『ケダモノの嵐』 byみな吉
「ゆういち〜」
日曜日。部活に入っておらず、早起きをする必要がない祐一が部屋で惰眠を貪っていると、大声を上げながら、真琴が走りこんできた。
「ん、真琴。どかしたのか?」
ベットに横になったまま、祐一が真琴に尋ねる。
しかし真琴はそれを無視して、祐一の腕をつかむと、早く来いと言わんばかりに、思いっきり引っ張った。しかし、力が足りないのか、祐一は動かない。
「ゆういち〜、早く〜」
「だからどうしたんだ?」
「いいから早く〜」
「だからどうしんたんだって?」
「いいから〜」
腕を引っ張りながら真琴。どうしたのかと尋ねる祐一。まったく会話になっていない会話を続けていると、開いたままだった部屋のドアから、ピロが入って来た。
そのままとことこと部屋の中を歩き、ベッドで寝ている祐一の上で丸くなる。
「真琴、少し静かにしろ。ピロが寝始めたぞ」
「あぅー! だからそのピロが大変なんだってば!」
「どこが大変なんだ。いたって普通じゃないか」
自分の胸の上で丸くなっているピロを見ながら、祐一が言った。ピロは相変わらず、幸せそうに眠っている。
と、その時足音が聞こえた。部屋の入り口から。先ほど入ってきたピロと同じ足音。祐一がピロをどかしながら起き上がり、部屋の入り口を見た。そこには、今自分のベッドの上にいる猫と、まったく同じ猫がいた。
「……」
祐一が目をこすり、もう一度入り口を見た。確かに、居る。ピロがもう一匹。
「駄目じゃないか、真琴。勝手に猫を連れてきたりしたら」
「あぅー! 真琴が起きたときにはもうこうなってたの!!」
微妙に現実逃避を始めている祐一の言葉を、真琴が素で返した。ドアのところに居るピロは、とことこと部屋の中に入ってきて、これまたベッドの上に乗り、眠り始める。
祐一と真琴が、ベッドの上で眠っているピロ×2を見つめる。まったく持って瓜二つだ。いきなり、どっちが前から家にいたピロだ? と聞かれても誰も答えられないだろう。そして、また足音。びくぅ! と体を震わせながら、祐一と真琴が部屋の入り口を見た
一匹、二匹……、次から次へと、ピロが部屋の中に入ってきて、ベッドの上で眠り始める。その内、祐一が座っているスペースがなくなり、ベッドから下りた。
「一体、どうなっているんだ……」
祐一が呆然と呟いた。
「つまり、真琴が起きたときには、ピロはもう既に増えていたと」
「うん」
場所を移してリビング。向かい合った状態で座りながら。祐一と真琴は話をしていた。内容は当然。いきなり増殖したピロのことである。ちなみにピロは、未だに祐一の部屋で眠っていた。
「本当に心当たりはないのか?」
「あるわけないでしょ!」
疑わしそうな祐一に、真琴が吼える。まあまあ、と手を動かしながら、祐一はこれからどうするかについて考え始めた。今一番頼りになりそうな、この家の家主であり、祐一のおばでもある水瀬秋子は出張中であり、来週になるまで帰ってこず、一番の問題である祐一の従姉妹、水瀬名雪は陸上部で部活のはずだが、時間的にあと1時間もせずに帰ってくるだろう。
「とりあえず、あの増殖したピロを、名雪に見せないようにしよう」
猫アレルギーなのに、極度の猫好きである名雪にとって、あのピロたちは天国であり、地獄だろう。真琴もそれが分かっているのか、うなずく。そしてそのまま、二人とも黙りこくった。そのまま、考え始める。考え、考え、考え……
「あ〜う〜」
真琴が倒れた。顔を真っ赤にして、目を回している。
「おい、真琴! 大丈夫か?!」
席を立ち真琴に近づく。そのまま真琴の隣に座り、真琴の頭を撫で始めた。
「あんまり無理するなよ」
「あう〜」
幸せそうな顔の、祐一と真琴。その空気を破ったのは「ただいまー」という、目下、最大の悩みの種である水瀬名雪だった。
「ただいまー」
明るい声を出しながら、名雪が家に帰ってきた。そのまままっすぐ、リビングに入ってくる。
「おお、名雪。お帰り」
「おかえり〜」
椅子に座ったまま、振り返りながら祐一が言って、うつ伏せのまま、真琴が言った。
「真琴? どうかしたの?」
名雪が不思議そうに尋ねる。真琴は跳ね起き、首を思いっきり振った。
「そう? ならいいけど……」
名雪が言った。それで終わればよかったのだが、二階でトコトコと足音が聞こえた。
「ピロ。二階にいるの?」
名雪が二階を見上げながら、祐一と真琴に聞いた。お互いに何も言わない。むしろ何も言えないのが現実だが。
トコトコと足音が聞こえる。
トコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコ………………
「な、なんかいっぱいいない?」
「増えてないか?」
名雪と祐一がわずかに引きつった顔になり、真琴が祐一にすがりつく。
「ゆ、ゆういち〜」
トコトコと足音が階段を下りてくる。そしてリビングに、ピロが入ってくる。一匹、二匹……三四五六七八九……
「やっぱり増えてるな」
「ピロ〜。ピ〜ロ〜」
「名雪、落ち着け」
総計何匹か分からないほどの数になったピロに向かって、名雪が向かおうとするのを、祐一が羽交い絞めにして止める。
「ゆ、ゆういち〜」
さらに強く、真琴が祐一の服の裾を握り締めた。リビングに入ってきたピロたちは、しばらく部屋の中を好き放題動いた後、全員がある一点でを見て止まった。ピロたちの指定席である、そう、真琴の頭の上である。
「え、え、え……」
真琴が戸惑ったように、ピロたちを見回す。じりじりとピロたちが真琴に近づいていき、次の瞬間
「あーうー!」
真琴がリビングから逃走し、それをピロたちが追う。しばらくしてから、玄関の開いた音が聞こえた。とたん、家の中が静かになる。
「ま、真琴?!」
名雪を離し、慌てて玄関の方を見ると、そこには開いたまま放置してある、玄関だけだった。
「真琴!!」
祐一が慌てて外に飛び出すが、外には猫の子一匹いない。
「くそっ」
慌てて祐一が、真琴を探すために走り始めた。
ちなみに、祐一が名雪を離して外に出た後も、しばらく「ピロ〜、ピ〜ロ〜」といもしないピロを求めていたのは、別の話。
月宮あゆは商店街を歩きながら、いつものお店で買ったたい焼きを食べていた。
「ん〜、休みっていいねえ」
独り言を言いながら、たい焼きを一口。あんこの甘さが口の中に広がり、幸せな気分になる。
「祐一君はまだ寝てるのかな」
商店街に出かける際、一緒に行かないかと誘ったのだが、眠いからという理由で断られてしまった。思い出し、少しむっとしたが、あんこの甘さで再び忘れる。
「あ〜う〜」
ふと、どこかからか、聞き知った声が聞こえた。声のした方を向くと、同じく水瀬家に同居している真琴がこちらに走ってきている。
「真琴ちゃん?」
「あ、あゆ〜。助けて〜」
そう言いながら、真琴はあゆをつかむと、そのまま後ろに隠れた。何故だろうと思いあゆが真琴の走ってきた方を見ると
「……へ?」
ピロがこちらに向かって走ってきていた。それも一匹ではない。
「あゆ〜」
背中では、不安そうな真琴の声。前からは、数え切れないくらい道に広がった、ピロの大群。
「と、とりあえず……」
「とりあえず?」
「逃げようか、真琴ちゃん」
言うが早いか、後ろを向き逃げ出す。その後を、慌てて真琴が追ってきた。後ろからは、本来聞こえないはずのピロの足音が、ドドドドドと効果音のように聞こえる。
「うぐー」
「あーうー」
それぞれの悲鳴(?)が商店街に響いた。
「おーい! 真琴ー!!」
商店街で、祐一は大声で怒鳴っていた。あの後、全力疾走をしてきたにもかかわらず、真琴はおろか、ピロたちの姿すら見えなかった。
「くそっ。どこまで行ったんだ」
悪態をつき、再び走り始める。
「うぐー」
「あーうー」
場所は移り、商店街から公園へ。ちなみにこの間、二人はまったくスピードを落としていない。ふと目の前に、知った顔が見えた。あゆの学校の同級生であり、真琴の友達でもある、天野美汐であった。手にはビニール袋。どこかへの買い物へ行っていたらしい。美汐は、こちらに走ってくるあゆと真琴の気がついたのか、二人に声をかけた。
「真琴、あゆさんも。どうかしたのですか?」
真琴とあゆは、美汐の背中に回り込んだ。そのまま、びくびくと震えている。
「本当にどうかしたのですか?」
訝しげな美汐に対し、真琴とあゆは、自分たちが走ってきた方向を指差した。美汐が見ると、
「……」
真琴が飼っている猫がいた。確か名前はピロだったか。そのピロがたくさんいた。
「真琴、あゆさん。あれはいったい、どういうことなのですか?」
美汐がたずねるが、後ろから返答が無い。美汐が後ろを見ると、既にその場に真琴とあゆはおらず、遥か後方を走っていた。
「……はい?」
バッと美汐は再び、ピロたちの方を見た。既に目前。今から走り出しても間に合わないだろう。
「は、はは、は……」
普段の美汐からは想像つかないような、引きつった笑み。そして、
「キャーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
同じく普段の美汐からは想像できないような、悲鳴が公園に木霊した。
「どうかしたのか、天野」
公園で大の字になって倒れている美汐を、祐一は見つけた。顔を覗き込み尋ねるが、美汐は完全に目を回している。ふと、美汐の体に、猫の毛がたくさんついているのが分かった。
「これは……。おい、天野。起きてくれ」
肩を掴み、揺さぶる。しばらくすると、美汐が目を覚ました。しばらくぼんやりしてから、「相沢さん?」と祐一に声をかける。
「天野、この猫の毛は一体……」
「相沢さん!!」
祐一の問いを無視して、美汐が抱きついた。そのままぶるぶると震える。
「おい、天野。本当にどうかしたのか?!」
「猫が〜猫が〜」
呟き、震えている美汐が、猫っぽいなぁと思いつつ、祐一は面倒くさいことになりそうなので、思いを口に出すことなく、先ほどと同じ質問をした。すると美汐が、「ピロが〜ピロが〜」と先ほどとは違う呟きをし始めた。
「やっぱりそうなんだな。どっちに行った?」
美汐を体から離し、祐一は再度尋ねる。すると美汐は、震える指先で指差した。
「分かった」
祐一が走り始める。そのまま美汐はその場に放置され、しばらく呆然としていたが、ふと「ニャー」と鳴き声が聞こえた。震えながら、そちらを見、再び普段の美汐からは想像もできないような悲鳴を上げ、気絶した。鳴いた猫―ピロではないのだか―はいきなり気絶した見汐を、不思議そうな目で見ていた。
誰にも会うことなく、祐一はただひたすらに走っていた。途中の曲がり角などを、全て勘で曲がりながら、スピードを落とすことなく、走ってゆく。
「くそ、どこだよ」
また曲がり角。一度止まり、息を軽く整えてから、再度走り出す。しばらく走ると、何か巨大な影が、向こうの方で出てきた。見覚えのある後姿。紛れも無くピロだった。
「なっ!?」
一瞬戸惑う。が、次の時には、既に巨大化したピロに向かって走っていた。
「あーうー……」
「うぐー……」
少し時間を戻して、ピロたちから逃げていた、真琴とあゆ。しかし二人は、追い込まれたわけでもなく、ただ逃げることに必死になっていて、場所を把握することを怠っていた。なので今、三方を壁で囲まれた路地に、立っている。眼前には、ピロの大群。
「ど、どうしようか、真琴ちゃん」
「……」
あゆが聞くが、真琴は答えられない。ふと、目の前のピロたちの様子が変わった気がした。数が減っている。かわりに……
「お、大きくなってる?」
あゆが、確認するように呟く。するとピロがまた減り、大きくなった。そのまま、減る、大きくなるが繰り返され、一匹になったピロは、真琴とあゆの、何十倍以上の大きさになっていた。その姿を、呆然と真琴とあゆが見上げる。
「……」
無言でピロが近づいてきた。足を着くと、その衝撃で真琴とあゆが一瞬浮く。その調子で近づいてきたが、ふと立ち止まり、振り向いた。真琴とあゆも、同じようにそちらを見ると、肩で息をしている祐一がいた。
「祐一君!!」
「ゆういち〜」
真琴とあゆが弾んだ声を出す。その言葉に一度祐一がうなずくと、ポケットから何かを取り出した。真琴には見覚えがあったが、あゆにはないらしく、棒を見ながら、首をかしげている。
「変身!!」
大して珍しくない掛け声を祐一がして、直後、祐一の体が光に包まれたかと思うと巨大化。顔が祐一で、胴体が某、光の巨人によく似た体の、かなーり違和感のある巨人が、そこに立っていた。
「……」
真琴の隣で、あゆが目を丸くしている。祐一顔の妙な巨人が、どこから取り出したのか、巨大な木刀を構えた。そのまま、巨大ピロを睨みつける。ピロも同じように、威嚇していた。
「が、がんばれー、ゆういちー!!」
一瞬戸惑ったものの、真琴が祐(中略)巨人を応援する。その言葉に、祐(中略)巨人が、うなずいた。そして、ピロに向かって走る。戦闘が始まった……。
「あう?!」
部屋で、真琴が跳ね起きた。そのまま荒い息を吐きながら、部屋の中を見回し、ため息をつく。そして電気をつけると、枕元に置いてあった漫画雑誌を手に取った。
表紙には、某、光の巨人の顔がアップで描いてある。
「……」
見つめ続け、再びため息をついた。そういえば祐一に借りた漫画雑誌を、寝る前に何度も読んでいたなぁ、とぼんやり考える。だからといってあの夢を見たのは、妙な話だが。
ふと、足元に気配。真琴が漫画雑誌から目を離すと、そちらを見た。そして呆然となる。
「あ、あーうー……」
ピロがいた。まだいい。二匹いた。かなり良くない。
「ゆ、ゆういち〜」
真琴は布団から出て、まっすぐ祐一の部屋に向かい、ドアを開けた……。振り出しに戻る。
終われ。
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