屋上


「運命って、よく言うじゃん」

「うん?」

「お前はさ、信じる?」

「……なんだよ急に」

「俺は……何となく信じるかな」

 

 ある晴れた日の放課後である。

 課外授業が億劫になった僕は、時折そうするように今日も屋上へと逃げてきていた。

 夕焼けに赤く染まる、雰囲気も外観も少し寂れた感じのあるそこには、予想通り一人の先客がいて、それがこいつだ。

 朝夕問わず、課外授業サボリの常習犯。

 それどころか今日は6限目すらもブッチして、屋上にいた。

 何をしていたのかというと、なんでも「空を見てた」のだという。

 そしてこいつは、そんな臭い台詞が妙に似合う……僕の友人だ。

 

「はぁ?」

「そんな変な声を出すなよ」

「いや、だって、いきなり何を言い出すかと思ったら」

「うん? 妙なこと言ったか?」

「言ってると思うよ」

 僕は軽く苦笑しながら、その少し納得のいかなさそうな顔から、外の景色へと目を移した。

 この校舎の屋上からの景観は素人目に見てもなかなかのものに思えるくらい綺麗で、特に晴れた日のこの時間帯は素晴らしい。

 夕焼けが街並みと山肌を赤く染めていくそれは、とても美しいけれども、どこか現実味が薄く、まるで一日どころか色んなものまで終わってしまうような、不安にも感傷にも似た感覚を僕に覚えさせる。

 僕はこの夕焼けが好きだった。

 そして、いつもこの場にいて不思議とこの夕焼けと雰囲気の似ている、こいつと話すのも。

「そんなに変なことかな……」

「いや、普段から変なこと言うやつだとは思ってたけどさ……さすがに運命とか口にするとは思わなかった」

「お前は信じてないんだ?」

「信じるわけないだろそんなの」

僕はそう言って一笑に付して終わるつもりだったが、

「俺はあると思うな」

 大真面目にそんな事を言った。

「……意外にロマンチストなんだな」

「あ、何か皮肉っぽいなそれ」

「まあ、そうだけど」

「む」

 運命。

 人の上に在り、人を支配するものが神だとしたら、わかりやすく言えば運命というモノはその神の意志とでもいうものだろうか。

 この時点で既に胡散臭い。

 しかも、それが人間の人生その他を全て左右するなんて、バカみたいな話だ。

 そんなものがあるわけがない。

 あってたまるかとも思う。

 もっとも、僕は「人生は自分で切り拓いていく」なんてことを言う覇気ある少年でもないが。

 それでも、人生というものに変化があるのだとしたら、それは努力なり何なりの原因があって、それ相応の結果であるはずだ。

 それを運命の一言で片付けてしまうのは違うような気がする。

「まあ、そう馬鹿にしないで見てみろよ」

「何を……」

 指差した先には、会社帰りの車で混雑する道路があった。

「あれがなんだよ」

「あの車には、一つ一つに人が乗ってるんだよな」

「?」

 何を当たり前のことを言っているのか、と思った。

 が、目の前のこいつはひどく遠くを見るような目で、続ける。

 僕も、また道行く自動車に目を戻す。

 屋上から眺めるそれは、とてもちっぽけなものに見えた。

「あれだけ多くの車があって、それには勿論それぞれ違う人が乗っている。一人で運転している人もいれば、助手席に誰かいるかもしれない。後ろに誰か乗せてるなら、もっと人は多い」

「車だけじゃない。歩道にだって人はいる。買い物帰りの人もいれば、今からどこかへ向かう人だっているだろう」

「この街の、あの通りの、この時間だけでもあれだけの人がいる」

「そして、それだけの人間がいるのに、俺はきっとあそこにいる誰も知らない」

 彼はそこまで言うと、一瞬だけ間を置いた。

 そして、僕の方を真正面から見据えて言う。

「よくよく考えると、おかしな話だと思わないか?」

「……そうかな?」

「うん。何故俺はあそこにいる彼らと出会うことはないのか。そして」

「何故お前とは出会ったのか?」

「……そう言われると何だか気持ち悪いな」

「バカ、茶化すなよ」

「うーん、何で出会ったのかと言われてもなぁ。同じ学校だから?」

「じゃあ、何故同じ学校に?」

「学力の関係?」

「じゃあ、お前と俺がこの学校に来るような学力になったのは?」

「……そこそこ真面目にして、そこそこダラけてたから?」

「じゃあ、俺たちが学業に対してそんな態度をとったのは?」

「……」

 解けない難題をぐいぐいと押し付けられてるような気分になって、僕は何も言えなくなってしまった。

 何か言い返そうとすればするほど、言葉が出なくなってしまう。

 そんな僕を見て、彼はニヤリと笑った。

「そもそも、はっきり筋の通った答えなんて無いんだよ、きっと」

「……うーん」

「理屈じゃないんだ。俺があそこにいる連中のことを知らないのも、お前と出会ったのも」

「それが……運命だって言うのか?」

「まあ……何となく、そういう人の巡り会わせみたいなのを考えるとさ、あるかなぁって思うんだよなぁ」

「そうかなあ……」

 何処か楽しそうにする奴を見ながら、僕は何かひっかかるものを感じながらも、それを呑みこむように無理やり納得した。

 夜はもう、すぐそこまで来ていた。

 

 

 

 数ヵ月後、あいつは死んだ。

 自殺しただとか、実は不治の病だったとか、そんなんじゃない。

 ただの不幸な交通事故だった。

 いつものように遅れて学校へ来、放課後に屋上で僕と話したあいつは、その帰りに前方不注意の車と衝突したらしい。

 即死だった。

 

 昨日、僕はあいつの葬式に参列したが、まるで実感が湧かなかった。

 涙の一つも出なかったくらいだ。

 葬式の参列者の中に少し気だるそうにしているやつの姿があるような気がして、僕はひそかに辺りを見回した。

 もちろん、その姿を見つけることは出来なかったけれど。

 

 そして今、僕はあいつとよく話をした屋上へと上がってきている。

 何か目的があったわけでもない。

 ただ、何となく足が向かっていたのだ。

 そこに、あいつの姿は無い。

 事故防止用のフェンス越しに、夕焼けに染まる街と、自動車の列が目に入る。

 僕は、あいつが言っていた運命の話をふと、思い出していた。

 

「なあ、人の出会いは運命だって、お前は言ってたよな?」

「だったら……別れだって、そうだって言うのか……?」

 

 あいつからの答えは無い。

 代わりに、風が吹いた。

 突如、僕の全身を震えが襲った。

 僕は自分の身体を抱きかかえるようにして、その場にうずくまる。

 深く、呼吸をした。

 二度目の呼吸で、震えは止まった。




戻る