足を撃たれた、助けてくれ。
時は戦国、戦が各地で行われ、あまたの人の命が人の手により失われた時代。
日も沈みつつあり、戦いの勝敗どころか周りの敵味方もわからない中で聞こえた悲鳴は、疲れ果て士気が滅入りつつあった三人の雑兵達を奮い立たせるに十分だった。敵であれば首が取れる。首さえ取れれば例え相手の身分が低くとも、しばらく困らないくらいは金が貰える。足軽など、もともとそのために戦場に来ているのだ。
雑兵達の期待は予想以上の形で報われそうであった。恐らく敵であろう旗印を背負った重厚な鎧兜を着飾った武士が、大きな木の根元で足を抑えてうずくまって呻いていた。従者は逃げたのか、死体以外は周りに見当たらない。金どころか、領地が貰えるかもしれぬ。
いきり立った雑兵達は手にしていた槍を放り出し、首を取るために抜き身の刀を振り上げ、うずくまった武士に迫った。
まず先頭の一人目が呻きながら倒れた。二人目が驚き、足を止めた途端に後ろから矢が再び飛んで来た。後ろからの敵襲というありえない状況を確かめようと、振り返った三人目の眼球に矢が刺さるまでの時間は、それから極々僅かのことだった。
足を押さえた武士が突然の出来事に戸惑っていると、正面の木陰から現れたのは弓を携えた足軽だった。
味方か。その期待は、だがすぐに、二の腕に巻いた敵を表す白の麻紐と、月明かりに写る弓兵の歪んだ笑いから打ち砕かれた。
恩賞を奪うために味方を殺したか。この様な雑兵に討たれるわけにはいかぬ。憤る手負いの武士を尻目に、嘲笑う足軽は、短刀を抜きながら、自分が殺した仲間の槍を取ろうと身をかがめた。
この武士の具足では矢が刺さらないかもしれない。それでも、距離のある手負いの獲物の前で弓を捨て、確実に仕留められるだろう槍に手を伸ばすのに、足軽は僅かな不安もなかった。
だから槍に手をかけるかどうかぐらいの時に、手負いの筈の武士が猛然と突進してきた時に、一瞬動きが止まるのはどうしようもなかった。
手負いのふりをして近づいてきた敵兵を討ち取るつもりだったか。
そのことに雑兵が思い至ったときには、武士は刀を抜き放ち、さらに距離をつめんとしてきた。しかし豪胆な武士にとって不幸なことに、足軽が槍をつかみ、構えたときには、まだ刀は届かなかった。
力の限りの足払いは、具足を着けた武士を転倒させるのはたやすい。うつ伏せに倒れた武士の上に雑兵が飛び乗って、鎧の隙間から急所に短刀を差し込むのは、身軽な足軽にとってさらにたやすい。
喜色満面の弓兵が立ち上がったときには、その腕には重たく、堅固な兜を被った生首が抱えられていた。これで自分も武士になれる。そうだ、ついでにこの武士の刀や持ち物も貰っていこう。雑兵が再び下を向こうとしたとき、その顔を銃声と共に地面にぶつけることになった。首級を挙げるのに夢中になっていたが、いつの間にか向こうから複数のかがり火が来るのが見えた。かがり火を掲げる兵の腕に付いている麻紐は、白ではなかった。
敵が着たのか。激痛に苛まれながらもそのことだけは明確にわかる。倒れたときに抱えていた首は茂みに転がり、手元にあるのは兜のみ。
武士になりたかった、こんな兜が似合う武士に。
首に刀を当てられながら、最後にそんなことを考えて、雑兵は死んだ。
今しがた取った首級の持ち主が分不相応なものを持っているのに足軽が気付いたのは、他の仲間が別の死体の首の取りあいをしているときだった。幸いにもまだ他の連中には気付かれていない。これを被せれば首の評価も上がるに違いない。雑兵の首に分不相応に立派で重い兜を被せると、足軽はそそくさとその場を退散した。
辺りには持ち物を一通り剥ぎ取られた死体があるだけだ。今度こそ月夜の晩に騒ぎ出しそうな者は誰もいない。
唯一つ、茂みの中に忘れられた、無念の表情を浮かべ、今にもその場で見てきたことを悔しげに語り出しそうなそれだけを除いて。