〜登場人物〜
御津神 冥介(みつがみ めいすけ)・・・・・・特撮マニアの名探偵。神聖探偵社所長。
御津神 芹奈(みつがみ せりな)・・・・・・冥介の娘。趣味は父親と同様。推理の才は父親譲り。
紫月 天馬(しづき てんま)・・・・・・・・主人公。名探偵を目指す、冥介の助手。芹奈の幼馴染。
恋宮 水姫(こいみや みずき)・・・・・・・・探偵秘書。神聖探偵社唯一の常識人。
番場(ばんば)??・・・・・・・・冥介の高校時代の先輩。現在はいわい祝探偵事務所を一人で経営。冥介も認める奇人。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
事の発端は、神聖探偵社で交わされた何気ない会話だった。
この事件は、正確を期するなら『事件』と表現することを避けるべき類の出来事なのかもしれない。
しかしそれでも、僕は敢えてこの出来事を『事件』と呼びたいと思う。
何故なら――この出来事は、僕にとっては一つの『事件』に他ならなかったのだから――。
どこまでいっても不親切で、どこまでいってもアンフェアな――。
そう――正にこの出来事は、『御津神芹奈のための事件』。
そう呼ぶに相応しい出来事だったのだ。
一
抜けるような青空を恨むような眼で見上げて、僕は海より深い溜息を吐いた。
吐き出された吐息は僕の気持ち同様、深々と空気の海の中に沈んでいった。
「ほんと、依頼人が来ませんね」
しかし、僕の嘆きにもこの神聖探偵社の主――御津神冥介はしごくのんびりとした口調で答えるのみだった。彼の口から紡がれる言葉には緊張感や悲壮感といった種類の暗い色は一切感じられなかった。その眼は糸のように細められ、彼が本当に起きているのかどうかもさだかではない。
「ここに依頼がない――ということは、世の中が平和だということだよ。喜ばしいことじゃないか――」
「そりゃあ、そうですけど――」
先生の言い分も一理あるのだが、僕としてはその平和が少し恨めしい。
それがただの八つ当たりであると自覚しながらも、自然と不満げな口調をぶつけてしまう。
「――それでも、一件も依頼がないというのは大問題ですよ?」
僕の反論に、先生は「ふむ――」と顎を撫でて考え込んだ。
だが、その実何も考えていないだろうことは容易に予測できた。
「天馬君の言う通りですよ、所長。最後の依頼がきてから、どれぐらい新しい依頼がないと思ってるんです? このままでは――」
腰に手をあてたポーズも勇ましい女性が、細く整った柳眉を軽く逆立てて先生に詰め寄る。
「判っている――判っているよ、水姫君。それぐらい僕だって考えているさ」
僕の言葉に同調して長い長い小言を始めようとした水姫さんの言葉を遮るように、先生が口をはさんだ。口ではああ言っているが、実際のところは、やはり何も考えているまい。
先生とは――御津神冥介とはそういう人だ。人並みはずれた推理力を有する替わりに、それ以外のすべての常識や能力を差し出してしまったかのように、何もできない。早い話が、社会生活不適合者である。金銭感覚は欠如、社会常識に関しては無知――。よくもこれで、今まで探偵事務所を営んでこれたものだと思う。その点では水姫さんの大変な苦労が偲ばれるところだ。――言いたい放題だが、しかし僕は別に先生に対して大きな恨みを抱いている訳でもなければ、馬鹿にしている訳でもない。探偵としての実力はもちろん、人間としても――多少の疑問を抱きながらも――実に尊敬に値する人物だと、僕は考えている。しかし、それでも先生について説明しようとするなら、そうしたマイナス面をどうしても説明しない訳にもいかないのだ。――もう一度繰り返すが、御津神冥介は偉大な探偵である。
「そうだなあ、どうせ暇だから君達――」
欠伸混じりに先生は、僕と、奥のテレビでビデオ鑑賞をしていた御津神芹奈ちゃんに声をかけた。どうやらつい数秒前に水姫さんから承った小言は早くも忘却してしまったらしい。
「――たまには、他の探偵事務所に行って研修でもしてくるかい?」
「それは面白そうですね!」
先生の提案に僕が真っ先に飛びついた。
芹奈ちゃんの反応は、いつも通りの無反応。
話を無視された形の水姫さんは「もう知りませんよ!」と頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
「それで、どこの探偵事務所ですか?」
「うん、僕の高校時代の先輩で番場さんという人がいるんだけどね、その人が営んでいる祝探偵事務所というところなんかどうかと思うんだ。以前から番場さんとはそういう話もしていたし。――どうかな?」
平穏すぎる平和に、いい加減暇を持て余していたこの僕に異論のあろうはずもない。
一秒とかけずに即答した。
「もちろん、行かせてもらいます!」
「芹奈――君はどうする?」
彼女は先生、僕へと順に視線を送り、次いで諦めたように息を吐いた。
「……判りました。私も天馬君に同行します」
芹奈ちゃんも先生の提案を無事受諾してくれた。
だが、今の返答までのわずかな間と、あの溜息混じりの返答はなんだろう?
まるで、しょうがないから付き合ってあげます、と言わんばかりの態度ではないか。
まあ、僕が気にしてもしょうがないことだけど。
「よし、判った。それじゃあ、その旨をあとで番場さんに伝えておくよ」
先生は満足そうに笑みを浮かべる。僕も、先生同様に笑みを浮かべた。対照的に、芹奈ちゃんは無表情、水姫さんは呆れたような表情だった。
「ところで――その番場さんってどういう人なんですか?」
僕の質問に先生は「そうだなあ」と遠い眼で天井を見上げて考え込んだ。しかし、決して天井に何かが書き込まれている訳ではない。ただの、真っ白な天井だ。
しばらくして先生は僕に向き直ると、その番場さんという人について解説してくれた。
「とにかく、すごい人だよ。高校時代に趣味を通じて知り合った人なんだけどね、当時からエキセントリックな人で、とにかく人目を引いたなあ――。それから番場さんは親父さんの事務所を継いで探偵になったんだ。ほら、僕の行きつけの『幻夢界』っていう喫茶店があるだろう? そこのマスターが番場さんの親父さんだよ。事務所を引退してから喫茶店を始めたんだ。そして、番場さんはその後を継いで探偵を始めた。変わった人だけど、探偵としての腕は確かだよ。ただ、少々風変わりな探偵術ではあるんだけど、ね」
先生は最後に悪戯っぽい笑みを浮かべて、説明を締め括った。
しかし、これだけの説明じゃあ番場さんという人の具体的なイメージが湧いてこない。まだ僕の中では、彼のイメージは霧を纏ったように朧な状態だった。
「あの――もっと、具体的には――?」
「あとは、実際に会ってみてのお楽しみだね」
先生にはそれ以上教えてくれる気はないらしい。
僕から視線を外すと、何が面白いのか窓越しに空の景色を楽しみ始めた。
僕も同様に眼をやれば、透明な膜に隔離された外部にはただただ蒼い空と白い雲が二色だけの絵を描いている――それだけだった。
しょうがない。
僕は振り返ると芹奈ちゃんに声をかけた。
「芹奈ちゃん――」
「今いいところです。邪魔をしないでください」
「……判ったよ」
一秒と経たずに返ってきた返事に、僕は憮然としながらも引き下がるしかなかった。
どうやら芹奈ちゃんは、ビデオの方にご執心らしい。
彼女には珍しい熱心な表情でテレビのモニターを覗き込んでいるのだった。
僕は溜息を吐いて天井を見上げた。
視線の先にある天井は、やはりただ白いだけで何の面白味もない代物だった。
ちなみに、その時テレビには――どう見てもパイナップルにしか見えない仮面を被った怪しげな男が二丁拳銃を武器に悪党らしき集団と闘っている場面が映っていた。
タイトルは、『パイナップル仮面』といったところだろうか?
実際のところはどうだか知らないけど。
二
「ここが祝探偵事務所かあ――」
眼の前の建物を見上げて僕は感慨深げに声をあげた。隣では相変わらず無感情な芹奈ちゃんが、ただ無表情に佇んでいる。微動だにすることなく立ち尽くすその姿は、人形のような作りの顔の造作と相まって、まるで一個の彫像のようでもある。
「番場さんって、どんな人なんだろうね?」
「会ってみれば判ります」
「…………」
返ってきた答えは、とりつく島のない簡素にして簡潔なものだった。
相変わらず、会話が続かない。
僕はこっそり息を吐くと、肩を竦めて歩き出した。
その僕の後を、芹奈ちゃんがついてくる静かな気配が追ってくる。
ところで、祝探偵事務所の『祝』ってどういう由来があるんだろう?
ふと浮かんできた疑問に、僕は胸中で首を捻った。
「うにゃ〜ぁ」
恐る恐る室内に踏み込んだ僕達を最初に迎えてくれたのは、やたら偉そうな雰囲気の茶虎の猫だった。
猫は室内に侵入してきた僕達二人を見上げて「うにゃあ」ともう一声鳴くと、甘えるように芹奈ちゃんの足元に纏わりついた。
いつものことだが、芹奈ちゃんは甘えるようなその仕種に対してもまるっきりの無反応。
代わりに僕が頭を撫でてやろうとしゃがみこむ。
「あっ……」
頭を撫でようと伸ばした手を避けられた。
なおも芹奈ちゃんの足元で喉を鳴らしていた猫は、お前になんか頭を撫でさせてやらないよ、というような態度でぷいと向こうを向いて彼女の足から離れたのだった。
可愛くない猫だ。
どうやら、しっかりと男女差別をしているようだ。
「彼は、タイガージョーというんだ。なかなか賢そうな猫だろう? そいつは元々私の親父殿の飼い猫だったんだよ。今では、すっかりこの事務所の主だがね」
可愛い気のない猫に気をとられていた僕は、唐突に言葉をかけてきたその人物を視界に捉えて、眼を点にした。
僕とは対照的に、芹奈ちゃんの表情にはいささかの変化もない。
さすがは鉄面皮。
「うん? どうかしたかい?」
『どうかした』もないものだ。
この人は――なんて派手で、なんて気障な衣装を身に纏っているのだろう。
いや、衣装のせいだけではない。
彼自身が発する雰囲気自体がそのような印象を僕に抱かせているのだろう。
彼の周囲だけ空気の色が違って見える。なんとなく、輝いてさえいるようだ。
室内にもかかわらず頭の上にのせられた白い帽子。それに合わせたような白の上下のタキシードスーツ。首もとには七色の蝶ネクタイ――のような物。右手にはやはり白いステッキ。
笑った顔の隙間から見える白い歯までもが輝いて見えそうなまでに、異様な姿であった。
その姿は上品に整えられた事務所内においても、やはり浮いている。
僕はここまでに浮世から浮いた人間にお眼にかかったことがなかった。
しかも、僕の奇異の視線を受けてもなお、この人はなんでもないように振舞っている。
あるいは、既にそうした視線には慣れっこなのかもしれない。
それでも、僕は思った。
この人は、先生の言う通り、本当にすごい人なのかもしれない。
そう思わせるだけの雰囲気が、この人にはあった。
「御津神冥介の娘の御津神芹奈です。よろしくお願いします」
番場さんの圧倒的なまでのインパクトに呆気にとられていた僕は、芹奈ちゃんのまるで感情の込められてないかのような静かな声で我に返った。
そうだ。今はとりあえず挨拶が先だ。
「僕は助手の紫月天馬です。よろしくお願いします」
頭を下げた僕達に、番場さんは嫌味なまでに白い歯を見せて、笑った。
並びのよい白い歯が、照明を受けてきらりと輝く。
「私の自己紹介は、今は控えさせてもらおう。この後にある趣向を考えているんでね。――さあ、とりあえず掛けたまえ」
大仰な芝居がかった身のこなしで、眼の前の椅子を僕らに勧める。
とりあえずは、その勧めに大人しく従うことにした。日和見主義の芹奈ちゃんも、当然事を荒立てるような真似をわざわざするはずがない。ここは僕同様、静かに勧められた椅子に腰を下ろした。
「失礼します」
「ふむ――どうやら礼儀というものをしっかりわきまえているようだ。感心感心――」
上機嫌なのか楽しげに笑う。その声すらもある種の高笑いに聞こえてしまうのだから不思議だ。
「紅茶でよろしいかな?」
探偵自らが盆で運んできた上品なデザインのカップを「いただきます」と受け取る。芹奈ちゃんもそれに倣った。
番場さんも自分の為に用意したカップを手にして、最初の一口を啜った。
これほど紅茶の似合う人も珍しいものだ。
僕は紅茶から立ち昇る香り高い湯気を楽しみながら、眼の前で実にうまそうに紅茶を啜る探偵を観察した。
日本人離れした彫りの深い顔立ち、意志の強さを湛えた鋭い双眸。
時と場所が違えばどこかの国の一貴族と言って通用しそうな風貌だ。
あるいは、尊大な態度と彼から発される特殊なオーラが、僕にそんな錯覚をおこさせたのかもしれない。
「さて――先ほども述べた趣向だがね、これから君達二人には『名前当て』に挑戦してもらおうと思うのだが、いかがかな?」
しばらく紅茶を楽しんだ後、番場さんは唐突にそうきりだした。
あまりに唐突な申し出に、僕は飲みかけていた紅茶を気管に詰まらせて眼を白黒させた。
「げほっ、ごほっ、えほっ――はあ、はあ――え〜っと、『名前当て』というと、誰の名前を当てるんですか?」
「決まっているだろう? 私の名前さ。この番場の、下の名前を当ててみたまえ」
僕の質問に、番場さんはなんでもないことのようにさらりと答えた。
だが、その内容たるや、さらりと聞き流せるものではない。
「それはいくらなんでも無茶――そうでなければ無謀というやつですよ。人名なんて幾通りのパターンがあると思ってるんです? とてもそんなことなんてできやしませんよ」
早口でまくし立てた僕の反論にも番場さんは平然としている。
優雅に紅茶を一口啜って、答えた。
「ふむ――確かに、君の言うことももっともだとも。だが、探偵ならばそれぐらいはできなければな。と言っても、このままじゃ余りに可哀想だ。そうだな、二つだけ、二つだけ質問する権利を君達に与えよう」
番場さんは挑発するように不敵に笑う。
僕達の前に、つき立てた人差し指と中指を突きつけた。
「――いかがかな?」
その挑発するような台詞に、僕は弱腰の質問で答えることしかできなかった。
「――それは、僕達一人につき質問二つ――ということですか?」
「ふむ――しょうがあるまい、大サービスだ。その条件を飲もう」
番場さんは大げさな動作で肩を竦めると、両掌を上向けた。
僕の顔に、ほんの少しだが希望が戻った。
それならば、なんとかなるかもしれない。
依然厳しい条件に違いないが、質問次第では答えを絞ることも不可能ではないだろう。だから、質問は慎重に選ぶ必要がある。そうできなければ、このゲームは僕達の負けだ。
僕は芹奈ちゃんに、慎重にいこう――と視線を送ったが、彼女は相変わらず何を考えているか判らない仮面のような無表情で、ただ静かに紅茶を啜っているだけだった。
どうやら、協力プレイは望めそうもなさそうだ。
まあ、もとからだいたい予想はついていたけど。
「さて――準備はいいかな?」
僕は番場さんの確認に、こくりとただ頷いた。
先ほど紅茶を飲んだばかりだというのに、僕の喉は強い緊張で早くもひりつくほどに乾き始めているのだった。きっとその時の僕の表情も、極度の緊張ゆえに固まったように引きつっていたことだろう。
「それでは、君から始めたまえ――」
理由もなく僕が先鋒と決定されてしまったが、もちろん僕は番場さんの決定に逆らうだけの度胸は持ち合わせていない。ただ諾々と、彼の言に従うだけだ。
「――判りました――」
短くそう答えて了承の意を示す――僕にできるのは、ただそれだけだった。
「うにゃにゃ〜ぁ」
それまで芹奈ちゃんの膝の上で気持ちよさそうに眼を細めていたタイガージョーが、僕をからかうように一声鳴いた。
三
僕は思考する。
まず大問題なのは、どのような質問を番場さんにぶつけるか――ということだ。
これが、このゲームにおける最初にして最大の難問だった。
これを無事乗り切れるか否かに事の成否がかかっている。
僕は必死になって頭を絞った。
単純に考えるならば、答える解答権を三度得られた――という見方もできる。
つまり、二度の質問のチャンスを、答えを確認する機会として利用することができるということだ。
だとすれば、何か適当な名前を考えて、そのチャンスに賭けるか?
いや、駄目だ。
僕は頭を振って、その考えを否定した。
そんなことをしても意味はない。
人名というのはほとんど無限に存在しているのだ。無限分の一の確率が無限分の三になったとしても、結局それは近似的に見れば確率零であることに違いはない。
そんなことをしていては、ほぼ百パーセント僕の負けだ。
それならば、もっと別の手段を考えなければならない。
この場合、質問はやはり解答を絞る為のヒントとして利用されなければならないのだ。
問題なのは、果たしてどのような質問がこのような場合に有効なのか――ということだが。
僕は、僕自身のちっぽけな脳細胞をフル回転させて思考を進めた。
色々な可能性を思い浮かべては、消去していく。
駄目だ。
どんな質問をしても名前を絞ることなんてできるはずがない。
そんなことは、不可能だ。
絶望感に、眼の前が真っ暗になったような気分だった。
これがせめてトランプのカード当てならば、質問内容もある程度は限られてくることだろう。
そうした場合なら、カードのマークや、絵札か否か、数字の大きさ――質問はいくらでもある。
それに、トランプはせいぜい全部で五十数枚程度だ。今回のゲームとは難易度が違い過ぎる。
人名当ての場合なら、何を訊くべきだろう?
もう一度、自問を繰り返す。
…………。
いや、待てよ。名前にも何か法則がなかっただろうか?
確実な法則でなくともいい。
そう――何か傾向のようなものさえあれば、それを手がかりに考えることもできる。
そこまで考えて、閃いた。答えを絞れる可能性のある質問を――。
そうだ! これだ!
人が子供に名前をつける時の傾向としては、親の名前が参考にできるではないか!
子供に親の名前の一部を与えたりすることは、結構よく聞く話だ。昔も今もその傾向は変わらない。ということは、番場さんの親の名前――この場合は父親の名前を訊ねるのが一番有効な質問だろう。
何故なら、番場さんは間違いなく男で、男子の名前は男親からとられることが多いからだ。
しかし、その傾向に従わない名前を持つ子供だって数多く存在する。
だが、こうは考えられないだろうか?
番場さんの名前は、なんでもないような、適当につけられた名前ではなく、ある法則に則ってつけられた名前なのだ。そうでなければ、番場さんが自分の名前をわざわざゲームの材料にするはずがない。こうしてゲームとして出題するからには、そうした法則のような手掛かりがあるはずなのだ。
そしてこの場合、その法則というのが親の名前ということだ。
つまり――これが、最良にして最善の質問なのだ。
僕は乾ききった唇を軽く湿してから、言葉を紡いだ。
「番場さん――それでは、第一の質問です」
「さあ、なんでも訊いてくれたまえ」
ようやくの僕の言葉に、待ちくたびれたように番場さんは大きく欠伸をした。
「いや、これは失礼」
僕は、一つ呼吸してから第一の質問を番場さんに投げかけた。
「番場さんのお父さんの名前は何でしょうか?」
僕の問いに、番場さんは実に楽しそうに笑んだ。
「ほおう。なるほど、それが君の質問か。いい質問だ。ゲームの本質をよく吟味したようだな。――それでは、君の質問に答えるとしよう。私の父の名は、番場龍二だ」
番場さんの答えに、僕は充分に満足することができた。
番場龍二――この名前ならば『二』という漢数字をとりたてて子供に与える必要はあるまい。それならば、番場さんが父親から受け継いだ漢字は、『龍』と考えて問題ないだろう。
続いて、新たに得られた手掛かりをもとに推理をさらに前進させる。
次に問題なのは、残りはどんな文字が使われているのか――ということだ。
同じ考えを当て嵌めるなら、残りの字も親から受け継いだ名前ということはないだろうか?
この場合、残りの字は母親から受け継いだと考えられる。
しかし、この考えはどうだろう?
兄弟がいれば、それだけで話が変わってくる。
再び僕の思考は袋小路に迷い込みかけたが、その時自分の今の考えの中に、ある可能性を見出した。
兄弟――?
そうだ! 兄弟の名前のつけ方の法則があるじゃないか! しかも父親の名前が『龍二』――その法則に従ったつけ方をされたと思われる。それならば、その子供である番場さんの名前にも同じ法則が介在している可能性は充分にあり得る。
僕が見出した可能性とは――兄弟の名前のつけ方だった。
兄弟が生まれた時、もっとも単純な名前のつけ方はある一つの漢字を軸としてそれに生まれた順に一、二、三――と漢字を割り振っていくことだ。そうすれば、名前を見れば何番目の子供かも判り、誰にとっても覚えやすい。例えば、番場さんの父親の番場龍二氏は、『龍二』なのだから次男であるということになる。
つまり、この法則に従った名前であるなら、逆に何番目の子供か判れば、名前も決定できる――ということだ。これで、番場さんの名前はほぼ確定される。
「それでは、第二の質問です。番場さん――あなたは番場龍二氏の何番目の息子ですか?」
「ふむふむ、そうきたか。いいぞ。君の論理の流れが見えるようだ。実に興味深い。――まあいい。検討は後で行うとして、とにかく君の質問に答えるとしよう。私は番場龍二の一番目の息子――長男だ」
必要なデータは揃った。
後は、それを答えという形に組み上げるだけだ。
頭の中で、データから結論を算出する。
単純に考えるなら――『番場龍一』、というところか。
これが、答えだろうか?
自問して、すぐさまそれは否定された。
あり得ない。
何故なら、その法則でいくと番場龍二氏の次男の名前が同じ『番場龍二』になってしまうからだ。
普通親と子が同名なんていう、そんな紛らわしい真似はしないだろう。
それでは、これまでの論理が間違っていたのだろうか?
いや、それもないと思いたい。手がかりが必要不可欠である以上、その名前はある法則に則ってつけられた名前であるはずだからだ。それならば、これまでの論理が誤っていたとは思えない。
それでは、いったいどのような修正を加えれば妥当な名前として成立するか?
今度は、さして悩むまでもなく解決策が脳裏に閃いた。
そうだ! 先ほど導き出した名前に漢字を一字加えればいいのだ。
それは、日本人の兄弟の名前ではよくあることだ。これならば、法則に則りながら父子の名前の一致を避けることができる。
男名で数字を含む名前によく利用される漢字としては、一般的には『郎』という漢字が多いだろう。だとするなら、番場龍二氏の息子達の名前は上から順に『龍一郎』、『龍二郎』、『龍三郎』――ということになる。
『番場龍一郎』――派手で気障な雰囲気を纏う番場さんには、この大仰な名前が似合っている気がする。
これが、これこそが――答えだ。
僕は、ようやく結論に至った。
僕は考えている間テーブルの上に落としていた視線を眼の前の番場さんに戻した。
僕の挑戦的な視線を容易く受け止めて、番場さんは笑った。
それは、心の底から楽しげな、そんな笑いだった。
「その顔は、答えが判ったという顔だな。よろしい。さあ、それでは早速君の答えを述べたまえ」
僕は番場さんから眼を逸らすことなく、はっきりと僕の導き出したその名を口にした。
「あなたの名は、番場――番場龍一郎さんですね?」
「…………」
番場さんは僕を焦らすように、ゆっくりと紅茶を一口啜った。
そして――彼は次に大仰な身振りで首を振った。
それから、おもむろに口を開く。
「残念だったが――答えはノーだ。私の名は『番場龍一郎』という名前ではない」
僕の推理は、番場さんのその言葉だけであっけなくも崩れ去ってしまったのだった。
それだけのことで、僕は足元が崩れ去るような崩壊感を味わう。
「いやはや、答えを誤ったとはいえ、君の質問や答えからはきちんと筋道立った論理を読み取ることができる。でたらめな考えでないことはよく判った。さすがに御津神君のところで学んでいるだけのことはあるな。彼もよい弟子に恵まれたものだ。――まずまずの点数だが、合格点をやっても構わないだろう」
番場さんの言葉に、僕はほんの少しだが救われた気がした。
答えこそは誤ったが、僕の推理も決して無駄ではなかったということだ。
こうして番場さんに認めてもらうことができたのだから。
今日のところは、それだけで満足だった。
現金なことに、僕の沈んでいた気持ちは番場さんのその言葉だけで一切が綺麗に霧散していたのだった。
そんなことを考えていた僕を、番場さんの一言が現実に呼び戻した。
「それでは、芹奈君。今度は君の番だ」
その言葉に、僕の心は過剰なまでの反応を示していた。
そうだ。僕が失敗したということは、次は彼女の番なのだ。
この難問に、彼女はいったいどのように挑むのだろうか?
これは、非常に興味深い問題だった。
もしかすると、この問題で彼女の能力が見極められることになるかもしれない。
「…………」
僕は、番場さんに向かって静かな視線を送り続けている芹奈ちゃんが、口を開くその時を静かに待ち続けた。絶対零度の氷で凍結されたような静けさの中、ただひたすらに――。
四
彼女ならば、どのような質問を用いて条件を絞り込むのだろう?
どのような論理を操って真実に到達するのだろう?
推理の才においては、名探偵と称されるその父すらも凌駕するとまで言われた彼女ならば――。
あるいは彼女ならば、この不可能事も難なくやってのけるのかもしれない。
僕には何故だかそんな気がしてならなかった。
そして、いよいよ待ちに待った瞬間が訪れようとしていた。
彼女の小さな赤い唇が、言葉を紡ぐ為に今ようやく開かれたのだ。
「私は――質問はしません」
冷たさすら感じさせるような静かな口調で彼女が告げたその一言が、僕を心底から驚愕させた。
それは、僕には到底信じられないような発言だった。
そんな馬鹿なことがあり得るだろうか?
ただでさえこちらが圧倒的に不利な条件でのゲームなのだ。唯一の希望とも言える質問の権利を放棄して答えに辿り着くことなんて、できるはずがない。
それを――彼女は、あっさりと言ってのけたのだ。質問する必要はない、と――。
さすがの番場さんも、芹奈ちゃんの発言に面食らったように表情を固めていた。
だが、すぐに立ち直って賞賛の拍手を送る。その仕種も海外の映画俳優のようだ。
「実に面白い。ノーヒントでゲームに挑むか――。さすが御津神君の娘、一筋縄ではいかないようだ」
「いえ、ノーヒントではありません。私の知りたかったことは既に天馬君が訊いてくれました。だから私には訊くべきことはない。――それだけです」
相変わらず淡々とした調子で、彼女は言葉を紡いだ。
「まあ、どちらでも構うまい。――さあ、それではその一度きりの機会で、見事答えを当ててみてくれたまえ」
番場さんは、挑戦的に笑った。
相対する芹奈ちゃんは無表情を保っている。
二人は、しばし沈黙を間にはさんで対峙していた。
その沈黙を破って、いよいよ芹奈ちゃんが口を開く。
彼女の頭の中にある答えを具現化させる為に――。
言の葉にのせて、答えを――真実を口にした。
「私の辿り着いた答え――あなたの名前は、番場――番場壮吉さんです」
断定形のその言葉は、彼女が自分の推理を一片たりとも疑っていないという証だ。
僕は、彼女のその強さが羨ましかった。僕にはとても自らの推理を百パーセント信じることはできない。それができるあたりが彼女の実力にも繋がっているのだろう。
それにしても――と僕は考える。
どうして答えが『番場壮吉』なんだろうか?
答えを聞いてなお、彼女の辿った論理の道筋が僕には見えてこなかった。
『壮吉』という名前では、どこにも名前の法則性を読み取ることはできない。
僕には適当につけられた名前のようにしか思えなかった。
いったい、どこから彼女はこの結論を導き出したのだろうか?
そして、本当に答えはそれで正しいのだろうか?
僕は彼女の答えに対する番場さんの反応を待った。
しばしの静寂の後――不意に、室内に再度の拍手の音が響いた。
確認するまでもない。それは、番場さんの掌を音源とした拍手であった。
ということは――。
「お見事お見事、実にお見事――。まさかとは思ったが、本当にただの一度も質問することなくこの私の名前を言い当てるとは……」
「それじゃあ――」
あまりの衝撃に、僕は言葉を失った。
彼女は、本当にただの一度も質問することなく番場さんの名前を言い当ててしまったのだ。
「芹奈君――本当に君は大した逸材だ。――それでは改めて自己紹介といこう。私の名は番場壮吉――よろしく頼む」
優雅に立ち上がった番場さんは頭の帽子を取り払うと、身を折って頭を下げた。それすらも映画の中のワンシーンのようである。こんな時ですら、この人の立ち居振舞いはどこまでも芝居がかっていた。
「ところで――あれだけのヒントから、どうして番場さんの名前が『番場壮吉』だと考えられるんですか?」
答えを聞いた今になっても、僕にはその点が不思議でしょうがなかった。
いったいどのような論理を辿ればそのような答えが導けるのだろうか?
考えて判らない以上、そのことを理解している眼の前の二人に問うしかない。
「なんだ。答えを聞いてもまだ判らないのかい? しょうがない。芹奈君――説明してやってくれたまえ」 呆れ顔で言った番場さんに、僕はただただ恐縮するしかなかった。
「判りました。それでは、天馬君にも判るように私の思考の道筋を説明します」
あくまでも淡々と、マイペースに芹奈ちゃんは自らの推理を語り始めた。
僕は黙ってその推理に耳を傾ける。
「まず私が推理の立脚点としたのは、番場さんがお父さんと高校時代に趣味を通じて知り合った――という点でした」
僕は、彼女の意外な言葉に驚嘆した。
推理はそんな昔まで遡るのか――。
「お父さんは大の特撮ファンです。それならば、お父さんが高校時代に趣味を通じて知り合ったという番場さんもまた特撮ファンである――という推論を導くことができます」
確かに、先生の話を総合すればそういう推理も導き得るのかもしれない。
しかし、だからといってそれが今回の『名前当て』にどのように関わってくるというのだろう?
彼女の思考が読めずに、僕は首を捻った。
「ここでもう一つの疑問点を取り上げます。それは、この『祝探偵事務所』の名前の由来です。この事務所は元々番場さんのお父さんのものだったと聞きました。つまり、この事務所の名付け親は番場龍二さんである――ということになります。だから、初めは番場さんのお父さんの名字が『祝』なのかとも考えましたが、天馬君の質問によってそれも否定されました。それならば、この名前にはもっと別の由来が存在しているはずです。そこで、特撮というキーワードを用いることで今まで疑問に思っていたこの『祝探偵事務所』の名前の由来も解くことができたのです」
探偵事務所の名前の由来まで解けるだって?
彼女はいったいどこまで真実を見通しているのだろうか?
「特撮と祝探偵事務所――この二つを合わせて考えれば一つの絵柄が見えてきます。――『月光仮面』は、天馬君も聞いたことありますよね?」
唐突に飛び出した『月光仮面』という単語が僕の混乱に拍車をかけた。
『月光仮面』と言えば、よくは知らないが、確か大昔――僕が生まれる遥か以前の特撮ヒーローの名前だったはずだ。
「聞いたことぐらいはあるけど、でもどうしてここでその『月光仮面』が――?」
「判りませんか? 当然の帰結です。『祝探偵事務所』と言えば、月光仮面の正体と目されている祝十郎の営む探偵事務所の名前のことですから――」
僕は、唖然とするしかなかった。
当然の帰結、と断定されても、僕にはそんなことが判るはずもない。
「それだけではありません。今私の膝の上にいるこのタイガージョーもまたそうです」
「うにゃあ」
彼女に名を呼ばれたのが嬉しかったのか、タイガ―ジョーは顔を上げて声を出す。
「タイガージョーと聞いて、普通何を思い出しますか?」
芹奈ちゃんの問いに大きく首を傾げる。
「何をって、何も思い出さないけど?」
そんな僕に、番場さんはやれやれと肩を竦めた。
「そんなの、決まっている。『怪傑ライオン丸』に登場したライバルキャラのタイガージョーだ。まあ、続編の『風雲ライオン丸』に登場したタイガージョーJr.の方でも構わないがね」
「そうです。ここでも、特撮に関する名前が出てくるんです。そして、もう一つ――」
「まだ、あるの?」
僕は驚いたというよりも呆れた表情でそう訊いた。
「はい。お父さんが言っていた番場龍二さんの経営する喫茶店の名前がそうです」
「確か、『幻夢界』……」
もちろん、この僕に聞き覚えのあろうはずもない。
「これは、『宇宙刑事シャリバン』に出てくる超能力犯罪集団マドーの首領・魔王サイコが生み出す異次元空間・幻夢界のことです。ちなみに、『ギャバン』の時は魔空空間、『シャイダー』の時は不思議時空でした」
僕は彼女の推理を聞いているうちに段々と厭な予感がしてくるのを感じた。
まさかこれは、この上なくアンフェアな問題だったのではないだろうか?
そんな僕の胸中など知る由もなく、芹奈ちゃんは相変わらずマイペースに推理を語り続ける。
「つまり、祝探偵事務所の名前の由来が『月光仮面』であり、飼い猫・タイガージョーの名前の由来が『怪傑ライオン丸』あるいは『風雲ライオン丸』であり、そして喫茶店・幻夢界の名前の由来が『宇宙刑事シャリバン』であるということは、それを名づけた番場龍二さんもまた番場さん同様特撮ファンであることが推測されるのです。私も父からの影響で特撮ファンになったのですから、同じことが番場さん父子の間であったとしても不思議ではありません」
僕は――なんか、どうでもよくなってきた。
特撮尽くしの推理なんて嫌いだ。
何故この話にはこんなにも特撮が絡んでくるのだろうか?
自問してすぐに、自ら答えを返した。
おそらく、出題者の趣味――というのが一番大きな理由なのだろう。
そう考えて――推理の途中ながら――僕は大きく溜息を吐いた。
芹奈ちゃんは、そんな僕に気づいた様子もない。
「ここまでこれば答えまであと一息です。先に説明したように探偵事務所、喫茶店、飼い猫と名前の付け方に特撮という一定の繋がりが見られます。ここまで特撮に縁のある名前に拘った番場龍二さんなら、自分の息子にも同様な考えで名前をつけようと発想したことは想像に難くありません」
彼女の言葉に、僕は頭を抱えた。
筋は通っているが、納得できない。
これでは、それこそほとんど狂人の論理と変わらないではないか。
しかし、僕には異常でも二人にとってそれは容易に許容できる論理であるらしい。二人はそれがさも当然のことのように頷き合っているのだった。
「とすれば、番場龍二さんが息子につけるのにうってつけの名前があります。特撮ファンで番場という姓を持った人なら一度ぐらいはそういう誘惑にかられることでしょう」
それが、『番場壮吉』ということか――。
ようやくこの僕にも、彼女が辿ったという推理の道が見えてきた。
どうであれ、僕にはその『番場壮吉』氏が何者なのか皆目見当もつかないけど。
番場さんは芹奈ちゃんの言葉に賛同するように、ゆっくりと頷いた。
「正しく然り」
やはり、そういうことらしい。
そして、芹奈ちゃんはいよいよ最後の結論へと場を誘ったのだった。
「その人の名は『番場壮吉』――宮内洋が演じて好評を博したジャッカー電撃隊行動隊長ビッグワンこと番場壮吉こそがこの問題の答えにして番場さんの本名だった訳です」
彼女の口から並べ立てられた意味不明の単語の羅列に、僕は眩暈を覚えた。
対照的に、番場さんは感極まったように彼女に対して賞賛の言葉を贈る。
「素晴らしい。実に素晴らしい論理だ。与えられたデータを過不足なく利用して美しい論理を組み立てた君の手腕は賞賛に値する」
「お褒めいただきありがとうございます」
いつの間にか――二人は、二人だけの特殊な空間を作り出していた。
そこに門外漢の僕が入り込む余地は一切ない。
だいたい、どのあたりが『過不足ない』というのだろう?
そんな特殊な知識を用いなければ解けない問題なんて、アンフェアの極みじゃないか……。
苦悩する僕をよそに、珍しく芹奈ちゃんが自発的に言葉を発する。
「でも、実際には番場さんを一目見て、答えの見当はついていました」
そう言って――これまた珍しいことに――くすりと笑う。
「ふむ、さすがにヒントを与え過ぎたということか……。そんなつもりはなかったのだがね」
番場さんは顎を撫でながら反省するように呟いた。
それに芹奈ちゃんは、ほんの少しだが微笑んで答えた。
「判ります。そんな判り易い格好をしていれば――」
番場さんのこの奇抜な衣装も問題のさりげないヒントだったということか。
僕には『メルカトル鮎』のアレンジぐらいにしか思えなかったけど。
「その衣装は、ジャッカー電撃隊の番場壮吉の衣装そのままですから――」
続いて告げられた芹奈ちゃんの一言に、僕は再び頭を抱えるしかなかった。
この問題は、どこまでいってもアンフェアにできていたらしい。
僕は深く大きな溜息を吐いた。もちろん、二人にあてつけたようにこれみよがしにやって見せたのだが、当の二人はまったく気づいた様子はないようだ。
二人のディープな特撮ファンは、僕一人を残して、そのまま楽しげな言葉のキャッチボールを始めてしまった。
いわく――『宮内洋は早川健が一番格好よかった』とか、『絶対シュリケンジャー役で出演すると思った』とか、『最近は変身しない参謀役ばかりで寂しい』とか――。
余人には窺い知ることのできない深い深い話で盛り上がった二人を止める術を、特撮ファンならぬ僕は持ち合わせていなかった。
際限のない特撮話は、いつ果てるともなく続けられた。
「うにゃ〜あ……」
蚊帳の外に置かれた格好のタイガージョーが僕の気持ちを代弁するように、悲しげに鳴いた。
五
ちなみに、番場さんのあの衣装は問題の手がかりの為にわざわざ用意した物ではなく、ただの番場さんの普段着なのだと判明したのは、それから数日後――番場さんと二度目の再会を果たした時のことだった。
―〈了〉―
|