トンピリ山受難




     ※

「あんだ?」

 頬かむりをしたコーシローは、ぽけえと青空を仰いで目を止めました。

「どした、コースローさん」

 田んぼの用水路に顔を突っ込んでいたダイサクが、土臭い顔を畦道に上げます。
 ダイサクはコーシロー、と呼んだつもりですが、どうしても“し”の発音が正確にできません。

「あら、なんだべか。ダイサクどん」

 コーシローはクワを振るうのをやめて、さきほどからずっと空の一点を凝視しています。

 うららかな日の差すこの時期、トンピリ山の裾野を埋め尽くす田んぼには、
 一面のレンゲの花が咲きほこっていました。

「ほら、あすこだ」

 コーシローの指さす先をたどると、ダイサクにも、空の高みにぽつんと黒い影が浮いているのが見えました。
 腰にしていた手拭いで汗をふき、ダイサクは一瞥くれただけで、そっけなくいい返しました。

「鳥だべや」

 空に高く浮く雲以外のものといえば、鳥のほかに何があるのでしょう。きっと、ヒバリやトンビに違いありません。
 ダイサクは補修中の田んぼの水路に痰を吐いて、ふたたび野良仕事を始めます。

「でもよ、ダイサクどん」

 コーシローは引きません。
 ダイサクはため息まじりに、たしなめます。

「スゴト、すべるえ。コースローさん」

 スゴト、は仕事のことです、念のため。そもそも、田んぼの用水路の補修は、村の男衆たちの間で
 持ち回りでやっていたのですが、ことコーシローと組むことになってしまったダイサクは、ひそか
 に自分のくじ運の悪さを呪っていたのです。
 今日中にこの畦道に沿った部分を終えなければならなりません。
 なのに、昼過ぎになってもまだ、半分以上残っていました。
 ひとえに、なまけてばかりいるコーシローのせいです。

「……あらあ、鳥にしたって、でっけえ鳥だど。……三町はあるべ」

 と、コーシローは真顔で言います。三町といえば今でいうところの三百メートルを超える長さです。
 それを耳にしたダイサクの知る昔話でも神話でも、そこまで巨大な鳥を描いた話なんてありません。
 ホラ吹きにしたってその程度ですから、現実派のダイサクは、呆れてものもいえませんでした。

「……トンピリ山より高いところを飛んでるから……ほれ、やっぱし三町はあるど、ダイサクどん」

 コーシローの目に映るその鳥は、翼を広げ羽ばたきもせず、空の一点にずっと留まっているままです。
 それに合わせて、彼の身体も視線も、止まったまんまなのでした。

「コースローさん! スゴトべや!」

 つい、ダイサクのほうも、言葉の端に怒気がこもってしまいました。
 言ってしまったあと、少しまずかったかな、と思ってあわてて顔をあげた彼の目には、けれども、
 さっきと変わらない格好でぽけえと空を仰いでいるコーシローの姿が映りました。

「コースローさんよう……」

 ダイサクはげんなりです。そして、続けます。

「……トンピリ山より高く飛ぶ鳥って、そらあアンタ、おらんべさ」

 トンピリ山の標高は二千メートルを越えていて、この地方では最も高い山です。
 なまけるにしたって、ホラの吹き方にはもう少し気をつかうべきだ、とダイサクはひとり唇を噛んで、
 また黙々と水路を掘り返しはじめました。
 しかし、空の一点を凝視していたコーシローの目が耄碌していたわけではなく、まして彼はデタラメ
 をいっていたわけでもありませんでした。たしかに、そこに巨大な物体は浮いていたのです。

 文字どおりの未確認飛行物体が、そこに浮いていたのです。

   □

「艦長。この地方の文明レベルの調査が終了しました。この地方は……第八区の下位に区分される程度
 ですね。一次的な火の使用法しか確立されていません。火薬の発明もまだのようです」
 
 船の艦橋で、桃色の髪をした幼い女の子が、何やら偉そうな口ぶりでトンピリ山の生活水準を批評し
 てい ました。幼げながら、洗練された知性の感じられる彼女の顔立ちは、かわいらしいといえば可
 愛らしいのですが、髪の毛が桃色をしていました。実写なのに桃色の髪はビビッドすぎて、奇異なこ
 とこの上なしです。
 けれど、それで彼女がTPOをわかっていない変人とか、自己顕示欲がおかしな方向に発露した人、と
 いうわけではありませんでした。

 なぜならば、彼女はれっきとした宇宙人だったのですから。

「そうか。ご苦労様。……ブリッジの皆も、休息をとってくれ。長旅で疲れてもいようからな」

 なんと艦長も桃色の髪と桃色のひげでした。
 のみならず、ブリッジの人々は皆、一様に桃色の髪をしていました。
 
 これは新鮮な光景です。

 彼らは、ちょうど、地球から見てわし座のあたりを流れる天の川にあった星からやってきた、
 オリオン腕調査団だったのです。

「私は残りましょうか?」
 
 先ほどの女の子は、オペレーターのようです。

「この文化レベルでは心配はなさそうだ。キミも休みたまえ。バリアも解除してよい。そう伝えよ」

「大丈夫ですか? バリアを解除なさって」

「燃料との兼ね合いだよ。節約はできるときにしておきたい。……ふふ、心配かね?」

「いえ……わかりました。伝えておきます。艦長はこの後どうされるのです?」

 船長はニヤリと口元に微笑みを浮かべました。

「ここで一杯やらせてもらうよ」

 オペレーターの女の子も、思わずつられて破顔してしまいます。
 壮年期の二枚目男性がこれをやると、とても様になるのは、どこの星のヒトにとっても共通した
 ものでした。知性派の彼女だってイチコロです。

「ふふ、ほどほどにしてくださいね」

 少ししたら、プライベートでお邪魔しちゃおっかなあ、なんて考えているのでした。

   □ 

「あらあきっと、南蛮モノだど」

 コーシローは汗ひとつかいていないのに、もっともらしく手拭いで額を拭いました。
 そして、続けます。

「ほれ、南蛮の船はでっけえって。ミガウラ村のじい様が、昔言ってたべさ」

「船は水の上をはスるもんだ。空は飛ばね」

 水路の中からはそっけない返事が、クワの音と共に聞こえてきました。

「したって、南蛮モノだて。な、な? 一個ぐらい空を飛んでてもおかしくねえさあ。
 それに、鳥に三町はないかもしれんけど、南蛮の船だったら、そんくらいきっとあるべ」

 トンピリ山の麓にあるこの村で、何か説明に困ったら、すぐに南蛮の登場です。
 彼らの意識には、そういった流行がすでに徹底していました。
 現実派のダイサクにしても、南蛮を持ち出されたらそれ以上の議論はできなかくなってしまうほど、
 南蛮という言葉は、不可思議を解決する力を持っていました。
 ようやくダイサクも顔をあげて、トンピリ山の上に広がる空を仰ぎました。
 上空の黒点をじっくりと観察したダイサクは、その大きさに触れ、
 ようやく驚きの表情をうかべます。

「たスかにでっけえな」

「な? な? ありゃ、きっと南蛮の船に違いないべ」

 事件です。
 
「……うーん。そういわれればそうかも知れんね。南蛮かあ……。にスたって、そスたらありゃあ、
 ほんとにでっかい船だあ。うん、三町はあるべえ。三町もある、空飛ぶ船だ。コースローさん、
 オラたち、南蛮モノなんて、久方ぶりだべな。殿様が持ってきたテッポの時以来だ」

 ようやくダイサクがノッてきました。
 うまいこと水路の仕事をほっぽらかす口実ができそうなコーシローは、内心、よろこびで一杯です。

「だべな。テッポはたいしたことなかったけど、今度はもしかしたら一大事だ。空、飛んでるもんね」



 彼らは以前、南蛮渡来の“鉄砲”を見たことがあったのですが、その“鉄砲”にずいぶんと期待は
 ずれの思いをさせられたことがありました。
 この地方の殿様が南蛮渡来の鉄砲を担いで狩りに来たときのことです。
 殿様は群がる村衆の前で試し打ちと称し、嬉々として一町(百メートル強)先の板を打ち抜いて見
 せました。

『どうだ、おめら? こったらもん、見たことないべ』

 殿様は馬上でふんぞり返っていいました。鉄砲を打ったのは彼の部下なのに、殿様が威張るのです。

 けれども、噂に名高い鉄砲見物に集まったこの村の人々は、それを見て、こともあろうに、いっせ
 いに鼻で嗤ったのでした。

“あらあなんだべ? コジさん、豆タマが飛んでっただけだど?”

“あれじゃあイノシシ一匹殺せね。あれが、テッポだべか……”

“コジ、インジョ、言うんでね。殿様の宝物だど。ホラ、笑っちゃダメだって”

 村長(むらおさ)は一生懸命たしなめますが、彼にしたって鼻くそを丸めて飛ばす程度の鉄砲を見て、
 苦笑を禁じえないのでした。
 とにかく、歓声が湧くどころかところどころ溜息まじりの村衆に、殿様は激怒してしまいました。

『おめらの目ん玉コさぁ、節穴だべ!』

 憤慨する領主をまえに、見物に集まった皆からは、同情にも似たまなざしがむけられます。

『鉄砲の弾さ当たってみろ、おめら、痛えじゃすまされねえど?』

 腰の刀に手を掛けて、村衆をぎろりと睨みつけました。ボンボン育ちのガンタレなど、ちっとも怖く
 なかったのですが、一応そこは領主様。
 もっともらしく村長が出て行って陳謝します。
 まったく世話の焼ける殿様です。

 そんな中、集まっていた村衆の群からひとりの男が前に出てきました。
 
“けど、殿様。そったらこと、四つの子っコにだって、わけないべ”

 男はそういって、手にしていた掌サイズの石ころを、これ見よがしにトンピリ山の中腹目がけて放っ
 たのでした。このときまだ十五歳だった、あのダイサクでした。

 ずびし、と大気を突き破る音がトンピリの盆地を駆けぬけました。

 ダイサクの投げた石ころは初速で新幹線の速度を軽く上回り、ぐんぐんと山の中腹目がけて飛んで
 行きました。そしてほどなく三里先のトンピリ山にあった樹齢八十年の松に直撃して、それを根本
 からなぎ倒してしまったのです。
 摩擦の力で松の木は火をふいて、かねてから乾燥気味だったトンピリ山があっという間に山火事に
 なってしまいました。

“おおお”

 村衆から、ようやく歓声がわきあがりました。

“今晩は祭りだべ! 火祭だべ!”

“おお!”
 勝手に盛りあがる村衆の輪の中から、ダイサクが馬上の殿様に向かって歩み出ます。

“な、殿様。鉄砲なんか、いらんべさ。持っていたってもしょうがないべ?”

 こともなげにダイサクは言いました。
 馬上から転げて腰を抜かした殿様は、帰りの道中、大枚をはたいて購入したその一丁の鉄砲を、
 川に投げ捨てました。
 そうです。いらんのです。所詮鉄砲では、山火事なんて起こせないのですから。



 そんなことがあって、コーシローもダイサクも、南蛮モノに対して決して大きな期待をしません
 でした。ただ、今回の巨大な空飛ぶ船には、何か未知の畏怖感が付きまとっています。
 安易ならざる状況を、ふたりは黒く焼けた肌で敏感に感じ取っていました。 

「……墜とすべか」

 コーシローは無表情でぽつんと言いました。 
 安易ならざる状況を感じ取っていながら、出てきたセリフはこれでした。
 口からこぼれたすきっ歯は、見事なこげ茶色に変色しています。

「あ?」

 ダイサクは我が耳を疑います。

「だからよ、あの南蛮モノをよ、墜とすべえ、って言ってんだ」

 水路の底から、掌ほどの石を選ぶと、満面の笑みを浮かべたコーシローは、ふたたび空の黒点を
 睨んでいったのです。
 慌てたのはダイサクです。

「待て待て、コースローさん。こったら石で何とかなるもんでもねえべ。ありゃあ、硬そうだ。
 でもって、でっけえ」

「モヤシっ子のオラでも、あっこぐらいは届くべさ。なんも、むつかしいことはねぇ」

「そらあ……けど、三町の鳥に石ころ一個はあんまりだ。米俵にアリンコ一匹放るのといっしょだ」

「あー……」

 俵一俵にアリンコ一匹の比喩は、なぜかコーシローを説得するのに効きました。
 いずれも身近なもので例えたからに違いありません。コーシローはしきりに感心しているようで
 したが、実は語感だけで納得しています。
 たぶん、彼にはプラシーボがよく効きます。

「……んだな、したっけ、シュワさんに頼んでみるべ」

 コーシローの建設的な意見発表に、ダイサクは思わずたじろいでしまいました。
 彼がそんな発言をするなんて、きっと、明日は雨です。

「……あ、ああ、んだな。そうだべ、スワさんに頼んでみるべか」

 “今日のコースローさんは一味違うだ!”ダイサクは心の奥で喝采を叫びました。
 彼は乗りかかった船に片足を突っ込んで、いつのまにかコーシローのペースに引き込まれていた事
 に気付いていませんでした。

 ふたりは、田んぼ道を全速力で駆け抜けました。
 
 時にシカやイノシシをタックルで仕留めたりもする、彼らの全速力です。
 ものの数分で彼らは一軒の屋敷の前にたどり着きました。村一のモヤシっ子であるコーシローです
 ら、息ひとつ乱れていません。
 目の前に建つ、村中でひときわ大きな家が、村いちばんの力持ち、シュワイチの家でした。

「「こんつわぁ」」

 シュワイチは、裏庭で牛の体を洗っていました。

「スワさん、いたべや」

“し”が発音できないダイサクの声に気がついたシュワイチは、にっこりと頭をたれました。

「ダイサクどん。そったら、ここはおらん家じゃもん。おらあ、いるべえ」

 ほがらかなシュワイチの笑顔に、ダイサクもコーシローも土臭い微笑みを返します。
 シュワイチは誰もが見あげるほどの大男です。隣にいる成牛さえ、生まれたばかりの小牛と錯覚し
 てしまうような巨躯をしておりました。

「ダイサクどん、田んぼの仕事は、終わったべか?」

 シュワイチが尋ねます。

「ん? あ、ああ……」

 歯切れの悪いダイサクをかき分けて、コーシローが割り込んできました。

「それどこじゃねえだ、シュワさん!」

 コーシローはシュワイチの懐に駆け込み、入道雲を見あげるように仰ぎます。
 そして、まくし立てるように南蛮モノの空飛ぶ船の説明をしました。
 シュワイチの顔に、合計十四滴の唾がかかりました。

「……そんだからよ、村いちばんの力持ち、シュワさんに頼むしかねえって思ったんだべ」

「その、船ってなあ……ああ、あれだな」

 三人は、一斉に空を見上げます。何事かと思って、牛もそれに釣られて空を見あげました。

「でかいべ。んだからオラたちじゃ、ちっとな」

「むむ……」

 シュワイチはひとつ唸った後、黙りこくっていました。
 コーシローの選択は違ってはいなかったみたいでした。
 コーシローは目配せでダイサクに自分の功績を誇りました。
 シュワイチが鬼気迫る表情で黙りこくっているのは、本気の証拠なのです。

 ひとしきり押し黙った後、シュワイチはおもむろに歩き始めました。
 彼は家の裏手に流れる河原に下りると、露出した花崗岩の基盤岩にひとつ蹴りをくれました。
 雷のような音が響きわたって、ぱっかり割れた岩はシュワイチに手頃な大きさです。

「よっこらせ」

 家の屋根を超える大きさの岩の下からシュワイチのかけ声が聞こえてきました。
 岩の直径は七メートルありました。

「ちっと、軽かったべか」

 もちろん、強がりではありません。彼は素で言います。
 彼から放たれる直径七メートル前後の大岩の初速は、平気でソニックブームを伴って音速を
 超えるのです。
 彼には角度さえ正確なら、墓石だって簡単にスペースデブリにできました。
 何を隠そうシュワイチは、モヤシっ子のコーシローでさえ投石で熊を殺すことぐらい訳ない
 この村で、ダントツいちばんの力持ちなのです。
 
 さらにはこの村に伝わる竹取物語だって、最後の場面では、じい様の投げた槍が御者の車輪
 をぶった切って失速し、とうとうかぐや姫は月に帰れませんでした、という話に歪曲されて
 いるのです。これこそ本当のめでたしめでたし、ハッピーエンドなお話であります。
 
「美味そだしな」

 ひとしきりコーシローの話を聞いていながら、南蛮製の空飛ぶ船を見あげたシュワイチはこ
 ういいました。船、とコーシローは明言したにもかかわらず、シュワイチはこの有様です。
 とって食べる気まんまんです。

「見えね」

 シュワイチが言いました。そりゃあそうです。
 頭の上には自分の家より大きい岩があるのです。

「すまねぇ、ダイサクさん。水を貼った桶、持ってきてくれねか」

「オケ?」

「カガミに使うだ」

 すんだ水を鏡とする妙案でした。
 よこしまな動機で突き動かされているため、明鏡止水と言い難いのはこの際棚上げです。
 二、三斗の水など、ダイサクにはへのチョイで汲んで来れます。
 ダイサクがちょうどうまいところにタライを置いた、そのときでした。

「シュワイヅ! シュワイヅはおるがあ!!!」

 コーシローとダイサクが振り返るとそこには、白装束に白い布切れを巻いた、しょぼくれた爺
 が立っておりました。
 村長(むらおさ)です。
 なんと言うか、それがこの村の村長の正装なのですが、彼が着ると、まことお似合いの死装束
 にしか見えません。白いバンダナがことのほかよくお似合いです。
 そんな村長が、まるで魂を絞るように叫び、シュワイチの家に踊りこんで来たのです。

「ああ、村長さんでねっが?オラぁここだ。石っコの下だぁ」

「スワイヅ、あの、南蛮の船を見ただか! ありゃあ、南蛮の船だど!」

 村長の声は興奮でうわずっています。
 気を抜くと声ごと魂が抜けて天に昇っていってしまいそうなのはご愛嬌です。

「ほれ、な、ダイサクどん。やっぱ南蛮の船だべさ」

 コーシローはわが意を得たり、得意満面です。

「落どぜェ! あれを落どずんじゃあ!!」

 興奮と老衰とで膝がガクガク震えています。
 お迎えはどう見たって目の前でした。

「そったら村長さんよ、あの船のどこを狙ったらいいべか」

 その瞬間、村の生き字引は死魚のようだった瞳をギラリと輝かせて叫びました。

「決まっとろう! 尻じゃあ! 尻を狙うんじゃあああ!」

 何が決まっているのか、その場にいた三人の若者はちっともわかっていなかったのですが、それ
 でも村長さんの鶴の一声。
 頭も見事に禿げ上がった、つるっパゲの一声です。
 説得力だけはありました。
 
「尻だな。おし……」

 シュワイチはツルの発した声を文字通りの鵜呑みです。
 疑念の一片さえも生まれません。
 桶の水面を凝視して、シュワイチは気合一閃、七メートルの巨大な岩を頭上で振りかぶります。

「ふんぬおりゃああああああ!!!」

     □

 大時代的なビープ音が艦橋をかけたのは、そのときでした。

「なにごと!」

 ほろ酔い艦長は慌てました。しかし、周囲に誰もいません。

「誰か! 状況を報告せよ!」

 ひとり芝居を演ずる艦長を、次の瞬間、巨大な揺れが襲いました。

「な、なにごとだ?」

 大型の宇宙船が揺れたのです。船長じゃなくともオドロキです。

"艦長! 船尾を食い破られました! エンジン大破! 墜落します!"

 その報告に、艦長は青ざめます。
 墜落したら、どうなるかッて、それは、爆発するのです。まるごと木っ端微塵です。
 脱出? 
 一体どこへ行ったら間に合うのでしょう。
 トンピリ山一帯はまもなく灰燼へと帰すのです。
 誰彼かまわず、永遠のサヨナラです。
 艦長は揺れるブリッジで、呆然と立ち尽くしました。
 
 故郷に残してきた家族のことを想い、彼は静かに、目を閉じました。

「私の責だ……」

     □


「やった! 落ちるべ! 落ちるべ!」

 トンピリ山の上から、煙をはいて南蛮船が墜落し始めました。
 みんな歳を忘れておおはしゃぎです。

「ようし、祭りだ! 祭りをするべ!」

 シュワイチの家に集まった者たちは浮かれきっています。そうです、お祭りです。
 それがいいです。そうして、神様にお礼を言いましょう。

     □

─まもなく、宇宙船の墜落とともに、トンピリ山の麓には太陽よりも明るい光点が出現しました。

 光は蒼穹を黄色く染め、地上からほんのわずかの時間、あらゆる影を消し去りました。

 その後大地を揺るがした、雷よりも大きな爆音をきいた者は、結局、誰もいませんでした。



    了


 


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