黒色の雲は夜空を覆い隠し、満ちているはずの月は片鱗さえも見えはしない。
それでも雲が風に押し流されれば、僅かな光が漏れ出ることもある。雲の合間から差し込み生い茂る木々の間を縫う、本当に頼りない光ではあるのだが、それは人間にとっての話。人外の身であれば、この程度の光さえあれば目標を捉えるに十分足るだろう。
その光の中を――二つの影が、動く。
白の巫女が跳んだ。相手は後退しながらも決して逃げているわけではない。そのたった一つしかない目からは、まだ余裕の輝きさえ読み取れる。
これは、追い詰めたと言えるのだろうか。
はたまた、追い詰められたと言うべきか?
「く……っ」
全力で放った刺突は、至極あっさりとかわされた。――嘲るような笑みが癪に障る。
これが何度目の斬撃であったのか、巫女に知る術は無い。元より、興味など無い。十撃か百撃か千撃か……そんなことに意味など無いのだ。相手に当たらない千撃は、等しく徒労に過ぎないのだから。
そしてそういう意味で言えば、今までもこれからも、とかくこの戦闘での巫女の攻撃は須らく徒労でしかない。
何故ならば――
巫女は対峙する敵へと視線を定める。得物は錫杖、姿態は修験者そのもの、そしてその顔にはたった一つしかない眼。この妖の名を、巫女は知っていた。
この妖の名を、サトリ。
相手の思考を読み取り、言い当てることで人を驚愕させるという妖。この妖の前には、小手先の術理など何の役にも立ちはしない。
自分がどう動き、武器を振るい、防御し、思考を紡ぐのか。それすらも予め、全て看破されているのだとしたら……
勝てる術など、存在しないではないか。
「せぁぁっ!!」
「ぬんっ!」
裂帛の気合と共に繰り出した一閃を錫杖によって弾かれる。痺れるような衝撃。確信する、やはり相手の得物も並みの代物ではない。
恐らくは鋼が仕込んであるのだろう。でなければ刀と打ち合うことなど、できるはずがない。
「キェェェッ!」
弾かれたことによって巫女の前が空いた。サトリは淀みなくぐるんと錫杖を回転させる。大上段からの振り下ろし――避けるか、受けるか?
巫女は一瞬のうちに判断を完了させ、真横に飛んだ。半瞬遅れて巫女がいた地点を錫杖が猛烈な勢いで振り下ろされる。強烈な風圧――だが、これでサトリに大きな隙が出来るはず。
そう考えていた点で、巫女は僅かに甘かった。背筋を怖気が走る。不味い、地面に叩きつけられた錫杖はその反動を以って跳ね上がり、横薙ぎへと移行されている……!
本能が巫女の体を突き動かした。大地を蹴り、猛烈なバックステップを踏む。錫杖が目の前を通り過ぎた――避けられなければ、あばらの一本や二本は軽く持っていかれていた。
そのまま飛び退り、サトリとの距離をとる。警戒しているのか侮っているのか、サトリは追い討ちをかけては来なかった。
両者の距離、およそ5m。攻撃は届かず、しかし距離を詰めるには一瞬のその間合いで、再び両者は対峙する。
――強い。
脳からの命令は脊髄を通り、電気信号を以って体の各所へと送られる。意思下に於いて行動を決定し、斬撃を放つまでコンマ二秒にも満たない。その間にこの妖は思考を読み取り、反応したというのか。
「っ……」
鋭く息を吐き、巫女は自らの得物を構え直す。右手は愛刀・蛟切兼久の柄にかかり、そして左手はその鞘を掴む――所謂『居合い』の構え。生ぬるい風が緋袴に絡みつき、ぱたぱたと揺らす。
認めよう。
目の前にいる妖は、自分が今まで出会った中で、最強の敵だ。
「恐れているな?」
「はい」
サトリが問い、巫女は素直に答える。他者の思考を読み、言い当てるのはサトリの性だ。元より思考が読まれているのならば嘘を言ったところで仕方がない。
「我が能力の死角を今、必死になって紡ぎだそうとしているようだが……何か見つかったか?」
「いいえ」
そんなものがあるのなら、とっくの昔に試している。足を止めているのは、ひとえに有効打が見つからないからだ。
今の巫女にあるのは、ひらめきにも満たぬほんの些細な違和感だけ。それも彼女自身も正体の掴めていない曖昧なものだ。しかしこれでいい、と巫女は思う。
自分が気づいてなければ、『サトラ』れない。
サトリの目がぎょろりと動く。一つしかない目から感情を推し量ることは難しいが、巫女はその感情を『不審』と推量する。……不審、か。全てを見抜くその瞳が不審を示すとは、どういうことだろう。
「……敵わぬ、とは思わなんだな?」
そんなことか、と巫女は思う。
その思考がサトリに伝わっている以上、返答は無用なのだが、しかし――儀礼として彼女は穏やかに微笑み、答える。
「はい」
サトリが強いのは百も承知。『悟り』に対する打開策が見つかっていないのも事実。
だが。
負けてしまうかも、だなんて彼女はこれっぽちも考えてはいない――
ふ、とサトリの口から吐息が漏れた。どうやらそれは失笑らしかった。
「面白い。強がりかとも思ったが、その心、嘘はつかぬ。無謀も過信もここまで来れば滑稽よ」
サトリの構えは、中段。
攻防両方に働く万能な構えだ。それは暗に、今までは防御一辺倒であったサトリが攻勢に出る可能性も示唆している。
仕掛けてくるのを待つか。いや、やはりこちらから打って出よう。防戦というものは、どうも自分の性に合わない。
思念を読んだのか、サトリは歯を剥いた。猛禽を思わせる、獰猛な笑み。
「その心、絶望に浸してからゆっくりと食らうことにしよう……!」
「その言葉、お忘れになりませぬよう……では」
ちゃ、と切羽が鳴る。微かなはずのその音は、静寂に響いて夜気に溶けた。
時刻はとうに丑三つ時。草木が眠り、妖どもが動き出す魔性の時刻。
思えば相応しい時刻かもしれない。純然な妖たるサトリと、そして半分妖の血に染まっている自分と。この戦いに、これほどに相応しい時があるものか――!
「玖月院咲夜、参ります……御覚悟の程を」
咲夜は下らない思考をぶつりと断ち切って、もはや何度目かも分からぬ疾走を開始した。
*
――この世界で最も力のある種族は何か?
この問いを人間にしたとすれば、恐らく返ってくる答えもまた『人間』だろう。人は知恵によって食物連鎖の頂点に立った。武器を持った人間に敵う者などない、と。
それは慢心であり、驕りである。
単純な理由だ。科学の繁栄を極めた現代でさえ、食物連鎖の頂点に立ったはずの人間をなお糧とする者が存在する。その存在を人間は遥か昔から知っている。
其は、人を化かす。
其は、人を喰らう。
其は、人に仇なす。
其の名を、妖という。
夜の闇に潜む彼らは人間とは相容れぬ存在だ。喰う妖と喰われる人間。強大な力を持つ妖にとって人間は糧同然であり、その関係はほとんど逆転することはない。
だがしかし、妖に対抗しうる者が存在しないわけではない。例えば修行により己の力を限界まで高めた武芸者、妖を葬る術を学んだ僧侶、妖の血を受け継ぐ半妖――
玖月院咲夜はその中に属する、数少ない存在である。
*
走り出した瞬間は、両者共にほぼ同時。
「せぁぁっ!」
杖を振りかぶる、抜刀する――そのタイミングもほぼ同じ。ただ鞘走りによって加速された咲夜の斬撃の方が、サトリよりもほんの一瞬速い。
だが、しかし。
「――蜜より甘いッ!」
サトリはその刀の軌跡を既に読んでいる。故にそのまま速度を落とさず、手元で杖を滑らせる。狙うは小手。いかに鋭い斬撃とはいえ、コースさえ分かっていれば小手を砕くことは容易い。
ごきゃり――
「つ、ァ……ッ!」
――あぁぁぁァァいたいいたいいたいいたい!
刹那、流れ込んでくるのは、ともすればサトリの思考をかき消さんばかりの痛みの思念。しかしそれでも咲夜は刀を離さない。
見上げたものだ。しかしそれまでだった。激痛に動きを止めてしまった咲夜に対し、サトリは既に追撃を仕掛けている。
咲夜はその動きを見やり――
――首を狙った薙ぎ払い、受けるか引くかかがむか? 杖術の真価は変幻自在の連続攻撃、受けるのがベストだがこちらの刀にかかる負荷が、大丈夫だ、蛟切兼久は妖を討つ為に作られし刀、この程度で折れはしない、よし受けることにしよう……おっと! 読まれていたか、打ち据えられた右手首が痛む、痛い痛い痛い、考えるな、いや『考えろ』、読まれるなら結構、しかしこの思考、どこまで読みきることができるか――
「〜〜〜ッ!」
サトリは頭を押さえ、跳び退る。それは咲夜の行動を読んでの戦略撤退ではなく、あくまで純粋な後退である。
この戦いに於いて初めてサトリが隙を見せた。咲夜は迷わずその隙を突く。たん、と軽やかな踏み込み。サトリが開いた間合いを瞬く間に無にし、真っ向からの兜割りを放つ……!
「はぁぁっ!」
「っ、ちぃっ!!」
ぎゃんっ!
金属の削れ合う音。
咲夜の斬撃はサトリの錫杖によって防がれている。完全に隙を突かれたにもかかわらず、この反応速度の速さ。やはりこのサトリという妖の戦闘能力は並外れている。
だが、その瞳にはもはや余裕の色はない。完全な鍔迫りの状態――目前には白刃が迫り、それを防いでいるのは一本の錫杖のみである。しかもそれすらもぎちぎちと音を立てて押し戻されつつある。
サトリが非力な訳ではない。玖月院咲夜という女の膂力が馬鹿げているのだ。膂力だけではない。剣速も攻撃のバリエーションも、ともかく全てにおいてサトリの能力は咲夜に劣っている。最初の打ち合いでそれがはっきりサトリに自覚できたからこそ、『思考を読む』という自身の能力で隙を作らないように立ち回っていたのに……!
「思考を刈り取るのではなく、むしろ垂れ流すか――!」
あの瞬間、一度に大量の思考がサトリに流入し、処理しきれなくなった。
コンピュータに例えるならばオーバーフローの状態である。そしてこの女は、明らかに『それ』を狙ってきた。
ぎり、と歯を剥き出しにするサトリに対し、寧ろ咲夜は笑う。軋む筋肉、せめぎ合う二つの鉄塊――しかしその中にあって尚彼女の微笑みは穏やかで、とても命を奪い合っている最中だとは思えない。
「生来の粗忽者、無明を払うのはいささか無理が過ぎるかと……元より、悟りに至るのは巫女の仕事ではありませんので」
――簡単に言ってくれる。
知らず、サトリの頬を脂汗が伝った。
人間は何事かを為そうとする際、とかく一つの物事に集中しようとする。当然だ、考える頭も一つなら動く体も一つ。雑多な思考のもとで作業をしようとすれば、否応なしに効率は落ちる。
だのに、玖月院咲夜は思考を集中しない。乱雑な思考のままでサトリと相対し、動いている。
……その上で。以前と同じ動きの精度を保っていると知って気が狂いそうになる。
「ですが、凡夫ゆえに分かったこともありました。例えば……」
咲夜の笑みが変化する。それは会心の笑みであり、相手をあざける嘲笑でもあった。
「あなたの『サトリ』は不完全極まりない存在である、とか」
ぬるりと。
まるで汚水が流れ込むように、咲夜の思考が流れ込んでくる――
あなたは自由自在に私の思考を読めるわけではない。
あなたは勝手に流れ込んできている私の思考を取捨選択しているだけ。だから膨大な量の思考には、対処できない。
……そんなあなたが『サトリ』だなんて、笑わせる。
「く……っ!」
サトリは呻き、そして自分の迂闊さを呪う。動じるということはつまり、その仮説を裏付けてしまったということだ。
口端を持ち上げる咲夜。背筋が凍る。その恐れがサトリを飛び退かせる。
それと同時に咲夜も飛んだ。彼女の刃が、思考がサトリへと迫る――
――痛い痛い痛い痛いが動かないほどではない無理をしてでもここは攻めるとにかく攻め続けて思考を紡ぎ続ける――
無数の刺突が放たれた。それをあるものは払い、あるものは躱す……否、躱しきれない。袈裟が裂かれ血がにじむ。
地を這うような斬撃。跳ね上がる。受け止めては不味い、刺突に繋がると思考を読む。回避、またしても紙一重。
「うぬ、れ……!」
脳が灼熱する。思考の奔流に脳をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられているような感覚。その思考を、咲夜の攻撃を捌く捌く捌き続ける。
思考の撹乱など長く続くはずはない。意識して思考を垂れ流し、それでもなお行動を迅速に正確に保とうとするなど、人間の正常な行動ではないからだ。
ゆえに、いずれはガタがくる。撹乱ができなくなるか行動が大味になるか、そのどちらかは知らぬがともかく――それを待つ。
もとよりこちらの戦法は縣待だ。捌きには自信がある。
けたたましい金属音が連続して響き渡った。攻める咲夜、受けるサトリ。両者がぶつかり合って音を奏でる、永遠のような剣戟。
やがて咲夜のモーションに僅かな変化がおとずれた。
「――ツエァァッ!」
激情に駆り立てられているのか、ほんの少し動作が乱雑になっていた。ほんの少し脇が開いている、ほんの少し大振りになっている、たったその程度の違い。
その隙を、サトリは見逃さない。
「うつけが、終いだ!」
大きく振りかぶった瞬間を見計らい、まるで猿のようにサトリは大地を蹴る。
咲夜の顔が驚愕に歪んだ。だが、遅い。咲夜が刀を振り下ろすよりも、自分の錫杖がその胸板を突き破る方がコンマ1秒早い……!
鮮血の華が夜闇に咲く。
ぞぶりという音がして咲夜の細身に錫杖が突き刺さる。かは、と彼女の口から血が吐き出された。サトリの刺突は咲夜の重要な器官を傷つけている。この傷は、間違いなく軽くない。
だが、それでも。
「!?」
サトリに真っ先に訪れたのは、勝利の快感でも咲夜を傷つけた愉悦でもなく悔恨の念だった。何の悔恨なのかは分からない。ただ彼の胸に占めるのは『間違えてしまった』という思いだけ。
だって。胸を貫かれ、身体を血に濡らしても尚。
玖月院咲夜は、笑っている……!
――あぁ、そうか。
お前はこの瞬間を、待っていた……!
サトリの能力は、人間である咲夜にとって純然たる脅威である。思考の撹乱には膨大な体力と、皮肉なことに集中力を要し、しかもそれでも絶対の勝利が保障されるわけではない。相手は攻撃を捌く理に長けており、長期戦になればやがて思考の撹乱さえ出来なくなる。
ならば、どうすればいいのか?
簡単なことだ。思考が読まれても尚、相手がこちらの攻撃をかわせない状況に追いやってしまえばいい。例えば、そう。サトリに自分の体を貫かせ、錫杖ごと相手の体を固定してしまえば……
思考が飛んだ。錫杖を抜くことも手を離すことも思いつかない。
サトリが呆けた刹那。その僅かな時間が勝敗を決した。
「つかまえ……た……ッ!!」
左手には錫杖。握られたるその手は巌より固く。
右手には蛟切兼久。まるで弓を放つ刹那のように刀を引き絞って。
玖月院咲夜は、まるで鏡写しのようにサトリの胸を刺し貫いた。
耐え難い痛みが、サトリの体を貫いた。
「が……ァ……っ」
他者のものではない、自分自身の痛み。久しく味わっていなかったその感覚の本流は、容赦なくサトリに牙を剥く。
それは尋常なものではない。穴が、空いているのだ。自分の体をぽっかりと貫き通して、穴が空いているのだ!
わなないた手はすがるものを求め、咲夜の肩を掴んだ。
空いた穴から命が零れ落ちていくのを感じられた。命を失う恐怖がサトリを震わせる。
ふと、疑問に思った。
目の前の彼女。自分と同じように胸板を突き破られてもなお、泰然と立っている彼女。
こんなにも痛いのに、苦しいのに、何故彼女は戦っているのだろう?
「な……ぜ」
そう問うた瞬間、サトリは口をつぐんだ。
読み取ってしまった。咲夜が戦う理由を。
――共に心を削り、魂を削り、必殺の技を以って相手を否定しあう。ほんの一瞬気を緩めただけで命を絶たれるこの緊張感。浴びる血の熱さ。相手の命を絶った瞬間の性的快楽にも似た多幸感。
楽しい。誰かと戦うことは、誰かを否定することはこんなにも楽しい――!
――嗚呼、畜生め。
サトリは悔いた。人間だから、女だからといって油断していた自分が馬鹿だったのだ。
括目せよ。血に染まり、狂気に染まり、それでもなお笑みを浮かべるその姿は……
――修羅か、鬼だ。
それが最後の思考となった。サトリは全身から力が抜けていくのを感じた。錫杖を握る指がすり抜け、背中から地面へと倒れていく。
どぷりとサトリの意識は闇に沈み、それきり、上がってくることはなかった。
差し込んだ月の光が、二人を照らしていた。
いや、もう『二人』ではない。生命活動を停止したサトリはもはや只の肉塊である。この場で生き残っている者は咲夜ただ一人。
……もっとも、人外を『ヒト』と数えるならば、の話だが。
咲夜は荒い息を吐きながら、そんなどうでも良いことを考える。なるほど、今回にしたって人外同士が勝手に殺し合っていただけの話だ。ならば初めから『ヒト』などいなかったのかもしれない。
咲夜は仰向けに倒れたサトリへと歩を進める。その胸に刺さったままの刀はまるで墓標のようで、朱に染まった刃が月光に照らされる様は存外に美しい。
だがしかし、この刀は自分のものだ。返してもらわなければ。
咲夜は無言のうちに握りを掴み、サトリの胸板を踏んで一気に刀を引き抜いた。ゆるゆると血が溢れ、地面へと染み込んでいく。
サトリを物同然に扱った罪悪感はない。一手間違えれば、踏みつけられていたのは自分だった。戦い、勝利し、踏みつけた。ただ、それだけのこと。それが何度となく繰り返してきた、咲夜の世界の真理。
妖と戦い、血を流し、友もなく、愛も知らず、いずれはこのサトリのように踏みつけられ、死んでいく。それは、あぁ、それはなんて……
「嗚呼――楽しいわ」
咲夜はそう呟き、笑みを漏らした。
これからどうしようかと思う。腹にぽっかりと穴が空いてしまったが、これは三日ほどで何とかなるだろう。問題はそれから。
あんなに熱かったのに、自らに降りかかった血はとうの昔に冷め、戦いの高揚は静まりつつある。
こんな空虚にそう長い間耐えられるはずもない。戦いが要る。もっと熱く、もっと切ない逢瀬のような戦いが。その逢瀬に相応しい相手が要る。
次は遠野の雪女か、鞍馬の天狗か……
ともあれ、東へ流れてみよう。気ままに旅をし、気ままに妖を狩り、運が悪ければ殺される。
そう、悪くもない。
一人合点し、巫女はサトリに背を向ける。そして彼女は、そのまま音も立てずに歩いていく。
巫女のその後の行方を知る者は、誰もいない。