白・黒


『エリア13から28までの全ての目標殲滅を確認。五人共、お疲れさまでした。基地に帰還してください』
 マスクに内蔵されたスピーカーから聞こえるオペレーターの声に私は安堵して一息ついた。今日もまた、私達は戦いに勝った。こちらの力が強くても、数では向こうが圧倒的に多いから、いつやられてもおかしくない。
 しばらく生き残った実感に浸った後、私は彼の方に視線を向けた。夜空に煌々と輝く満月の光の下、本来は黒色のバトルスーツを敵の体液で紫に染め上げ、右手に持った大鎌の刃先からその体液を滴らながらたたずむ、その様は禍々しく、それでいて雄々しくさえもあった。彼のそんな姿を見る度に私は愉悦と恍惚の入り混じった感情に支配されてしまう。
「白銀」
 仮面についた体液を汚れていない左手で拭い取りながら、彼は私の名前を呼んだ。そのテノールを聞く度に私の胸の鼓動は熱く高まっていく。
「……白銀?」
 再び彼は私の名前を口にした。返事をしないといけないのは判っているけど、胸の高鳴りがそれを許してくれない。
「し、ろ、が、ね!」
 最初の三文字を小さく言って、最後のねの部分を彼は私の耳元で怒鳴った。
「ひゃっ!! な、何するのよ! 夜!」
「あ、ごめん。って、そもそも俺が話し掛けているのに、君がぼんやりしているのが悪いんじゃないか」
「っ! べ、別にぼんやりなんかしていなかったわよ!」
 まずい。夜の目の前で何してるんだ、私は。
「違うね、絶対してた。……大体、最近の君はおかしいよ。俺が見た限りでは君はいつも心此処に在らずって状態なんだ。もしそれが原因で君がやられでもしたら……」
「えっ!?」
 夜の声が少し憂いを帯び始めた。この声が一番素敵かも出て……。って、そうじゃなくて、ひょっとして夜は私の事、心配してくれてるの? ……何か嬉しい。
「この世界を護る者が一人居なくなってしまう。それはこの世界にとって大きな損害なんだよ。だから頼む、戦う時だけでも、集中して」
 期待した私が馬鹿だった。そうよね。コイツの頭の中には戦いと平和の事しか無いんだから。
「とにかく、任務が完了したから玉鋼さん達と合流しよう」
 そう言うと夜はブレスレットに付いている円盤状の部品を右に回して、変身を解除した。私もそれに倣い変身を解いて、夜の方を見た。少し後ろに流れるように逆立った黒髪と刃物のように鋭い切れ長の目が一見冷たい印象を与えるが、内面は弱い者がいるとどうしても放っとけない熱血漢というそのギャップがこの黒鉄 夜(くろがね よる)の魅力である。その夜が黒色のコートを翻すとそのまま歩き出した。その姿に見取れていた私は夜に呼ばれて慌てて夜の後について行った。夜はちらっとこちらを見た。その目は本当に大丈夫なのかと疑っていた。何よ、誰の所為でこうなったと思っているのよ。


「はぁ……」
 なんでだろ。シャワー室の前で夜を待ち伏せてる自分がすっごい空しく感じてしまう。待ち伏せても私自身は何も言えないでさっさとどこか行くのはわかっているのに。何気なく視界の隅に入った自分の銀髪を指に巻き付けもて遊びしながらぼんやりとしていた。その髪を巻き付けた指ごと目の前に持ってきた。
「そう言えば、これなのよね。……あいつを好きになったのって」
 私のこの銀髪は染めたものではない。私には先天的に色素が無い、所謂アルビノというやつだ。色素のない皮膚は紫外線にとても弱く、直射日光の当たる所にいる事が出来ない。私は外で遊ばず、ずっと家に籠もりがちになって友達が作れなかった。更に銀色の髪と赤みがかった瞳が原因で小さい頃は吸血鬼だの幽霊だのと散々苛められ、恐れられてきた。今でも街を歩くと人間はぎょっとして避けるか好奇の目でこちらを眺めてくる。面と向かって喋る時も相手はこの容貌に良い印象を受けていないのがよくわかっていた。だから、私はこの髪が大嫌いだった。何でこんな風に生まれてしまったのだろうと自分を恨み続けた。あの日までは……。
 きっかけは半年前、私は黒ずくめの男達に取り囲まれ麻酔銃で眠らされ、気が付くとどこかの建物の長椅子に座っていた。まだ意識がはっきりしない私は長椅子に座りながら、やたら高い天井をボンヤリと眺めていた。そして、不意に頭に違和感を覚え何気なく横を見た。そして、固まった。私の隣で知らない男が勝手に人の髪を手に取って、撫でていた。
「な、何やってんのよ! あんた!」
 私が怒鳴ると男は平然とこちらを見て
「あ、ごめん。あのさ、君の髪触っても良いよね?」
とだけ言うとまた視線を手元に戻した。私は男の言動にすっかり呆気に取られてしまった。男はそんな私に目もくれず、新しい玩具を与えられた子供のような顔をしながら、私の髪を撫で続けていた。そして、ふとその仕草を止め、じっと私の髪を見つめた。
「……綺麗だな」
「え……?」
 今なんて言ったの、こいつ? 綺麗? 何が? 私の髪が? 何で? 今までこの髪を見た人間は例外なく驚いて、不審がって、避けようとしてきたのに。何でそんな事が言えるの? 私の疑問を余所に目の前の男はこちらに顔を向けた。
「ごめんね。君の髪が綺麗だったから、みとれている内に自然に手が出ちゃって。ああ、やっぱり君も拉致されて此処に来たのだよね」
 そう言うと男はその冷たそうな雰囲気からは想像出来ない人好きのする笑みを浮かべた。
「俺は黒鉄 夜。君の名前は?」
「えっ?」
 心が取り乱している所に突然、話しかけられてしまい、私は驚き戸惑ってしまった。夜と名乗った少年は眉間に皺を寄せると、
「あのさ、人が名乗ってきたら、自分も名乗り返すのは常識だよ」
と、自分のことを差し置いて、平然と言ってのけた。
「あ、白銀……白銀 雪菜(しろがね せつな)」
「へえぇ、雪菜さんか。よろしく」
「えっ! あっ、良いわよ、白銀で」
「ん? そう? まぁ、良いか。よろしく、白銀。俺は夜と呼んで良いから」
そう言うと夜はまた目を細めた。その笑った顔には、何の屈託もなく、本心からとっている行動なのはわかった。でも変な奴。私の髪が綺麗とか言ったり、私に普通に話し掛けてくる人間なんて、コイツが初めてだ。でもそれが嫌なわけではなく、寧ろ何心地良い。何かドキドキし始めてきた。……そうか、これが恋に落ちるという奴なのか……。   
―――それが私と夜の出会いだった。


「ぎ〜〜んちゃあ〜〜ん」
 物思いに耽っていた私の背中に、突然間延びした声と共に何かが抱き付いてきた。眉間に皺がよるのを必死に抑えながら笑顔を作り後ろを見た。案の定、私の背中に丁度、私の胸の高さまでしかない少女が顔を上げて、にっこりと笑っていた。
「……何の用ですか? 春香さん?」
「恋に悩む銀ちゃんの応援!」
 こいつは! 私より年上なのに小柄、童顔、幼児体型と、三拍子そろった黄金 春香(こがね はるか)は両結びにした髪を揺らしながらのうのうとそんなことを言ってのけた。
「わ、私は別に夜さんにそんな気はありません」
「へえ〜〜、さっきから鉄ちゃんのいる部屋に熱っぽい視線を送っておいてそんなことを言いますか? ほお〜〜」
「っ!! 見ていたんですね。何やっているんですか……」
「え〜〜、私だけじゃないよ。ほら」
 そう言うと春香は自分の後方を指さした。するとそこには赤銅 深紅(あかがね しんく)と玉鋼 海斗(たまはがね かいと)が気不味そうにこちらを見ていた。
「深紅さん、海斗さんまで」
「ごめんなさいね。雪菜ちゃん」
 ウェーブがかった背中まで伸びた柔らかい金髪が特徴的な深紅が申し訳なさそうに詫び、
「しかし、君も悪いよ」
 艶のある黒髪を後ろで束ねた中性的な面影を持つ海斗が笑っていった。
「私が、ですか?」
「そうだよ」
 右手の人差し指を立てながら、右目を瞑る仕草をして海斗は答えた。
「こんなに夜君の事が好きなのに、君が何もしないからいけないんだよ」
「そ、そんな。だから私はそんなつもりは……」
「無いとは言わせないよ。だって君は夜君にだけは素の自分を見せて、僕たちには今みたいにお淑やかにふるまっているんだし」
「あ……」
 確かに私は人前では猫被りをする。これは長年、虐げられてきて、いつの間にか身に付けた処世術のようなものだ。余り意識していなかったけど、自分でも海斗達にそのように振る舞っているので、夜にも取っていると思っていたのに。
「夜には私、こんな調子じゃないのですか?」
 それを聞いた三人は何を言っているんだというような顔で私を見ていた。
「本当に自覚していなかったの? 雪菜ちゃん」
「さっきの二人の会話は私達も聞こえていますし、通信記録にも保存されているはずだから、一度自分で聞いてみたらわかるわよ」
「夜君も夜君なら君も君か」
 三人の盛大な溜め息を私は愕然としながら見ているしかできなかった。
「何しているんです? 四人とも」
「っ! よ、夜!」
 しまった。三人の相手をしている内にいつの間にか夜が出てきてしまった。
「いや、別に僕たちは用があるわけではないけど、雪奈ちゃんは君に用があるって」
……え?
「そうですわ。私達は偶々通りかかっただけ」
あの……。
「じゃあね〜〜」
も、もしもし……?
 ……何よ、あの三人。もしかしてこのために私に話しかけてきたわけ? じ、冗談じゃないわよ! 私なんて言えばいいのか全く考えてないのよ。ああ、今、春香の奴、Vサイン出してる。あ〜も〜人の気も知らないで、あのお節介共め〜。
「白銀」
はう〜〜〜〜!
「俺に何の用?」
 よ、夜ったら、そんな怪訝そうな顔してこっち見ないでよ。こちとらまだ心の準備が出来てないのよ。えええい。こうなりゃ、自棄だ。
「ほ、ほら。明日休みでしょ? で、出来れば、買い物の荷物持ち手伝って貰いたいなぁ。何て……」
 ……言えた。何か思い描いてたのと全然違うけど、何とか夜に言えた。まぁ、これはあの三人に感謝ね。私は赤面しているであろう顔を俯かせて、夜の答えを待った。
「……ごめん……」
 夜から返ってきた答えは余りにも呆気ないものだった。
「明日は妹の誕生日なんだ。だから、その日ぐらいあいつに顔見せとかないと……」
 夜は心底申し訳なさそうに、私に詫びた。私は顔を上げると
「ああ、まぁ、良いわ。どうせ買い物って言ってもそんなに重いものは買わないし、一人で行くわ」
 そう言って踵を返すとそのまま夜を置いて、その場を去った。何故か、溢れ出そうな涙を必死に堪えながら……。


 翌日、私は一人で街を歩いていた。昨日はものの弾みで買い物と言ってしまったが買うものなんて特にない。それども、昨日から自分の部屋で泣き続けていた私は気分転換のつもりで外に出たのだ。それが間違いだった。アルビノの私は普通の人より紫外線の影響を受けやすい。だからなるべく紫外線の少なくなる日没以降に出たのだ。しかし、この時期は街はイルミネーションで覆われ、道行く人間の中には親しげに話しているアベックがやたら多かった。そんな中を通っていると無性に居たたまれなくなった。
不意に一人の女が私を指さし、連れの男に何か言って、男も私を見て笑っている。長年の経験から私を嘲笑しているのが判った。私はそのアベックを睨み付けるとそのまま走り出した。走っている内に私は泣いているのに気付いた。そして、心の中も言いようもない苦しみで溢れていた。この苦しみには随分馴染みがある。夜と出会う前の私の中に常にあり続けた苦しみだ。
誰も私に優しくしてくれない。誰も私を認めようとしてくれない。誰も私のことを人としてなんか見てくれない。誰も! 誰も!
「ぎゃあああっっっっっっ!!!!」
突然、町中に響き渡った悲鳴に私は意識を外に引き戻した。人々の絶叫がこだまする中、断末魔のした方を見た。そこには、先程私を嗤ったアベックの無惨に切り裂かれた死体と50センチはある爪に赤い液体を滴らせながら、空に向かって咆える二メートルは優に超える大きさと、山のように隆起させた筋肉を持った虐殺獣の姿だった。
「……嘘」
 本来、虐殺獣は夜行性で静かな場所に好んで集まる習性がある。それなのに、こんな明るくて、騒音の飛び交う場所に集まるなんて……。
「っ! まさか……」
いや、例外があった。虐殺獣の習性はあくまでも本能から来る行動である。それを本能に反して行動するとなると……。
「くくくくくくくくく。ふははははっはははははっっっっ!!!」
 とがった耳に突きだした鼻というオオカミのような容貌をした虐殺獣の口から漏れたのは周囲を振るわすような笑い声だった。
「いいぞ。その調子だ、人間共。もっと叫べ! もっと泣け! 泣いて俺に慈悲を請い、俺の爪と牙かかって無様な死に様を晒すが良い」
「やっぱり、上位種か……」
 こいつのように本能を凌駕する知能を持つ虐殺獣を私達は上位種と呼ぶ。上位種は数が少ない分、知能も戦闘力も並のやつらとは比較にならない程高いので手強く、私達は上からの命令で常に二人以上で上位種と戦っていた。しかし、今、ここにいるのは私だけ他のみんなを待っていたら被害が広がってしまう。それに……今はみんなとは会いたくない。さっきも私が出て行く時に三人とも申し訳なさそうに私を見ていたし、今日はまだ一度も会ってない夜にどんな顔すればいいのか判らない。だから私は腕のブレスレットの脇に付いている三つのボタンをある順番通りに押した後、円盤を左に回転させた。円盤が火花を散らしながら白く輝くのを確認すると私は虐殺獣に向かいそのまま走り出した。一瞬、光に包まれた後、私の身体は白色のバトルスーツに覆われ、両手には十字架を模した二本の小振りの剣が握られていた。
「むっ!」
オオカミの姿をした虐殺獣も私の姿を見て、少し驚いた後、邪悪な笑みを顔中に貼り付けた。
「くくくくく。そうか。貴様か。俺の同胞を次々と手にかけてくれた忌むべき存在は」
 私は両手の剣を構えると大地を蹴った。
「どっちが」
一気に加速した私は虐殺獣の懐にまで飛び込んだ。これには敵も驚いたらしく、ひどく狼狽したように目を大きく見開いた。
「っ! 速…」
 『速い』と言わせる前に私は左右の剣を同時に振るった。
「忌むべき存在だ!」
 周囲に金属のぶつかり合う音が響い……た。何で? 今までだったら、骨ごと肉を切り裂く感触と一緒に虐殺獣は三つに分かれてたのに……。
「……くもないな。全然」
 虐殺獣は両腕の爪に私の剣を絡めていた。そして、先程とは打って変わって見下した様に私を見ていた。必殺の一撃を防がれて呆然とした私が我に返った瞬間。
「ぼさっとするな!」
 虐殺獣は腕に捻りを加えて、容易く私の剣を絡め取り、
「はぁぁあああ!」
 私の顔に強烈な蹴りを入れた。それをまともに喰らった私はそのまま吹き飛ばされてしまった。
「ぐっ!」
 全身に伝わる痛みに耐えながら、私は立ち上がった。どうやら道路を面して向かい側にあった店のショーウィンドーまで蹴り飛ばされたらしい。幸い仮面のお蔭で顔は無傷ですんだけど、衝撃に耐えきれず仮面は粉々に打ち砕かれた。スーツの武器統括、筋力調整などの全てを統括する集積回路は仮面にある。それが失われた今、私の戦闘力は普段の自分と変わらない程にまで落ち込んでいる。
「はははは。何だ、我々を凌駕する力を持つものと聞いていたが、実際は唯の小娘か」
 虐殺獣は勝ち誇ったように嗤っていた。
「全く楽しめなかったが、まぁ、良い。そろそろ終わりにしてやる」
 そう言うと虐殺獣は爪を横に大きく払うとそのまま私目掛けて突進してきた。
「くっ!」
 私は両肘に装着されたナイフを引き抜くと虐殺獣目掛け投げた。
「無駄だ!」
 しかし、それを腕を軽く振るだけで奴はいとも容易くはじき飛ばした。そして奴は右手を振り上げると
「死ねい!」
 私目掛け振り下ろそうとしてきた。反射的に私は身を竦めた。……しかし、その爪が私を切り裂くことはなかった。代わりに何かが乾いた音を立てて地面に落ちた。
「な、何だと」
 虐殺獣は今度は驚きの声を上げた。私が顔を上げるとそこには間抜けな顔をして、肘から先のない自分の右腕を見ている虐殺獣の姿があった。
「大丈夫か、白銀」
 怒気に満ちた声にぎょっとして自分の右側を見た。
「夜……?」
 そこには左手に大きな鎌を持った夜がいつもの黒色のコートを風に靡かせながら立っていた。私を見るその目は今まで見たこともないくらい怒りに満ちていた。
「怒っているの?」
「当たり前だ!」
 私の問いかけに夜はものすごい剣幕で怒鳴った。その迫力に私は射竦められた。
「俺が間に合ったから良かったものの下手したら死んでいたんだぞ! 何でいつもそんな無茶をするんだ!」
「あ……」
 不意に涙が流れてきた。
「ごめん……なさい」
 こんなにまで怒った夜を見たのは初めてだった。こんな夜にしてしまったのが私だと思うとどうしても自分が情けなかった。
「ごめんな……さ…ぃ」
 だから何度も謝った。彼が私を許してくれるように、また私に微笑んでくれるように…。
「謝るくらいなら」
 夜はそんな私の頭に手をやると、
「もうこんな無茶はしないでくれ」
 そう私に諭した。その声にはどこか優しさが感じられた。私は子供のように、
「うん」
 とだけ答えた。
「約束だよ」
「うん」
 すると夜は我が子の罪を許す母親のように微笑んだ。微笑みながら鎌を持った左腕を右斜め上に振り上げた。
「うわああっっ!!」
 それだけで不意を突こうとした虐殺獣の左腕を切り落とした。夜はブレスレットを黒く染めると瞬く間に変身した。同時に倒れ込むように虐殺獣に近づくとその両脚を切り落とした。
 虐殺獣は両脚を失いそのまま地面に崩れ落ちようとした。夜は体勢をすぐに立て直し、鎌で虐殺獣の身体を引っかけて空高く投げた。
「ぬおおおおっ!!!」
 夜は右手を大きく開いた後、力を入れた。すると右腕の装甲が大きく成長して行き、指先には鋭く巨大な爪が形成された。それを天高く掲げる。そこに虐殺獣が落ちてきた。
「つまらなかったよ。あんた」
 夜の右手は虐殺獣の左胸を穿った。その手には大きく蠢く肉塊があった。
「地獄へ堕ちろ」
 紫色の体液と共にそれは弾け飛んだ。


 あれから、二時間。全てが終わってからやってきた海斗達は後の処理は自分達がやるからと私と夜をその場から追い出してしまった。(その顔には私に向けて『今度こそ頑張れ』というメッセージがありありと見て取れた)その為、私達はまた賑わいを取り戻した街を当てもなく歩いていた。あんなに私が望んでいたことだけどどうもしっくりこない。そのわけは判っているので、私は尋ねた。
「妹さんは元気だった?」
 その言葉に夜は大きく目を見開きこちらを見た。その様子から、何か聞いてはいけないことだったのかと内心焦ってしまった。
「い、妹さん。病気か何かなの?」
 それでも夜は首を横に振った。
「妹はとても元気な奴で重い病気に一度もかかったことはないよ」
 ……かかったことはない?
「でも、二年前、虐殺獣に殺された」
「っ!」
「俺はその時、目の前にいた。でも、助けられなかった。それが悔しかった。目の前で大切なものが壊されるのを黙ってみていることしかできないなんてもう二度とごめんだ」
 夜はどこか遠くを見るように星空を見上げた。
「だから、俺は誓った。もう二度とあんな悲劇を見ることがないように、強くなるって」
 そして、私の方を見た。
「強くなって、俺みたいな思いをする奴を無くそうって」
 その声には決意と覚悟が滲み出ていた。そうか、夜にどこか狂気に似た弱者への救世欲求を持っているところがあったのはこのためだったのか。悲しみの連鎖を断ち切る為に……か。
「あ、そうだ、白銀」
 不意に何かを思い出したように夜は私に問いかけた。
「ん?」
「ごめんね。買い物に付き合えなくて」
 心底申し訳なさそうに夜は頭を下げた。その姿は先程の雄々しい姿とは打って変わって、どこか可愛かった。私はその姿に苦笑しながら、
「あぁ、別にいいよ。ちょうど、今から行くところだったし、あんた、今は暇よね? 付き合いなさい」
「うん。わかったよ、白銀」
「それと……」
 私は前に回り込むと夜に笑って見せた。大切な人にだけ見せようと思っていた飛び切りの笑顔を。
「私のことはこれから雪菜って呼びなさい」
 夜はポカンとした顔でこちらを見ると
「何で?」
 とだけ答えた。
「何でもいいから!」
 そう言うと私は夜の手を引いて、走り出した。
「ほら! ぐずぐずしてると、お店、どんどん閉まっちゃうよ。早く早く!」
「わっ! ちょっと待ってよ、しろ……雪菜!」
 

 イルミネーションが鮮やかに輝く光の街の歩道。そこを白と黒の人影が手を繋いで駆け抜けて行った。


                                    【終劇】

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