「それでは,ろくなお構いもできませんけどごゆっくりなさってくださいね?」

 とても自分よりも一学年上の娘が居るようには思えない,美しい女性の三つ編みにまとめた長めの髪が,微笑みと共にその胸前で微かに揺れる。

「いいえ,どうもありがとうございます」

 勧められた座布団の上に,その小さな膝を行儀良くまとめて少女は深々とお辞儀をした。

「何かありましたら,階下におりますので」

 あたたかな微笑みと共にオーク地の重めの扉がぱたんと閉まるのを見送ると,少女は小ざっぱりと片付いたその部屋の中を一通り見渡す。人様の部屋をじろじろと眺めるという所作は彼女の本質に無いところではあるのだが,この場合は好奇心がその倫理観にどうしても勝ってしまう。

「………確かに,相沢さんはウソをつきませんでしたね………」

 そう,ここは彼女の一学年上の先輩であるところの,相沢祐一の部屋の中であった。

「………キレイな部屋………」

 春の遅いこの街の穏やかな晩春の西日が,良く片付いた部屋の中にあたたかく射し込んでいた。

「…『一時間ほど』ですか…」

 先ほどの女性から告げられた『祐一さんはまだしばらく戻れないので,よろしく伝えておいてくれとのことでしたよ?』との伝言を,供された紅茶に可愛らしく口を付けながら少々寂しげに心の中で反芻する。

「…待つには,少々酷な時間ですね…」

 解きほぐすのも認めるのも面倒なくらいに絡み合った思いが故の,フクザツな意味で長く思えるその時間。

 無視をするには気になりすぎる先輩の部屋での,そんな少女の春の夕暮れであった。










シンデレラ・アカデミー










 それは,その昼の図書室でのこと。
 天野美汐がいつものように教室で昼食を食べ終え,窓際にある文芸部常駐のスペースに腰を下ろそうとしたそのとき,

「よっ,天野!」

 本棚の影から相沢祐一に声をかけられる。

「………どうも」

「ノーリアクションかよ」

 一緒に手と足だけ変な方向に折り曲げて顔と一緒に本棚から出す,という字面にすると大変に分かりづらい会心の小ボケを会釈一発でスルーされて分かりやすくヘコむ祐一。
 感情の動きが表情に出る事の少ない美汐だけに,こういう攻撃は祐一にとってかなり効果的なのであった。

「相沢さんの冗談にいちいち反応していては身が持ちません」

「ギャグっていう認識はあったのかよ!」

「ギャグだったんですか?」

「酷えよみっしょー」

「人の名前を妙な改変しないでくださいよ」

 そんなやりとりをしながら,美汐はかばんからがさごそと書類の束をまとめたファイルを取り出して机に広げる。

「それよりも相沢さん,調理スペースの配置についてお伺いしたいのですが」

 それは,一週間後に開催の迫った学園祭-北高(祐一たちの高校の通称)祭の準備のための開催要項と,催事貸与される教室の見取り図だった。

 部室を持てずに図書室に常駐する文芸部の部員であるところの天野美汐と,部員でこそないものの図書室に入り浸る相沢祐一が係わり合いを持つようになって早半年。眉目秀麗と言っていい容貌かつその言動の面白さから結構な人気者であるところの祐一(どちらかというと睡眠場所としての図書室の利用がメインだったのに気がつけば文芸部の準部員のようになってしまっていた)と,誰もが認めるところの美少女ではあるが,あまり人付き合いの得意ではない美汐は,それなりに気軽な会話のできる間柄になっていた。

 美汐たち文芸部の催事企画は『(本の)持ち込み可の読書喫茶』という超微妙なモノである。男子部員が存在しないという事実は4月から部長を拝命した美汐にとって頭の痛いものではあったが,相沢祐一という物好きなお手伝いの存在により多少の救いを見いだすことは出来ていた。

「今日の準備は,オレの家でいい?」

 その教室設営の配置見取り図の図面に修正を加えながら,祐一が美汐に声をかける。

「相沢さんの,お家で,ですか?」

 部室のない文化系部活の悲しさ,である。当日の催事会場こそ何とか確保できたものの,準備にかかる場所については自前で何とかしないとならないのであった。

「ああ,いろいろと小道具を預かってきたのでソレのチェックとかな」

「はあ」

「什器とかの小道具の検品とかはともかく,衣装なんかの繕いは男のオレではどーもならんのだ」

 室内の装飾物や店員の衣装,提供する飲料軽食等の準備etcetc,模擬店実施にかかるそんな各種手間が結構バカにならないことを,お祭り好きであるがゆえに祐一は良く知っていた。

「………」

 祐一の人並みはずれた行動力と世間知に関しては一目置いているところの美汐なので,その意見自体には素直に首肯するのだったが,

「何だその不信感バリバリの目つきは?………言っとくが特に下心は無いぞ?」

「………『特に』?」

 美汐とて,お年頃な女のコ。そして相沢祐一はいろんな意味で血気盛んなお年頃な男子である。持って然るべきな警戒感はどうしても前面に出てしまう。

「………階下には叔母さんもいるのでその辺は信用してくれとか言い様も無いが?あとワタクシメは紳士であると評判」

「……………………」

「…………ね?」

「………分かりました。自ら紳士であると仰る相沢さんの言をとりあえずは信用することといたしましょう」

 あまりにも露骨な疑いの視線の後,長い嘆息と共にそうつぶやく美汐。

「そのぜんぜん信用してなさそうな目つきが少々引っかかるがまあ良かろう」

 不満げながら実行部隊が増えたことについては,大変満足げかつ感謝するところの祐一であった。

「………それより」

「なんだよ」

「相沢さんのお部屋,散らかってたり汚かったりゴミが層を成していたりとかしませんか?」

「………なあ………オレってそんなにアレに見えるか?」

「いえ,外見が無駄に清潔感あふれてる分秘められたカオスがあるのではないかと」

「どんなんだよオレは………ま,心配すんな。一般的な野郎の部屋よりかは片付いてるほうだと思うぞ?」

「本当ですか?」

「ああ,第一そんなにモノが無いのだ」

「?」

「オレ,引っ越してきて間も金も無いしな」

「春休み中アルバイトをなさっていたとか仰いませんでしたか?」

「全部飲み代に消えた」

「………高校生ですよね相沢さん」

「まだ18歳を迎えていないこのナイスガイに何か?」

「………」

「言いたいことあるならはっきり言えよ」

「現行法規は守りましょうよ」

「オレは友人たちとの心休まるひと時を優先するがな」

「ファミレスとかファストフードのお店とかいろいろあるじゃないですか!別にアルコール入れなくたって」

 潔癖性なところも多分に強い美汐である。親しさ故か,祐一の不品行については割とはっきりとモノを言うことを辞さないのであった。

「怒るなよ,せっかくの美人が台無しだ」

 バツ悪げに,肩をすくめながら祐一。
 法令的には明らかにアウトなことをしてる自覚はあるだけに,可愛くも真面目なこの後輩の指摘は耳の痛いところである。

「………」

 微かに,美汐の頬が朱を帯びる。
 ご機嫌損ねか羞恥の故か,あるいはその双方なのかにわかに判断尽きかねる祐一が

「おーこーるーなーよ?」

 微かに顔を赤くして俯く美汐のほっぺを『ぷに』と逆さにしたペン先でつつく。

「………もう,相沢さんのそう言うところは好きじゃないです!」

 そのペン先を避けて『ぷい』と視線を逸らす美汐。
 祐一が自分を弄るときのひとつのパターンである。解ってても,切り返すバリエーションの引き出しの少なさ故に,こういう反応が多くなりがちなのが少々悔しい美汐ではあったが,

「ごめーん」

「…」

「わーるかったってばー?ね?」

「…」

「あーまーのさーん?」

 目を合わせてしまえばつい吹き出してしまいそうになるような,そんな祐一の面白げな仕草でついつい『許して良いかな?』と思ってしまうあたり,天野美汐も人並みにお年頃な少女なのであった。
 








「結局は,あの人のペースなんですよね…もう」

 主の居ない祐一の部屋で,一人ごちながら回想を終える美汐。
 正式な部員でもないのに,あれこれと手伝ってくれる祐一である。無碍にするのは部長の沽券に関わる,と本気でそう思っている美汐ではあった。

「…」

 そんな美汐が見渡す視界の片隅,部屋の隅のクローゼットのほうに,でん,と大きめの段ボールが二段重ねで置かれている。

「…コレ,でしょうか?」

 ソコには,上の箱から大きく『衣装』『セット』と書かれている。元が学校に納品された梱包材だったからなのか,そのラベルには『北野高校職員室御中』と書かれている。

「…よいしょ,っと」

 ただ待つのも手持ちぶさた。
 本日のお仕事の種は,コレと見てほぼ間違いの無いのであろう箱に手をかけて持ち上げてみると,思いの外な重さに少々苦戦。

「…ふう」

 一抱えほどもあるその箱を絨毯の上におろすと,美汐は梱包のテープを器用にはがして中身のチェックに入っていく。

「…あれ?」

 まず目に飛び込んできたのは『クリーニング済み』と書かれた半透明の衣装用のポリエチレンの大きな袋だった。中には,衣装とその付属品がひと揃い入っているような手触りである。

「…これなら,二,三日裏干しすれば使えそうですね…」

 防虫剤の臭いの抜けるまでの期間,の意である。
 いわゆる『良くできたお嬢さん』の典型でもあるところの美汐は,家事全般の延長として,衣服の扱いにも長けていた。

「…コレは…タキシードか。コレは…チャイナドレス?」

 次から次へと出てくる,いろんな種類の衣装群。
 女子生徒がほとんどな部活であるが故に,ほとんどの衣服は小さめのサイズであることが見て取れる。

「…ハードゲイ?イロモノレスラー?マ○ケンサンバ?…うわー…」

 中には,どう考えてもネタとしか思えないような衣装もある。先輩方はホントにこんな衣装で接客を行ったのかどうか,少々気になるところの美汐であった。

「…あれ…」

 そんな中,一つの文字列が美汐の目にとまる。

「『うたぎたん』?」

 なにかしら?とがさごそと,そのビニールの封を切ってみる美汐。

「…これは…」

 まず目に付いたのは,キレイにラップされた耳飾り。

「…可愛いですね…」

 その愛らしさについ微笑んで手にとって眺めるソレは,少々長めなウサギの耳を模したようなデザインである。
 美汐もまた,愛らしいモノには人並みにヨワい,フツーの女のコなのであった。

「…」
 
 手にとって弄りまわしてみると,そこはそれ,不思議に「被ってみよっかな?」という気になってしまう。
 こうなってみると,好奇心には勝てない。
 袋を丁寧に取り外し,止め具の強度を確かめる。
 それからおもむろにカチューシャ状の留め具をすぽっと頭に被せ,祐一の部屋のクローゼットの横の大きな鏡に自分の姿を映してみる。

「…こう,でしょうか?」

 アングルを変えて,二,三度チェック。
 鏡の中の自分にちょっと微笑んでみてみたりもする。
 -普段の彼女を知る者からは,ちょっと想像出来ない感じのノリノリぶりである。

「…柄では,ないと思うのですが…」

 ひとしきり鏡を眺めた後,ふと我に返ったように美汐は自嘲気味に呟いて,深い深い溜息をつく。
 それは,ついはしゃぎすぎてしまった自分への恥ずかしさとかそう言ったものを多分に含んで沈み気味な。

「…」

 彼女は傍らに置かれている丁寧にたたまれたその付属物の本体に視線を落とす。

 手に取ってみるソレは,黒のスパンコールで彩られた,丈の短い水着のような衣装であった。
 うしろの,ちょうどお尻の上の部分には,可愛く尻尾を模した真っ白いぼんぼんのような飾りが付いている。

「…」

 胸前で合わせてみれば,衣装の丈は自分とほぼ合致する。

「…ええ,柄じゃ,無いのですけど…」

 ふと,時計を確認してみる。
 …時計の針は,現在17:10。
 祐一が帰ってくるまでは,少なくとも50分くらいある。

「………すぐ,着替え直せばいいでしょうか」

 祐一の部屋には,鍵が無い。
 ほんの少しだけ考えたような仕草をした後に,美汐は素早く窓際に駆け寄ってカーテンをぴっちりと閉じ,急ぎ衣装箱の前にもどる。

「………」

 美汐は,おもむろに制服の前身ごろに手をかけ,ぷちぷちとボタンを外し出した。 

「………」

 するりするりと,リボン,ケープ,制服が順番に祐一の部屋の綺麗な絨毯の上に滑り落ちていく。

「………」

 彼女の清楚さに似つかわしい,シンプルなストラップレスの真っ白なブラにショーツだけの姿になると,間をおかずに傍らのバニースーツにその綺麗な脚を通していく。

「……こう,ですかね?……」

 元は伸縮に柔軟性のある素材であるところのそのスーツの,胸の収まる部分をブラの上の縁に乗せる感じで,ラインをくいくいと整える。
 フロントとお尻のラインからはカットの深さの違いから,白いショーツが申し訳なさそうに覗いている。

「……あと,は……」
 
 カッターシャツのそれだけを切り取ってきたような袖の小物とバニーイヤー,そして袖のないタキシードデザインのジャケット。
 身にまとっていく度に,鏡の中の少女の姿は徐々に変貌を遂げていく。

「…こんな風に,なるんですね…」
 
 急いで着替えないといけない,という焦りのせいで付け忘れてしまったキメの粗い黒のストッキングを残して出来上がった,その全身を鏡に映してみる。

「…悪くは,無いのでしょうか…」

 ちょっとソレっぽい,水着のおねーさんがよく雑誌で見せるような,いわゆるグラビアポーズを取ってみる。

「………」

 少々自覚があるが故の恥ずかしさにち赤面とかしつつも,

「…やはり,ちょっとヘンでしょうか…」

 どうしても気になるのは,黒いそのバニースーツの胸とビキニラインの横から覗く,白いブラとショーツのそのラインであった。

「………」

 見上げて確認する祐一の部屋の時計の示す時間は,その戻る予定までたっぷり30分以上ある。
 ………毒を食らわばサラマンダー,美汐は再度黒いバニースーツの胸横のホックを外して拘束を緩めると,一気に足下まで引き下げるのだった。







「………?」

 午後の水瀬家の静かなリビングに,階上の祐一の部屋のあるあたりからとたぱたと早足の足音が響く。

「………祐一さん,帰ってきたのかしら?」

 祐一の来客に供したものと同じ葉でゆっくりと淹れたアールグレイのカップを静かにソーサーに置いて,水瀬秋子は頬にゆっくりと手を当てる。
 祐一の学校での大活躍ぶりは,その合法性(?)もあいまって家庭には届かない。行動予定の連絡については意外と律儀であるところの,少なくとも秋子にとっては優等生な甥からの予定変更の連絡は今のところ無く,玄関からの帰宅を示す物音も記憶に無い。

「………物静かなお嬢さんだとはお見受けいたしましたが」

 春先から幾度かは,美汐の電話口でのその丁寧な話口調にひそかな好感を抱いていたところの秋子である。玄関先での初対面から祐一の部屋までのその立ち居振る舞いに,物静かな品の良さを覚えてさらにその好感度が上がっていただけに,階上の騒々しさに少々意外さを覚えるところなのであった。

「様子を見てきましょうかね?」

 間貸しをしているとはいえ,主のある部屋のことである。
 嫌味にならないように確認程度の事はしておきたい秋子は,温めなおされたポットに湯を8分方注いで再度葉を蒸らしなおし,ゆっくりと階上へと向かうのであった。









「………コレなら下着を選べばなんとかなるでしょうか…」
 
 モデル並みの立ち姿,とまでは行かないまでも。
 今度はストッキングまでばっちりと装備した,フル装備な美汐が鏡の中で恥ずかしげな表情を見せている。前身ごろの小さなノースリーブのタキシードジャケットの内側の,大胆なカットラインのバニースーツにインナーレスで包まれた白い肌が,微かに桜色に染まる。
 小柄でスレンダーなシルエットに似つかわしい,手のひらサイズの柔らかそうなその胸の双丘はスーツデザインに押し上げられささやかな谷間を形作っている。細い腰の直下から始まる,身長に比してかなり長めなその脚には,女性らしいボリュームのある美しい魅惑のラインが備わりつつある。

「…でも,こんなカットの深い下着なんかもってないですしね」
 
 カットが故に,より長く見えるその脚の付け根の,その指でなぞるラインの際どさに嘆息しつつ,アングルを変えて鏡に映し出してみる。完全にカバーしてくれないスーツデザインのおかげで,可愛らしいお尻が際どい位置から斜めに分割され微かな段差を形作っている。

 芳醇なグラマラスさとはまた違った,未成熟な白桃のようなみずみずしさと(由来からして)セクシャルなバニースーツとの組み合わせからは,微かにインモラルな雰囲気さえ漂っていたりするのであったが,それは本人の感知し得るところではない。

「………こういうカッコだと,相沢さんにホントに『綺麗だ』って褒めてもらえたりするのでしょうか」

 そっと,人差し指を唇に触れてみる。
 薄くも厚くも無い,小さなその唇を,キスのときに映画やドラマの中で女優がそうするように,小さく窄めてみる。

『………せっかくの美人なのにな』

 折に触れて言われるたびにどうしても意識してしまう,無造作な祐一のその一言。
 お世辞やからかいとかならちょっと寂しく,本音で本気ならかなり嬉しい,無邪気な先輩のその一言。
 いつか二人きりのときに,できればロマンチックに決めてもらいたい,とても自分から口に出しておねだりなんかできない,相沢祐一のその一言。
 
 大きな砂時計から少しずつ砂粒が滑り落ちていくように。
 美汐の心は確かにあの意地悪に笑う先輩へと傾いていたのである。

「………是非も,無いですね」

 ぶるぶると,大きく頭を振る。

 -下手なことして,私の前から急にいなくなられても。

 自分から壊してしまうにはあまりにも切な過ぎる,今はまだ,秘めてそっとしておきたいコイゴコロなのであった。

「………さて,と」

 いつまでもこのカッコでいるわけにも行かない。
 うっかりこの姿を見られようものなら,意地悪な祐一のことである。どう弄られるかわかったものではない。
 可及的速やかに普段の天野美汐に戻るのは,美汐にとってほぼ唯一の選択肢なのであった。

「……………わひゃあ?!」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

「ああああああああのっ,あのっ,これは,その!」

「………ごめんなさい,ノックはしたのですが………」

 振り向いたその先には,胸前で三つ編みを揺らした美しい水瀬家の家長が,頬に手を当てて困ったように微笑んでいた。

「すすすすすすいません!その!すぐに,着替えますから………」

 語尾はもう,消え入りそうであった。
 慌てふためきながら一気に水量を増した美汐の羞恥心が,その顔を耳の後ろまで真っ赤に染める。
 ぺたん,と腰を抜かしたようにへたり込んだ美汐は,そのまま傍らの制服を掴み俯く。

「………あらあら」

 ノックの後控えめに開けたドアからのぞいた『………コレなら下着を選べば』に始まる美汐の一連の,その恋する少女の見せたあまりないじらしさが,秋子のやり手魂に密かに火をつけたのか。

「………祐一さんを,今日キメたいのですね?」

「ちちちち違いますっ!」

 一足どころかあまりにも大きく跳びすぎた,秋子のあまりにもストレートなその発言に,美汐はもう一度その身を赤く染めて絶叫するのであった。









「………結局,あれがすべてのきっかけだったんですよね」

 白い手袋を幸せそうに弄びながら,美汐が懐かしげにつぶやく。

「そうか,あのときの一連の不思議美汐はすべて秋子さんプロデュースだったってわけだな?」





『本気で祐一さんを狙いたいのなら,今のあなたの魅力を十分に活かして引きつけるところからはじめましょう。そのカッコも充分以上に素敵なんですが,それはもうちょっと取っておいて?』

『ええええあの,その…』

『ああ見えて祐一さん,競争率高いんですよ?もし彼に本気で振り向いてもらいたいなら…』

『…本気で,振り向いて,もらえるんでしょうか…』

『…だまされたと思って,私に乗ってみませんか?』






 もうあれから6年になる。
 -思えばそれからあと,美汐と秋子さんは折に触れてまめに連絡を取っていたフシがありありだった。
 なんとなくだまされた様な感じがしてあまり面白くない。そんなちょっとふてくされたような顔をして,タキシードの脚を組んだまま,両手を頭の後ろに組んでごちる。
 くすくすといたずらっぽく笑い,否定も肯定もしない美汐の愛らしい仕草。
 祐一はそんな美汐を微笑ましく思いながらも,

「結局お前,今までオレにバニーさん姿なんか一回も見せてくれなかったじゃん?あの時だって………」

 やっぱりちょっと面白くないのであった。祐一とて充分すぎるくらい男である。見たことのない彼女の姿,それがそんな趣味的にそそられる響きを持ってればなおさらである。

「………んー,確かショートドレスでしたね。白の」

「だったよな」

 それから,であった。充分に美しいながらも目立たない少女だった美汐が,彼女の手によって魔法でもかけられたかのように(特に祐一にとって)月日が経つごとに魅力的な女性に生まれ変わっていったのは。





『…あなたなら,次のデートは可憐な感じの服が良くお似合いですよ?メイクも,それにあわせて,こう秋のイメージで…』

『あの,コレって,口紅じゃ…』

『…ふふ,効果的なお化粧は,殿方のココロを自然に引きつけてくれますよ?あなたみたいに元が綺麗な子なら,なおさらです』






「−秋子叔母様は私に嘘をつきませんでしたよ?」
 
 この場に居ない彼女に,この上ない謝辞。
 美汐は,成熟しつつある大人の女性の色香を漂わせた視線を祐一に向けて,いたずらっぽく微笑んでみせた。

「あ?なんだそりゃ?」

「………秘密です」

 うっすらとピンク色のリップの引かれたその可愛らしいくちびるに,人差し指をちょっと当てる仕草の美汐嬢。思えば,随分と表情も豊かになった。

「−さ,行きましょう?そろそろ控え室に戻らないと,準備が間に合わなくなっちゃいますよ?」

 屈んだ拍子に大きく開いた胸元から覗く豊かに育ったその谷間も艶めかしい。綺麗に仮止めされた純白のドレスの裾を持ち上げて,美汐が立ち上がる。

「それでは,お待ちしております。ちゃんと,迎えに来てくださいね?」

 艶然と微笑み優雅に一礼をして,踵を返し廊下の奥へと消えるウエディング・ドレス。

「お,おい!」

 連れて休憩用のベンチから立ち上がる。

「−まあ,いいか」

 それでも,美しく成長した彼女の晴れの姿に,つい,にへらっと目尻が下がってしまう。

 -いつまでもこうして居られないのだ。特に今日だけは。

 バツ悪げに頭を掻きながらも,花嫁の待つヴァージンロードのある階下に向けてその喉もとのネクタイの歪みを正しながら降りていく祐一であった。

 

 


おしまい。












お囃子・感想などいただけましたら。

おなまえ(省略可)



お囃子!(→盛大)

ぱち ぱちぱち ぱちぱちぱち

よろしければ何か一言!(省略可)





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