カミサマ、カミサマ
この希望を忘れた世界に、まだおわすのならば
僕のざんげを聴いて下さい。
戦争も、災害も、もう出尽くした。彼らを除けば、この近辺で生きているものはほとんどいないようだった。きっとどこも同じようなものだろうと、ぼろ布を纏った少年は理解していた。
少年の隣には、少年よりも幾分か幼げな少女が、飽きた様子も見せずにずっと星空を眺めている。
昼間は澱んでいる空気も、夜には少しだけましになった。季節ごとの気温差も感じられなくなったこの星は、今この瞬間も、死に堕ちてゆくようにその体温を失いつつある。
痩せこけた少年は静かに息を吸い込んだ。よく冷えた外気が胸を満たしてゆくのを感じながら、深呼吸する。
先進国の中でもひと際発展した都市であったここも、今となっては極端に低くなったビルだとかいった人工物の残骸が乱立するだけの荒野となっていた。それらは、作り物の夜には気付けなかった光に照らし出され、まるで趣味の悪いオブジェのように大地に陰を落としている。
地上に露出した地下の避難シェルターの残骸に抱かれて、彼らは今夜も夜を明かす。
深い藍色(インディゴ)の空に、一筋の光が流れて、消えた。
「流れ星」
はしゃいだ響きの声が鳴った。掠れて弱々しかったけれど、それは少年にとって今得られるどんな音よりも、美しく感じられるものだった。
「願い事、したの?」
少年の静かな声が問う。
「うん」
明るい声が、掠れたまま答えた。
寄り添うように触れ合う肩の、破れた布越しの体温だけが僕の支え。
ああそれでも、僕は流れ星の意味に気付いてしまった。
「……なんて、お願いしたの」
しばし間を置いて、少年が尋ねた。
「早く、他のみんなに会えますように、って」
少女は柔らかく微笑んで、乾いた唇でそう答える。
「……そう」
「早く、会いたいなぁ」
囁くような少年の声とは対照的に、明るさの滲む声でそういった。少年はやはりそっと、その声に相槌を打つ。
「そうだね」
「そしたらね、いっぱい遊ぶの。お兄ちゃんと毎日お出かけして、パパやママとたくさんお話しするの……。」
少女の眼は遠くを見ている。きっと、黄色や白の柔らかい陽光だとか、新緑や深緑の木々の葉擦れの音だとか、蒼い芝生だとか真っ赤な花だとか透明な水だとか。そういった、今想えば尊くて、愛しくて仕方のないようなものたちを見ている。
少年は少女の思い浮かべているであろう景色を思い描いて、いとおしげに眼を細めた。
「それは楽しみだね」
「……叶う、かしら」
辛うじて聞き取れる声は、先程より随分と小さくなってきていた。少年は少女の肩に手を置く。
「きっと叶うよ。かれんのお願い事だからね」
何気なく、少女の名を口にした。理由があった訳ではないけれど、そうしなければ後悔するような気がしていた。
「うん。……はしゃいだら疲れちゃった。……ねむい」
「もうおやすみ。朝には、ちゃんと起こしてあげるから」
「うん……。お兄ちゃん……明日はいっしょに……星の数を……数えようね……。」
落ちる瞼に抵抗せず、少女は眼を閉じた。脱力した細い身体を襤褸切れのような毛布ごと抱き寄せて、少年は唄を口ずさむ。耳に馴染む旋律(メロディー)、優しい子守唄。
流れ星、ひとつ、ふたつ
願いをきいておくれ
眠りゆくわが子に、どうかよい夢を
少年は瞳を閉じて、少女に寄り添う。ゆっくりと沈んでゆく感覚に身を委ねながら、唇はなおも音を紡ぐ。短いフレーズを、繰り返し、繰り返し、まるで自鳴琴(オルゴール)のように。
カミサマ、カミサマ
僕は嘘をつきました。
墜ちた星の名は、希望の星(The Hope)
人類の残した、最後の居住専用衛星(きぼう)
ざんげは、これで終わりです。
眠り逝くこの妹(こ)に、どうか、よい夢を
また星がひとつ、天空を流れた。
今日はよく、星が見える――。
彼らは、気の遠くなるほどの距離の向こう側で、今も輝いているのだろうか。
それとも、残影だけを残し、既に潰えてしまっているのだろうか。
死に向かい瞬き続ける星の光の下、最後のおとが、途切れた。