に出て、オレは変わらずにいられるのだろうか。それでも友達でいられるだろうか。

(……)

 子供の意見だ、ということはわかっている。わかっていて言っているんだ。
 一人だけ社会に放り出されて、オレは大丈夫なのだろうか。オレはそんなに、タフな奴だっただろうか。
 思わず下げてしまっていた頭を上げ、いつもと変わり映えがしない球場を眺める。いつの間にか発表されていたのだろう、スターティングラインナップを見ると、今年入団したばかりの内野手がスタメンに入っていた。
 
「野球選手って、月にいくらもらえるんだろう……」

 確か大卒、社会人卒で契約金満額が一億、初年度年俸が1000万前後。年俸だけでも一ヶ月で換算すれば1000万割る12で、

「は、83万……?」

 現実味がなさ過ぎる。月々の給料だけでもオレが生涯(バイトで)稼いだ額よりも多い。
 二軍選手でも600万くらいはもらっているのだから、月に50万はもらっていることになる。

「才能の差か、はたまた努力の差か……」

 大きく溜息を吐く。なるほど、日本で最大級のプロスポーツは伊達じゃない。
 ちょっとした虚無感を覚えつつ、プレイボールの声を聴いた。





















































 試合が始まっても静かなものだった。
 あまり力が入っていないフォームから投げ込まれる球を、軽く弾き返しては野手が取る。まるで野球ゲームをスキップしているかのように試合は進んでいく。

(投手戦……ってわけでもないんだよな)

 ひゅっ、ぱすっ、ひゅっ、こきっ、ぱすっ。
 昼下がりから始まった試合は、イマイチ真剣味に欠ける。唯一応援団が頑張っているが、高校野球の一、二回戦を思い出させるくらいの勢いしかない。
 でも、それがたまらなく面白い。テレビで観戦するようにのんびりとでき、尚且つこの臨場感。それにこうやって安い料金で見れるのも消化試合、それも下位のチームならではだろう。
 オレの場合、完全にやっちゃいけないことだけど。

(あっ……)

 乾いた音。大きな弧を描き、白球が秋空を駆ける。数少ない声援を受け、長い長い滞空時間を終え誰もいないレフトスタンドで大きく跳ねた。
 プロ20年目、遅咲の大ベテランの一打。前球団を戦力外通告を受けた時に引退も考えたそうだが、現在ではクリーンナップの一角を担っている。

(人生、諦めないことも大切なんだなあ……)

 ベンチ前で破顔して同僚たちとハイタッチしている彼を見ていると、そう思う。普通ベテランなんて消化試合に入ってしまうと若手に出番を奪われてしまうものだが、彼はそのポジションを守り続けている。
 きっと自分から願い出たのだろう、彼にとってプレイすることが存在価値なのだから。

(存在価値……)

 じゃあ、オレの存在価値って何だろう。
 親父もお袋も下の兄妹ばかりに手を焼いているし、それどころか「高校卒業したら実家を出ろ」とまで言われている。今時家を守るっていうのも古い考えなんだろう、手狭になった実家には長男の居場所がないらしい。
 バイト先だってそうだ。別にオレが休んでも誰かがローテーションを守るだろうし、もし辞めても代わりの誰かが雇われるだけだ。

(オレの存在価値って何だろう……)

 そんな途方もないことを考えていても、試合は進行していく。1対0、ベテランの一打で火が付いたのか、いつの間にか熱戦へと突入している。気合いが乗ったプレイが、援団の応援を盛り上げ、その応援が選手たちも盛り立てる。
 意味のないこと。そう、これは消化試合。でもそんなこと言ったら、オレがこうしていることだって意味のないこと。盛り上げに欠ける試合に出す紙幣があるのなら、雑誌を買った方がずっと長く暇を潰せる。
 無趣味なオレの、唯一の趣味。そんなこと言って飾っても、そんなに格好の良いものじゃない。きっとオレだって、彼らと同じなのだから。

「よく飽きないわね……」

 ふう、と溜息が聴こえる。周りには誰もいない、ならばその台詞はオレに向けられたものだろうか。
 そうだ、オレは彼女の声を知っている。いつもクールで、あまり感情を表に出さない。きっと振り返ると、いつものようにウェーブのかかった美麗な髪が風に揺れているだろう。

「飽きないさ。趣味だもの」

 短くそう答える。あんまり話すのが得意じゃないオレにとって、それくらいしか返す言葉が見つからない。オレに相沢ほどの度胸と話術があったら、一体どんな言葉を紡ぐのだろうか。

「幸せそうね」

 そう言って、また彼女は溜息を吐いた。呆れているのか、微笑ましく思っているのか。きっと彼女にとっては、くだらないことには違いない。

「そうでもないさ」

 また短く答える。きっと受け取る側からすれば面白くないことだってことはわかってる。それでもオレは、それ以上の言葉が見つからないのだ。

「じゃあ、何で趣味にしてるの?」

 初めて彼女は、オレに疑問を向けた。前の二言は質問じゃない、独り言のそれに近いものだ。ただオレが、それにつまらない答えを返しただけであって。
 きっとオレという奴は、またもや面白くもない答えを返すのだろう。

「消化試合ってさ、意味ないんだよ」

 ほら、まただ。ただ珍しいことと言えば、それで終わりでなく、まだ言葉を続けようとしていることだけだ。
 彼女は続きを待っている。仕方がなくなのか、それとも本当に興味があるのか。それは定かではないが、オレは続きを紡ぐ。

「別にタイトル争いでもしてない限り、プレイする意味なんてない」

 しかし彼らの球団は優勝争いはおろか、未だタイトルを得た者もいない。こうして試合をしていることは、文字通りの"消化行為"だ。
 そうだ、彼らを突き動かすものと言えば。

「……意地なんだろうなぁ」

 然るところ、それしかない。オレにとって答えはそれしかないが、オレの後ろに座っているだろう、少女にはきっとクエスチョンマークが浮かんでいるに違いない。

「来年こそ! 来年こそ! ってさ……あーあ、情けねーや」

 大げさに、ちょっと自嘲気味に笑う。そうしたあとに、自分の行動にクエスチョンマークが浮かんだ。
 何故? なんで自嘲する必要がある?
 オレにはわからない。しかし、彼女はきっと知っていたのだろう。

「……どっちが?」

 多分、彼女は微笑んでいる。それは嫌らしくない笑顔だ。ただ、見透かされているような目線は少しだけ嫌だけれど。

「何と何を比べてる?」

 何となく察しは付いた。それでも訊ねてしまうのは、きっと言葉で確認しなきゃいけないことだから。

「チームとあなた」

「俺?」

 我ながら女々しいと思う。わかっていながら、訊ね返してしまうのだから。それでも彼女は返事を返してくれる。考えてることは、きっと同じ。

「情けないと思わない? 消化試合と自分を重ね合わせちゃってさ」

「情けない、か……うん、そういう考えはしたことなかったな」

 そうか、情けないのか。
 オレは自分の置かれている状況がイマイチ把握できていなかった。駄目な奴、とは考えていた。けれど、情けないとは考えたことがなかった。

「で、どうなの?」

 問いただすような、次に言葉。それでもいつもの彼女に比べ、それは威圧的ではない。むしろ優しく、オレを誘うような。
 それも、少しだけ情けないことだ。

「そうだな……少なくとも、今は情けないと思う」

「言いたいことは?」

 ずっとあった。
 それでもオレは、今グラウンドで輝いている彼らとは違って才能も努力もなくて。だからオレは、いつまでも劣等感の塊で。
 憧れだった。隣の席に座っているだけで良かった。だから気持ちに素直な相沢が羨ましくて。様々な彼女の顔を引き出す相沢が妬ましくて。ただ一緒にいるだけで嬉しいオレがいて。
 だからオレは、いつまでも情けないままだったんだ。

「美坂、好きだ」

 オレの目は前を見据えている。返事が返ってこなくたっていいじゃないか。それでも今のままでいるよりは幾分かはマシなのだから。
 少しだけ、風の声と声援だけが世界を支配する。けれどそれは気まずい空気ではない、この晴れ渡る秋空のように、オレと美坂の間には爽やかな風が吹いていた。

「そ、そんな急に言わなくたって良いじゃない……」

 拗ねたように、声。わかっている、美坂はいつでもそうだった。
 この日初めて振り返りながら、オレは言う。

「これ以上、情けなくいるのは辛くてさ」

 オレが思った通り、顔を赤らめた美坂香里がそこにいた。








 ほら、好きな子の前で格好付けることくらい、才能がなくたってできるだろう?





















































 その翌年のことだ。甲子園を沸かせたオレたちと同い年の化物エース、そして更に大きな花を咲かせて本塁打王と打点王に二冠王に輝いた大ベテランを有した東北球団は、四位という結果を得た。
 リーグ加盟三年目、彼らのゆくところは明るそうである。 





















































「契約金って、一億くらいもらえるんだよなぁ……」

 今年の甲子園を沸かせた二大エースの一人は、オレが何気なく眺めていたチームへの入団を決めた。契約金は満額、推定年棒は1500万だそうだ。

「北川君は、それを稼ぐのにどれくらい掛かるかしら?」

 美坂はウェイトレスから受け取ったばかりのアメリカンにミルクを注ぎながら、あまりにも慈悲のないことを呟いた。
 高卒の初任給、それと日本人の平均年収などの様々な要因を計算してみる。

「じゅ、じゅー……何年?」

 絶望しか待っていなかった。

「期待してないで待ってるわ」

 シュガーは入れず、美坂はカップに口を付けた。オレたち二人のゆくところは明るくないが、美坂はちょっと面白そうだった。

「……ハイ」

 だからオレは、そう頷くしかない。
 オレの人生は、彼らのように脚光を浴びることはないだろう。しかしそれでも頑張ろうと思うのは、当たり前のように彼女がいてくれているからだと思う。

「ヒーローだけが目立つナイターより、誰も目立たないデーゲーム……か」

 そう、あの日のデーゲームだ。まだオレはあの日のスタンドに座ったままでいる。だから、目立たなくても立ちあがらなきゃいけない。デーゲームの消化試合でも、あの日の大ベテランのように輝かなくてはいけない。

「……何言ってるの?」

「いや……ヒーローになれない、一般人の戯言だよ」

 つまらないね、と付け加える。

「そう思うなら、早く職活すれば?」

「……仰る通りで」

 さて、そろそろ俺もマウンドに登るとしよう。誰も目立たない、デーゲームの舞台へ。
 電光掲示板に、名前すら書かれない俺だけども。

「……何よ?」

「いや……何でもないさ」










 お父さん、お母さん。守りたい人ができました。


































































【あとがき】

ハイ、遅刻して現れた者です……すみませんすみません、空き缶を投げ入れないで下さいorz
テーマは"デーゲーム"、ハイ他に誰も選んでないー(笑)

とりあえず安易に野球をば、そしてキャラクターは北川とかおりんをチョイスしてみました。
……ネタがマニアックですみません、北国だからって●天ですみません……だ、だって日●ムってあんまり好きじゃないし(←言い切ったw)
時系列は無視の方向でお願いします、使いやすいネタを使っただけですので現実と比べられてしまうと随分違いますので……まぁ、わかる人にはにやり、程度にネタを散りばめているつもりです。ハイ。
台詞はちょっとキザで詩的な感じをイメージしました。やっぱり秋と言えば純文学ですからね(←無関係)

終始楽●トークですみませんでした、野球ネタがわからない人は申し訳ありませんでした。
そんな私はロッ●ファn(終われ







おしまい。












お囃子・感想などいただけましたら。

おなまえ(省略可)



お囃子!(→盛大)

ぱち ぱちぱち ぱちぱちぱち

よろしければ何か一言!(省略可)





Back