「うぅ…ん」

 軽いまどろみから目を覚ます。
 気づかぬうちに眠ってしまったようだ。いや、別に昨晩眠れなかったということはないが。
 変な格好で寝ていたのだろうか、体の節々が妙に痛い。
 大きく体を伸ばそうとして、ようやく眠る前、自分が何をしていたか理解した。

「あぁ〜……そっか、眠ってたんじゃなくて……」

 失神していた。そんなことすら失念するほど、自分は疲れていたらしい。
 冷静になった頭で状況を把握してみる。まずは体。
 足はロープで強く固定され、手は後ろに回した状態で手錠がかかっている。
 衣服や下着の類は身に着けていない。そう、自分は今、拘束されているのだ。
 よって、自分のナカにある機械に手を伸ばすことすら出来ない。
 次に、周りの環境を把握。こっちはすぐに解った。なぜならここは自分の部屋だからだ。
 見渡してみてもいたって変なところは見当たらない。まだ両親や妹は帰ってきてないようだ。
 その事実に、少し安堵した。こんな格好、見られたら死ねる。
 酷くだるい。まずは目覚めのシャワー、といきたかったが、生憎この束縛はそうやすやすと外れそうにない。

「はぁ……、さて、どうしようかしらね?」

 こうして―――美坂香里の波乱万丈は幕を開けたのだった。





冗談じゃないっ!





 事の始まりは夏休みも中盤にさしかかろうという8月。両親が商店街の福引で二泊三日の海外旅行権を当てたことにあった。
 妹の栞は鬼の居ぬ間に、とでも言いたげに家から出かけて帰ってこない。大方、また北川君の家だろう。
 全く、私が気づかぬ間に二人はデキていた。いつ、だとか何故、なんて聞かない。アイツはいつかコロス。
 でもまぁ。家族が誰もいないというのは、私にとっても運のいいことだったのだ。
 ゴソゴソとタンスの引き出しの裏を探る。そこには私のお気に入り達が眠っていた。
 色とりどりのそれらを眺めながら、今日はどれにしようかと吟味する。そんな時、ふといけない考えが飛んできた。
 ―――どうせなら、いつもは出来ないような、スゴいのをしてみたい―――
 後々になって考えてみれば、アレはとんでもない悪魔の囁きだったのだ。
 色とりどりなモノの中から一番のお気に入りを持ってきて、ナカに沈める。
 彼との交際で純潔はもう残っていない。だから、ソレはすんなり入ってきた。
 私の彼が趣味で買ってきた(そして私がぶん殴って押収した)ロープと手錠を持ってきて、自分の体を縛る。
 最後に、リモコンを最強に設定して、放り投げた。
 一度目はなんとか覚えている。だが、その後は記憶があいまいだ。
 人間と違い、基本的に疲れを知らない機械相手に勝負を仕掛けようというのは、少々分が悪すぎたようだ。
 枕を強く噛んで声を抑えることは出来たが、おかげでベッドと枕はべちゃべちゃになってしまった。
 そう、だから眠っていたのではなく、失神。なんてことはない、全部自業自得なのである。

「に、しても、ちょっと、マズイかな?」

 縛ることに夢中で、そこから抜け出すことをすっかり忘れてしまった。おかげで、コレはちょっとやそっとじゃ抜け出せそうにない。
 外から差し込む光は夜というにはちょっと明るすぎた。恐らくは昼過ぎ。
 ということは、一日は過ぎてしまったということだ。家族が帰ってくるのまであと2日。
 いや、それ以前に物理的な理由でもっと早く、この戒めを解かなければなるまい。私だって人間だ、腹は減るし出るものは出る。

「さて、どうしようか……」

 まずは、足を縛っているロープを解くとしよう。多分頑張ればロープが緩まり抜け出せるはずだ。
 と、その時。コンコン、と部屋の中にノックの音が転がった。
 参った、誰にも会えない状態なのに!!

「ど、どちらさま?」
「名乗るほどたいした名じゃないが、誰かがこう呼ぶ『ラブ・メイカー』。アンタに愛を持ってきた。……ここあっちぃから入れてくれない?」
「ゆ、祐一!? そんな、なんで!?」
「いや、なんでって。昨日栞が夜遅くにうちにきてな。『お姉ちゃんが泣いてるんです。多分寂しがってるんだと思います。慰めてくれませんか?』なんていうからさ」

 迂闊っ! 昨晩、気づかぬ内に妹は家に帰ってきてたのか……! しかもアレの声を泣き声と勘違いして……
 それで、よりにもよって祐一が家に来た。これはとんでもなくマズい。
 自前でロープと手錠を買ってくるようなチョットどころかかなりアブノーマルな趣味を持つ私の彼のことだ、この状況を見たら嬉々として飛び込んでくるに違いない!!
 幸い、昨夜没頭する前に部屋に鍵をかけたから入ってこれないみたいだが、それもいつまで保つか……

「か、帰って!!」
「え? で、でも」
「デモもテロもない! そこから消えてって言ってるの!!」
「そ、おま、それ、どういう」
「言葉通りよ。さっさとそこから消えて!!」

 沈黙。ここまでキツく言えば帰ってくれる、と思う。いつもはベッタリな自分の彼女から急にこんなこと言われて、へこまない男はそうはいない。
 と思ったのに。また控えめに、コンコンとノックの音が飛び込んできた。

「祐一……っ!! 消えてくれって言ったでしょう!?」
「……俺、何かしたか? 香里からそんなことを言われるなんて……何か、泣きたくなってきた……」
(冗談じゃないっ! 泣きたいのは私のほうよ!!)

 最後のセリフは何とか心の中に留めることが出来た。そんなことを言ったら、彼女バカな彼はドアをぶち破ってでも入ってくるだろう。
 こんなことを断言できる私も、十分彼氏バカなのかもしれないが。
 そしてまた沈黙。今度のは長かった。好都合とばかりに足をばたつかせる。なんとか足のロープさえ解ければ、机の上にある手錠の鍵に手が届くのだ。
 しかし、結局ロープが解ける前に沈黙は破られてしまう。ドアの向こうからすすり泣く声が聞こえてきたのだ。

「でぇい、男が泣くんじゃないの、情けない!」
「だってよ……俺、香里に、嫌われた……」
(あぁぁぁあ、違うの、そうじゃないのよ……!)

 私は彼のこういうところに弱い。いつもニヒルで皮肉ばっかりいって、いたづら好きで妙に大人っぽい癖に、たまにこうやって子供っぽい面を見せるのだ。
 そのすすり泣く声に、じわじわと罪悪感と、ほんの少しの母性本能が湧き上がってくる。その声が、愛おしく感じてくる。

「……ゴメンナサイ、強く言い過ぎたわね」
 このセリフは、勝手に私の口からこぼれ出た。

「別に祐一のことを嫌ったわけじゃないのよ。でもね、今は誰とも会いたくないだけなの。悪いけど、帰ってくれないかしら?」
「本当か? 俺のこと嫌いになったわけじゃないんだな」
「当たり前じゃない。私が祐一のこと嫌いになるわけないでしょ?」
「か、香里ぃ……!」
「だから、今は帰って?お願いだから、ね?」

 言いながら、もがく足は止めない。あとチョット、あとほんの少しでロープが解けそうなのだ。
 あまりにもがきすぎて、ベッドから転げ落ちる体。ドスン、と鈍い音がしたが、まぁこっちはどうにでもごまかせ『カチッ』る……
 カチ? 何の音、と疑問を持つ前に、体の一部分に急に刺激され始めた。
 マサカ。私は即座に自分が踏んづけた何かを見る。それは、昨日投げ捨てたはずのリモコンだった。
 これはなかなかの優れもので、タイマー機能がつき、時間設定が可能なちょっとした高級品。
 マサカ。私の中で止まってたコレは電池切れじゃなかったのか。
 ふと思い出す昨晩のこと。私がコレに入れたのは、買ってきたばかりの超長持ちで有名な乾電池。
 マサカ。それにしたってタイマーは一時間に設定していたはずだ。
 そう、タイマーは一時間に設定していた。だが、設定を解除した覚えはない。
 マサカ、マサカ、マサカマサカマサカ。
 一瞬の間に駆け巡る思考。そして、出てくる結論。マタ、コレハコレカライチジカンウゴキツヅケル……?

「うにゃぁぁぁぁぁ!」

 出てくる声は抑えることが出来なかった。もがいてた足はすぐに力を無くし、腰は勝手にストンと抜ける。
 マズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイ!! 刺激から逃れる術はなく声を抑えることはもはや無理!!

「ど、どうした!? 香里、何かあったのか!?」
「ひぐ、にゃ、なんでも、えう、無い! い、イイ、から、かえ、ひぅ! ってぇ……!」
「だって、お前、そんなに泣いて……! オイ、ココ開けろ!! 何があった!?」

 ナニがあったから困ってるのに、おかしなことを聞いてくる。いや、オカシクなりそうなのは自分の方だが。
 冷静な思考が浮かれた熱に犯されていく。お願い、帰って、という言葉さえ、今は口にすることすら難しい。
 しばらくドンドンとドアに体当たりしていた彼だったが、とうとう諦めてくれたようだ。助かった。後は何とか、このスイッチを切れば……
 
 だが。神様というのは、全くもって、はた迷惑なことに、人をいじめるのが相当大好きな人らしい。
 カツン、と窓に何かが当たる音。その音は段々大きくなっていく。
 カツンからガツンに。ガツンからガン! に。何か、大きな石を窓にぶつけているような音だ。
 私の彼は彼女バカ。いっつも私のことを考えて、私の迷惑顧みない。

「ヤメテ…ひぅ、ア、オネガイ……ヤメテェ……」

 懇願も窓の外にいるダレカには聞こえない。ガン! からドガ! に。ドガ! から バキ! に。そして、
 バキ! から、ガシャン! に。

 冷たい風が窓から吹いてくる。おかしいよね、窓開けてないのに。
 何かがよじ登ってくる音。アハハ、頭が変になりそう。

「コナイデ…コないデこナいでこないで来ないで!!」

 ああ……神はいつだって、残酷だ。

「誰かがこう呼ぶ『ラブ・メイカー』!! 香里の愛を救うため只今さんじょ……う?」

 いっそ、死んじゃえばいいのに。

 止まる時間。ウィンウィンと機械のうごめく音だけが世界を制する。
 私の意志とは関係なくビクビクと跳ねる身体。もう、声を出すことすら出来ない。
 そんな中、彼と言えば。小さな携帯取り出して、私に突きつけてこう言った。

「お前の鳴き顔、エロいよな」
「とるにゃぁぁああぁあぁああぁあぁあぁああぁぁああ!!!!!!」

 それからしばらくの間、『自縛姫』という不名誉なあだ名でからかわれたのは言うまでも無い。


 そして、そういうプレイが夜に追加されたのも、言うまでも無いことだった。


[END]